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川村 誠さん

初めまして。 僕は楽しく読んだり書いたりしたいだけなんです。 自己紹介ですか。 えーと、5歳の長男と2歳になった双子の次男、三男がいます。親バカですが、子供ってかわいいですねー。 あと、僕は心の病気持ちなので、それが作品に影響することも多いと思いますが、その時はスルーして下さい。 コメントもらえるととても嬉しいです! よろしくお願い致します。

性別 男性
将来の夢 1つでもいいので、自分で納得できる小説を書いてみたい。
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あの頃僕らは

13/10/06 コンテスト(テーマ):第十八回【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 川村 誠 閲覧数:885

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1.プロローグ

 あの頃の僕らは少しおかしかったのかもしれない。18歳。それはちょうど大人と子供の中間にあって、大人になりきれない、あるいは大人にはなりたくないというその時期特有の青臭い何かが僕らを形成していた。それはとても繊細な痛みを内包するものであり、痛みが何かに変わるものだと信じていた。そのくせそれは決して壊れない、死ぬまで続くものだとも思い込んでいた。僕らは僕らだけの世界を作り出しており、その閉塞した世界の中でギターとアルコールとタバコさえあれば、それだけでよかった。会話なんてどうでもいい。僕らはおかしなことに全員が孤独だったし、それぞれが絶望していた。それだからこそ、自分の居場所がここであり、自分達以外はすべてが敵だと思い込んでいたんだと思う。それは今となってはとてもわかりやすい算数だったかもしれない。だけど、当時はそれが僕らのすべてだったし、僕らは同じ孤独を共有することで、いつになっても大人になりきれないギャングの真似事みたいなことをしていたのではないかと今になって思う。

2.古びたガソリンスタンドで

 幼なじみのケイちゃんとはいつも一緒だった。それが僕らには当たり前のことだったけど、最近の僕らは昔の感覚とは何かが違っていた。ただ仲が良いだけで一緒にいたんじゃない。きっと、ケイちゃんも僕も寂しかったんだ。友達が欲しいんじゃない。退屈に我慢できなかった。
 高校からの帰り道、古びたガソリンスタンドの横を通った時、ケイちゃんがいきなり強く自転車のブレーキをかけて、「すげえ……」と言って、その壁にペンキで描かれている絵を見て、感嘆の溜息をついた。僕は思う。廃墟と化しているこのガソリンスタンドの風景だけを切り取ったとしたら、きっとそれは日常から完全に切り離されて場所であり、僕らはこの場所が持っている特有の停滞している時間軸の中に引き込まれているかのようだった。停滞した時間。それは、まだ完全には大人になりきれない僕らのようなものだった。アルコールの濃度がやけに高い。ドロッとした液体。そんなイメージがこの場所からは感じられた。
 今のこの退屈な日々は、この荒廃したガソリンスタンドのイメージとは全く違って見えた。単純に、刺激的だったのだ。ぶっ壊れて世界から切り離された場所。ケイちゃんがその壁画にみとれてしまう気持ちが僕にはよくわかった。壁画はまるでジャクソン・ポロックが描いたようだった。カラフルなペンキがどんどん壁に大胆な配色で重ねられている様子が分かったし、それがまた削られたり、丸められたりして、トーンを変えて描かれているのがよくわかった。
 
 高校3年の夏、受験で躍起になっているクラスメイトにうんざりした頃、僕らは何か楽しいことを始めたかった。あまりにも退屈だったから。
 
 僕らが初めてユウに会ったのは、ケイちゃんが『すげえ……』と言ったその日の夜だった。僕とケイちゃんはどうしてもこの壁画を描いている人物に会いたかった。あんな絵を描ける人って、どんな人なんだろう。この荒廃したガソリンスタンドをキャンバスに選んだのも格好いいし、僕らにはとても刺激的に思えた。そしてこの絵がどのように仕上がっていくのかを見てみたかった。だからと言って、作者が僕らのことを簡単に好意的に思ってくれるとは限らないし、むしろ不審がられるたりされる方が普通で、場合によっては危ない状況にもなりかねない。でもケイちゃんは言う。堂々とこの壁画が好きなんだって言えばいいんだと。あとは喧嘩になったって、何になったってどうでもいいと。だから僕らはその夜、思い切って、音楽室から拝借したクラシックギターを背負ってあのガソリンスタンドへ出かけることにした。

