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四島トイさん

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ステージは誰がために

13/10/07 コンテスト(テーマ):第四十回 時空モノガタリ文学賞【 アイドル 】 コメント:0件 四島トイ 閲覧数:1061

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 お疲れ様、と声をかける。彼女はボトルの水を喉を鳴らして一息に飲み干したところだった。覆面代わりの紙袋の隙間から、夜の電飾に照らされた白い喉元ちらりと覗く。
「歌も踊りも悩殺もんだった」
「そんな。趣味の範囲です」
「いや、立派なアイドルだって。ファンだっている」
「帰り道に足止めてくれるだけですよ」
「なら、将来のファンを悩殺するのはどうだろ。高校生男子とか」
「それが今日の誘い文句ですか永瀬さん」
 笑い声を漏らしながら、彼女が言う。チェックスカートからしなやかに伸びる足。紙袋に覆われた表情はわからない。
「無理ですよ。わたしみたいな素人。アイドルなんておこがましいです。まして他所の学校の文化祭のステージに立つなんて」
 彼女はすっくと立ち上がって、ぺこりと頭を下げる。紙袋がかさりと音を立てた。そして再び広場に駆け出す彼女の背中を見送る。駅ビルの電光掲示板を見上げてため息をつく。
 文化祭までの期限が迫っていた。


 さて、と文化祭実行委員長で同級生の玉木が口を開いたとき嫌な予感がした。各学年の委員がコの字に居並ぶ会議室でのことだ。
「足りないものがある、と僕は思う」
 両の手を組んだ奴の視線が室内に問いかける。健気な二年生がその視線に応じて手を挙げた。
「……早食いと騎馬戦でしょうか。昨年はありましたから」
「違う」
 鋭く否定して立ち上がる玉木に、視線が集中する。緊張が走る。
「アイドルだ」
 そう宣言した瞬間、居並ぶ全ての目が点になった。が、気にせず奴は続ける。
 曰く。
「僕はもう山ほどの食物とか男同士の連帯とかは、いらないんだ。ここぞとばかりに脂質と熱量を摂取して男共のしょっぱい奮闘を眺める。これがかつて思い描いた青春の全てなのか。否だ」
 曰く。
「手が届くかどうかもわからぬ女子に恋焦がれる未来は、柑橘系か石鹸の香りのする青春はどこにある。それを男子高生だからと諸君は諦めるのか。否だ」
 そして、再び高らかに宣言した。
「だからアイドルを呼ぶ」
「呼ぶ、と言われましても予算が」
 その進言を玉木は手で制した。
「金で動くアイドルはだめだ。愛と勇気だ。そんなアイドルを永瀬、君が連れて来い」
 真っ直ぐに伸ばされた指先の線上をなぞるように、部屋中の視線が俺に集まる。
「俺? 何で」
「暇そうだし。ただし連れて来なかったら君が女装してステージに立つことになる。いいね。わかったら拍手だ。拍手っ」
 玉木の迫力に圧されてか、厄介事を避けるためか、あるいは青春を手に入れようとしてか、満場一致の拍手が会議室に響いた。


 何度聞いても面白い委員長さんですね、と横に座る彼女が言った。
「うちの高校なんか学級展示で終わりですよ」
 紙袋を被って歌って踊る、駅前広場のアイドル。顔も名前も知らない彼女の存在を知ったのは、電車通勤の父親の「最近の子はよくわからんな」という一言からだった。
 しかし初めて観客となった日を今でも鮮明に思い出せる。夜の街灯に照らされた彼女を。終演の礼を述べる清々しさを。棒立ちで、掌にじっとりと汗を握っていた自分を。
 それからは、とっておきの誘い文句を携えて勧誘に訪れる毎日だった。
「明日、文化祭だ」
 そうですか、と彼女が小さく返す。
「誘い文句も尽きた」
 わたしは嬉しかったですよ、と彼女はくすぐったそうに言ってから口ごもった。
「……でもやっぱり、素人の趣味ですから」
 この数日、聞き続けたその一言に苛立ちが喫水線を超えた。
「そんなもん言い訳だ」
 え、と彼女が顔を上げる。
「素人じゃなかったプロがいるのか。趣味で結構。悪いがそれに感動した人間がいるんだよ。ここに。あんたにとってのただの通行人が」
 整理のつかない言葉を叩きつけて、逃げるようにその場を去った。


「で、それが結論?」
 玉木の言葉に黙って頷く。体育館ステージ脇の暗がり。周囲の視線を感じながら立つ女装した俺に、奴はふっと小さく息を吐いた。
「僕はフリルよりチェックスカートの方が好きなんだ」
「お前の好みなんか知るか」
 玉木は目を細めて笑った。
「つくづく似合ってない」
「うるさい。さっさと終わらせろ」
「いやあ。永瀬には悪いけど晴れ姿はお蔵入りだ」
 は、と拍子抜けする。
「見直したよ。他校から文化祭に出演したいって申し出があってさ。君の名前を言っていたし、可愛いし、チェックスカートだから受けることにしたよ」
 照明を落とした体育館のざわめきが大きくなる。がさり、と音を立てながら玉木が何かを手渡す。
「で、君にこれを渡してくれとさ」
 ステージが輝く。大音量の音楽と、地鳴りのような野太い男子高校生の歓声が体育館を揺らす。
 紙袋に書かれた小さな文字が、照明の下で恥ずかしそうに浮かんでいた。

 未来のファン、悩殺してみせます。


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