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泥舟さん

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徳川250年の夢

12/05/12 コンテスト(テーマ):第五回 時空モノガタリ文学賞【 京都 】 コメント:1件 泥舟 閲覧数:1812

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「わしはこの度、征夷大将軍となった」
家康は、脇に侍る本田正純に語りかけるようにつぶやいた。
「はっ、おめでとうございます」
その答えに不満なのか、家康は正純を一瞥して続けた。
「どうしてなったのかわかるか?」
「殿が戦国の世を平定した功績が認められ、日本国の運営を任せるに足る人物と認められたからにございましょう」
「そんなことはわかっとる。征夷大将軍にならずとも、日本国でわしに歯向かう大名はもうおらん。そんなわしが、今さら帝から征夷大将軍をもらってうれしいと思うか?
わしは、帝より上と思っとる!
今や帝は錦の御旗でも何でもない。単なるタダ飯ぐらいじゃ。」
「なんと!」
「わしは、江戸に幕府を開いた。江戸に帝を呼び寄せたい」
家康の気持ちを察した正純だが、当時の常識からかけ離れた考えに、考え直してもらうよう説得するしかなかった。
結果、この時点での江戸行幸は実現していない。

古代より日本の首都は、天皇の居住地であり、奈良を中心に近畿地方を転々としていた。
”なんと素敵な平城京”遷都からほぼ独占的に首都であったのが、京都だ。
江戸幕府以後、行政機能は江戸に移ったものの、帝は京都にいた。

そして、1868年、明治維新。
新政府が設立。目の上のたんこぶとなった旧幕府・徳川家の討伐がいよいよ迫ってきた。誰もが明治維新のクライマックスを予感した。
ただ、このまま徳川家が滅びるのを黙って見ていることのできない幕臣たちがいた。

勝海舟は新政府軍との交渉役を頼みに、高橋泥舟を訪ねた。
高橋泥舟は将軍・慶喜の護衛役として、強く信頼されていた。
二人は、徳川家滅亡を何とか阻止し、いかなる形でも、いや、できる限り良い方向で存続の交渉ができないものか相談を行った。

鳥羽伏見の戦いでの敗戦により、疲れきった慶喜はその高橋泥舟を呼び出した。
「もうだめか?」
「もうだめですね」
それを聞くと、慶喜は深いため息をつくと、ぼそぼそと話し始めた。
「徳川家は、家康公以来、隠された夢があってな。将軍代々受け継がれてきたのだが、帝の江戸行幸、だ。
最初は帝を将軍家の配下に置き、日本国の名実ともに最高権力者になるという意図があった。だが、250年余り、歴代将軍が何もせぬまま、それも風化した。わしも例外ではないがな。皮肉にも、この期に及んで、そんなことを思い出すとはな。」
慶喜は何かを指示したわけではなかった。ただ、高橋泥舟の頭の中に徳川家の夢として澱のように残った。

高橋泥舟は義弟の山岡鉄舟に声をかけた。
「勝さんから、西郷と交渉して来いと言われたが、今は慶喜様の近くを離れたくない。そこで、お前にやってもらいたい。まずは勝さんと相談してくれ」
そう指示するとともに、先程の慶喜が語った、徳川家250年の夢の話も山岡鉄舟に伝えた。

山岡鉄舟は、勝海舟の屋敷を訪れた。
新政府軍との交渉において最重要事項が「徳川家の存続、慶喜の存命」であることを確認した。
勝は、新政府側の交渉相手となる西郷隆盛の人となりを山岡に伝え、山岡は勝に高橋から聞いた徳川家250年の夢の話を語った。

山岡鉄舟と西郷隆盛の間で、旧幕府と新政府の下交渉が行われた。
西郷からは、「徳川慶喜の身柄の拘束」「江戸城明け渡し」等の条件提示が行われた。
山岡は、「徳川慶喜の身柄の拘束」を断固拒否を貫いた。
本交渉において、勝海舟は西郷からの条件に対して、「徳川慶喜の故郷での謹慎」「江戸城明け渡し」で回答した。西郷からすれば、不十分な回答であったが、西郷はこの回答を持って新政府の説得に当たった。

勝にしても、「徳川慶喜の拘束」は最優先に拒否することであったが、特に気がかりなことがあった。
江戸城を明け渡すのはいい。ただ、そのあと誰が所有するのか?新政府か?
そこで、勝海舟、山岡鉄舟、高橋泥舟の幕末三舟が揃って相談した。
新政府に明け渡すのは納得がいかない。
その時、三人の頭の中に浮かんだのは、あの徳川家250年の夢であった。
江戸城を使って、帝を江戸行幸させることができないか!

隠密裏に、勝海舟は西郷隆盛と交渉を続けた。そして、合意に至った。
「江戸城明け渡し、天皇の住居とする」
新政府としても、今さら京都ではないだろう、江戸に政府を構えることは誰もが考えていた。ただ、天皇が京都に居続けることに一抹の不安があったのだ。

明治天皇は、当然抵抗した。
住み慣れた京都御所をはなれて、何故、江戸に行かなければいけないのか。
新政府は、それを説得し、東京行幸を実現するも、すぐに京都に還幸してしまった。
だが、新政府は明治天皇をなだめすかし、その翌年ようやく東京に居住することとなった。


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このストーリーに関するコメント

12/05/13 かめかめ

ほほう。そんな皇居には歴史が!

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