 夏の夜の生温い風は、僕らを心地よく包んでくれた。何かが始まる。物語が始まるんだ。そんな予感に僕はドキドキしていた。

 夜の9時頃には、僕らはあの荒廃したガソリンスタンドにいた。他に誰もいない。ペンキの匂いが夏の夜風の匂いと交じって、僕らの鼻孔を刺激した。僕らはそこで缶ビールを飲み、ケイちゃんがギターでビートルズやらドアーズやらストーンズやらを演奏した。僕はそれを聴きながら夜空を見上げ、タバコの煙を吐き出し、ビールを飲んでいた。ああ、ここにはなんとも言えない何かがあるんだ。現実から完全に切り離された排他的な空間。その空間に僕らは少しずつ受け入れてもらえているように感じた。このガソリンスタンドはきっと意識を持っていて、もしかしたら拒絶される場合もあるのかもしれない。でも、僕らは少しずつガソリンスタンドに溶け込んできているような気がした。この場所がこんなにも孤独で、刺激的で、そしてこんなに居心地がいいとは思ってもみなかった。
 しばらくすると人の気配を感じた。おそらくはジャクソン・ポロックみたいな壁画を描いている人だろう。僕は緊張した。ケイちゃんも演奏を一瞬止めたが、またすぐに歌い始めた。そしてその気配は人影となって、僕らの方に、いや、正確には壁画の方に近づいてきた。まだ暗くて性別も区別できなかったが、背は低く、夏なのにコートのようなものを羽織っているようだった。現れたのは、ペンキで汚れたモッズコートを着た女性だった。そして壁画の前にいる僕らのことなどまるで気にせずにそのまま壁画を眺めて、構成を考えているようだった。そしてモッズコートの女性が言う。「その辺にいると、ペンキがかかるけど、いいの?」
 僕とケイちゃんはお互いに目を合わせた。そして、さっきの緊張が一気に抜けたようになり、ケイちゃんが「いいよ」と笑った。モッズコートの女性は、その言葉を聞いた瞬間、赤いペンキを壁画に叩き付け、僕らは一瞬でペンキまみれになった。

 モッズコートの女性は『ユウ』と名乗った。本名かどうかは分からない。でも僕らは別にユウの本当の名前を知りたくてここにきたわけじゃない。ただ、この壁画がどんな人物によって描かれているかが知りたかっただけだし、この壁画が最終的にどんな風になるのか見てみたかっただけだ。だから、ユウはきっと『ユウ』なんだろう。

 ペンキまみれになった僕らは、ユウが大胆にペンキを壁に投げつけたりしているのを見てなんだか笑ってしまった。そんな大胆な方法で絵を描くなんて嘘みたいだったし、初めて見たからだ。もしかしたら、ビールとペンキのシンナーくさい匂いに少し酔っぱらってしまったのかもしれない。ユウは真剣な眼差しで作業を続けていた。迷いはない。それは確実にユウが思い描いていたものに近づいてきているという証拠だったのだと思う。ユウは真剣にペンキをたたき付けていたかと思うと、今度は小さなハケと手で、細部を調整していった。ペンキを削ったり、足したり、タッチを変えたり。全体の印象がどんどん変わっていく。なんて表現していいのかまだわからなかったけど、人物でも風景でもないこの壁画は僕らの目に突き刺さり、僕らを魅了した。それはとても刺激的で、目眩がするかと思ったくらいだ。このシンナー臭い古びたガソリンスタンドの壁には生命が宿りつつあり、僕らは幸運にもその壁画の誕生の過程を見ることができたのだ。

 ここはきっとねじれた場所なんだろう。現実から完全に切り離された空間。時々車が通り抜けて行くけど、それは全く違った空間での出来事だった。時でさえ切り離されている。

 ユウが絵を描き、ケイちゃんがギターを弾く。僕はビールを飲みながら、どこまでも広がる星空を眺めていた。この星空は毎日繰り返しやってくる。なのになぜいつもみとれてしまうのだろう。星座に詳しい人間が天体望遠鏡を覗いている感動とは違うんじゃないだろうか。そうすると僕のような何も知らないものを魅了する夜空ってなんなんだろう。そんなことを考えていた。

 夜中の3時頃、ケイちゃんがゆらゆらとタバコの煙を燻らせながら、プールに行こうとよと言った。確かに僕らは3人ともペンキだらけだったし、汗ばんでいたので、僕は賛成した。ユウも見ているだけならいいと言う。ペンキまみれの僕らは中学校に向けて自転車を走らせた。ケイちゃんは荷台にクラシックギターを乗せ、僕はユウを乗せて出発した。しばらく3人とも黙ったまま国道沿いを走っていた。ああ、でもなぜだろう。あのガソリンスタンドとユウの壁画。それらは排他的であったが、同時に優しかった。でも、あの空間から出て来た僕は、神経だけがむき出しになって風を受けているみたいに、手足が痺れたような感覚に襲われた。少し疲れてしまったのかもしれない。

 僕らは、3年間通っていた中学校の校門の前に立っていた。別に学校が好きだったわけでもないし、特別思い入れがあったわけではなかったけど、なんとなく懐かしく思った。そしてそのことに自分自身でも少しびっくりしてしまった。
 僕とケイちゃんはペンキで汚れた服を脱ぎ、早速裸になってプールに飛び込んだ。夏とはいえ、やはり夜の水は少し冷たかったが、それでも僕らはプールでひとしきり泳いで満足だった。ユウは足をプールの中に浸して、ぽちゃぽちゃとしている。僕は星空を眺めながらプカプカと浮かんでいた。なぜ、僕らは星空を美しいと感じるのだろう。僕はまたその命題について、ぼんやり考えていた。
 そんなことを考えていると、頭の方で人の気配がした。ユウがこっちを向いて何か話している。僕は水面から顔を上げて、ユウの方を見た。
「やっぱり私も入りたい。だから、少しの間目をつむっていて。ケイちゃんもお願い」ユウの声だけが聞こえてくる。
「ああ、分かったよ」僕とケイちゃんは目をつむった。

 僕は急にドキドキしてしまった。ユウがプールの中に入ったのは音で分かった。少し離れた場所から「いい気持ち」という声が聞こえる。僕はその声の方を向いた。月明かりの下、遠目に見えるユウは、まるで妖精のようだった。実際に妖精なんて見たときがないから分からない。だけど、きっとこんな夏の夜にはプールに妖精がいるんだろう。真夜中に溶け込んで。そう思った。

3.あの夜の約束

 僕とケイちゃんは、毎晩のようにあのガソリンスタンドに顔を出すようになっていた。ユウは僕らを歓迎してくれているみたいだし、意思を持ったガソリンスタンドも僕らを受け入れてくれたみたいだった。ここは僕らの場所。他の誰も入れやしない。この排他的なガソリンスタンドは、ユウの壁画を旗に掲げている孤独な海賊船のようなものだった。だけどまあ、ガソリンスタンドにはガソリンスタンドなりのこだわりや気まぐれもあるのかもしれないけど。

 ユウが描いているのは自分自身の心に写る模様らしい。本当はそれをそっくり切り取って眺めたいのだけど、それが難しいから絵を描くのだという。絵はなんとなくダイレクトに自分の心を反映させて自由に描けるような気がするから、私には合っているのかもしれない、ということらしかった。
「だから、この絵は私の分身でもあるし、記念写真みたいなものなの」ユウはそう言って、ニコッと笑った。その姿が印象的だったことを僕は今でも覚えている。

 僕らは夜な夜なビールを飲み、ギターを弾いて笑っていた。夜の星空に向ってタバコの煙を吐き出す。白い煙は街灯の光に反射して、なんだか僕らは小さな雲の中にいるようだった。こんな夜がずっと続けばいい。僕はそんな風に思っていた。きっとユウもケイちゃんも同じだったのではないかと思う。

ある朝、ケイちゃんはクラシックギターの弾き語りをやめて、タバコに火をつけながらユウに何気なく言った。
「頼みがあるんだ」
「ん? 何?」
「このギターにも何か描いてくれないかな。この壁画みたいなやつ」
「タダで?」ユウはいたずらっ子みたいな表情をわざと浮かべた。
「えーと、できれば。お金以外ならなんでもするよ」
「うーん、そうだね……」ユウはしばらく考えている様子だった。
「えーと、ギターを教えてもらいたい」と、ポツリと言った。
「ああ、そんなことなら」ケイちゃんは少し照れているみたいだった。

4.夏の終わり

 少し湿った匂いのする夜、僕はいつものようにガソリンスタンドに向かった。あとちょっとしたら雨が降り出すだろう。僕は青空の太陽と同じくらい透明な雨も好きだった。部屋で見る雨は窓ガラスを曇らせたり、雨粒が小さな飛沫となって模様を作ってくれる。外を歩く時の雨は、僕の汚い部分を流してくれているようだった。だから僕は傘なんてささない。雨は激しく降れば降るほどいいと思っていたくらいだった。そういう意味で、雨は太陽と同じように僕を浄化してくれるものの象徴であり、僕にとっては似たようなものだった。

 いつものように僕がガソリンスタンドに顔を出すと、目を腫らしたユウが「やあ、元気?」とらしくないことを言った。どうしたのと言おうとした時、僕は全てを理解した。壁画に白いスプレーで落書きがしてある。『ウザい』『クソだね』。明らかにその文字からは悪意が読み取れた。ユウの壁画が汚されていた。僕とケイちゃんが好きだった壁画が汚されていたのだ。しかし、ユウにかける言葉が見つからなかった。僕はその落書きに怒りを覚えた。僕らの大切なものが損なわれてしまったのだ。湿った雨の匂いがガソリンスタンドを覆う。きっとガソリンスタンドも泣いてくれたのだろう。雨が僕の汚れを浄化してくれるのと同じように。ユウはぎこちない笑顔を見せた。傷ついたのはユウの分身だったのだから無理もない、そう思った。

「文字ってさ、絵よりもストレートに感情を表現できるんだね。たった何文字かで」ユウが僕より先に口を開く。
「そうだね、そういう単語もある」僕にはそのくらいしか言えなかった。

 いつの間にか雨が振り出し、土砂降りとなっていた。黄色い光が走り、少し遅れて雷鳴が轟く。まるで空が圧倒的な存在感を僕らに見せつけているみたいだった。その時ユウは顔を上げ、空を仰いだ。空は怒ったり笑ったり泣いたりしている。僕らは雨が上がって雷鳴が聞こえなくなるまで、びしょ濡れのままその表情を変える空を眺め続けていた。どの位の時間、この空を眺めていたのだろう。いつの間にか辺りは雷と雨の余韻を残したまま静まり返っていた。この静けさは、なんだか空が草や花や雫達とこっそりとどこかで相談して息を殺しているみたいだった。音といったら、時折通る車の音くらいで、轍の後に水模様を作って僕らのガソリンスタンドを横切って行った。ユウはカバンからメンソールのタバコを取り出し、ライターで火をつけて一口だけ肺に煙を吸い込んで吐き出したあと、それを何も言わずに僕に回してくれた。ユウの一口だけ吸ったメンソールのタバコは僕の鼻孔を刺激し、なんだかメンソールって、こんなにもロマンチックな匂いなんだなとそのタバコを吸って思った。

「文字の表現力の強さはさ、今日は嫌というほど実感したけど、でも私はやっぱり絵を描きたいな。それに、自分の心の模様だけじゃなくて、色々なものを描いてみたい。上手く描けるかは自信はないけどね」ユウは何か吹っ切れた様子で言う。
 この心ない落書きは、僕らにとっては大事件だった。ケイちゃんはその落書きを見た途端、言葉を失い、しばらくの間壁画を見てうなだれていた。怒ってもいた。きっとケイちゃんも僕と同じことを考えていたんだと思う。僕らの大切なものが損なわれ、ユウの心までが汚された。ユウの心の傷はとても深く、傷ついた心の奥底ではきっと泣いているのだろう。だから、この落書きの犯人は許せない。

 多分、僕ら以外の人達にとっては、ユウの描く壁画も、この悪意ある落書きも、たいして変わらなく見えているのだと思う。落ちこぼれの若者がガソリンスタンドに不法侵入し、騒いで落書きをしているだけだと。それはきっと、僕らがメガネをかけたサラリーマンの区別がつかないのと同じ感覚なのかもしれない。そう考えたら、ユウが不憫で仕方がなくなった。ユウは壁画の落書きをそのままにしておくらしい。

「この文字はこの絵の一部で、私の心の傷なの。それはそれで良いんじゃないかな」ユウはぎこちなくそう言った。

 それはとても寂しいことだけど、ユウの方がもっと傷ついているんだから仕方がない。そう思った。でも、ユウの心の模様を掲げた僕らの海賊船は簡単には沈没なんてしない。僕らはたまたま出会っただけだったけど、僕らはたまたま似たもの同士で、たまたま気が合った。理由なんてそれだけで充分だった。確かに理屈で人間関係を築く人もいる。でも、僕らはそうじゃなかったし、それでいいと思っていた。青臭いと思うかもしれないけど、僕らは嘘をつきたくなかっただけだ。

 僕らの夏はそんなふうにいつの間にか終わりを迎えていた。ここにあったのは、多分それぞれの心にあった何もかも壊したくなるような衝動と、壊れたものへの共感だったのかもしれない。この荒廃したガソリンスタンド。描かれた壁画や、割れてしまったビール瓶の破片。僕らの抱え込んでいた厄介な問題は、結局は解決なんてしなかったし、ビールの泡や夜空に向かって吐き出すタバコの煙のように、所在なく、いつもどこかへ消えて行くだけだった。

5.ペンキの絵

 季節がひとつ変わっただけなのに、なぜか今年の夏の出来事は遠い過去のような気がした。ユウがいなくなった。それが大きかったんだと思う。9月の休日、ワイドショーのニュースで、千葉県にある幾つかの小学校の壁に、ペンキが無造作に投げつけらていた絵のようなものが描かれているとのニュースが報じられていた。テレビ画面には、その突如描かれたという絵が映し出されていた。金曜日の夜から日曜日にかけて描かれたのではないかとも報じられている。その映像を見て、僕はハッとした。ユウだ。ユウが描いたものに間違いはない。僕らのガソリンスタンドに描いてある壁画のタッチと似ていたのだ。僕は今のユウの情報が得られたのは嬉しかった。まだワイドショーを通じてかろうじて繋がっている。そう思えたからだ。

 次の日、いつものガソリンスタンドで僕がケイちゃんにこのことを話すと、ケイちゃんはまるで子供のように目を輝かせて言った。
「きっとさ、ユウはやりたいことを見つけてしまったんだと思うよ。きっとこの絵から始まったんだ。だから僕らはユウの夢みたいなもの、ユウが描きたいという衝動に、心を踊らせてしまうんじゃないかな」
 そうかもしれない。ユウの描く絵は、いつだって僕らの目には優しかった。

6.エピローグ

 次の年の夏、いつものガソリンスタンドで思いがけず、ユウの姿を見た。ギターを弾きながら、鼻歌を歌っていたのだ。下手くそだったけど、雰囲気がしなやかだったので、僕とケイちゃんは驚いた。ユウは鼻歌を歌い終わると、何も言わずにギターをケイちゃんに手渡した。ギターには夜の中に虹が浮かんでいる。抽象的な絵だったが、とてもいい絵だと僕は感じた。ケイちゃんもニコニコしながらオアシスのシガレッツ&アルコールをワンフレーズだけ歌う。
「久しぶりだね。酒でも飲もうよ」
「そうだね」ユウがニコッと笑って答える。

 とりあえず、僕らは近くの感じの悪い店員がいるいつもの酒屋に行き、アルコールを調達することにした。まず、ユウが店員の目をごまかすために、店内で物を買いものをする振りをする。その隙に店員の目を盗んで、僕とケイちゃんが倉庫から瓶ビールを箱ごとを運び出すという単純なやり方だ。何も買わずに出てきたユウは、モッズコートの中から、小さなウイスキーを出した。いつの間に盗ったのだろう。僕とケイちゃんははユウのいたずらした子供のような顔を見て吹き出してしまった。栓抜きがなかったので、僕らはビール瓶をコンクリートで割って、泡が吹き出ているビールを飲んで、笑った。

「ロバート・ジョンソン、弾けるようになったんだね」ビールを飲んでやっとひと心地がついた。
「なんだか、教えてもらうはずだったケイちゃんに申し訳なくて。だから自分で覚えたの。ケイちゃんとの約束を守れなかったから」

 ユウは続ける。

「どんな模様にするか迷っているうちにね、全く描けなくなっちゃって。だから、このギターの絵はすごく苦労して描いたんだ。今日はケイちゃんにこのギター返しにきたの」ユウは申し訳なさそうに言った。

「それにね、明日は私の19歳の誕生日なんだ」ユウはなぜか寂しそうな顔をする。
「明日が誕生日だからわざわざここに戻って来たの?」僕はそう聞いた。
「そう。今日はこの絵を終わりにするためにきたの。だって、いつまでもこういうことってできないでしょ? だから、お酒を盗むのも、こういう絵を描くのも18歳の今日で終わり。私、やっぱりちゃんとした絵を学ぼうと思うの」ユウはそう言った。僕はそのユウの言葉を聞いて少し寂しくなってしまったけれど、それでも、ユウが決めたことなのだから、きっとそれでいいのだろう。そう思った。

「ケイちゃん、ごめんね、ギターの絵、遅くなって」ユウはそうケイちゃんに謝った。
「ホント、遅いよ」ケイちゃんは泣きそうな顔になり、つられて、ユウも泣きそうな顔になっていた。
「ごめん」ユウは謝ったと思ったら、いきなりペンキの缶を開け、初めて出会ったあの日のように、壁画にも僕らにも叩きつけてきた。

 それも今日で終わりだ。だけど、今回ばかりは僕らだけがキャンパスになる気はなかった。今度は僕らもペンキの缶を抱えて、辺り構わずに、好きなように投げつけた。色々な模様で。色々な場所へ。色々な大きさで。色々な想いで。きっと僕らは僕らの絵を描きたかっただけなんだ。18歳の僕らにしか書けない絵を。そう、きっとこんな絵を。



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