ポテトチップスさん

20代の頃、小説家を目指していました。 ですが実力がないと自覚し、小説家の夢を諦めました。ですが最近になって、やっぱり小説家の夢を追い求めたい自分がいることに気づきました。久方ぶりに、時空モノガタリ文学賞に参加させて頂きます。 ブログで小説を書いてます。http://www.potetoykk.com

性別 男性
将来の夢 太宰治賞もしくは北日本文学賞で最終選考に残ることです。
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馬鹿

13/10/01 コンテスト(テーマ):第四十一回 時空モノガタリ文学賞【 恋愛 】 コメント:1件 ポテトチップス 閲覧数:1284

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肌寒い夜気が長袖セーターを身にまとった肌を冷やした。
半年振りに家族が暮らす家へと続く道を歩いていると、これで何もかもが終わった。これからは新しい人生が始まるのだと麻生宅見は思った。
赤く染まった満月が家々の屋根と道路を薄く照らしていた。
『麻生』と書かれた表札の前に立つと、右手の人差指でそれをなぞってみた。明かりが窓からもれる家の中からは、2人の子供達の声が外にまで響いていた。
麻生はチャイムを鳴らすと、表情を固く引き締めてドアが開くのを待った。
しばらくしてドアが開くと、不愛想な表情をした妻の芳美が現れた。
「寒いから早くドアを閉めて」
ムッとした感情を押しとどめた麻生は、靴を脱いで妻と一緒にリビングに向かった。
5歳と3歳の娘は麻生が部屋に入った途端、急に黙り込み、芳美に2階の部屋に行ってなさいと言われ、そそくさと2階に行ってしまった。
芳美が引き出しから離婚届を取り出し、テーブルに開いて載せた。もうすでに芳美の名前とハンコはついてあった。
「早く名前とハンコを押してよ」
麻生は妻が用意していたハンコとボールペンで離婚届けに記入と捺印を押した。
「これで離婚が成立ね。これで満足でしょう。あなたから離婚したいって言ったんだから」
「ああ」
「ねえ、最後に本当の離婚の理由を教えてくれない?」
「だから前にも言ったけど、会社でトラブルを起こして解雇になったのが原因だよ。君と娘達を不幸の道連れにすることはできないから」
「嘘! そんなの絶対に嘘よ。私、知ってるのよ。あなた、社長の結婚している娘さんに手を出したそうじゃない」
「誰からその話を聞いたんだよ」
「誰だっていいでしょう。でももういいわ、あなたのような浮気性の男となんて一緒に暮らしたくないから」
それから季節は何度か一周し、元妻である芳美と離婚して9年が経とうとしていた。
43歳の麻生は、錦糸町のキャバクラで客引きのバイトをする毎日を送っていた。芳美と別れてからは、独り身になって気が緩んでしまったのか、定職にもつかずアルバイトで生計を立てるような人生に落ちてしまった。
そんな浮き草人間のような生活を送っている8月の終わり、キャバクラの閉店時間が迫り、店長から店に戻ってくるようにと電話がかかってきた。麻生は店の外での客引きを終了し、ビルの6階に店舗があるキャバクラに戻ると、初めてみる新人のホステスがドアの横に立っていた。
化粧が濃いが綺麗な女性だった。年は30代後半くらいの女性に見えた。
「新人さん?」
「はい」
「俺、客引きしてる麻生って言います。君、名前は何て言うの?」
「凜華です」
「それって、この店での源氏名でしょう。まあいいや。凜華ちゃんね、よろしくね」
この日以降、凜華は店が休みの日曜日以外、毎日出勤していた。他のホステスよりも年増ではあったが、客の評判も良く指名されることも多かった。
深夜1時過ぎ、いつものように店長から店に戻ってくるようにと電話がかかってきた。麻生はエレベーターで6階まで上がり店のドアを開けると、数人の若い着飾ったホステスが暇そうにドアの横に立っていた。
「暇そうだね」
「麻生さんがもっとお客さんを連れてこないからですよ!」
麻生はうなだれた仕草をした後「凜華ちゃんは?」
「凜華さんなら、お客さんの相手してます。まだ入店して2ヶ月しか経ってないのに、この店のナンバー1ホステスですよ」
「すごいなー凜華ちゃんは。今度食事にでも誘ってみようかな」
「ここだけの話なんですが、凜華さんって離婚経験があるらしいですよ。それに中学生と小学生の娘さんがいるらしいです」
この日の営業時間も終了し麻生は店の後片付けをしていると、ラフな私服に着替えた凜華が店の更衣室から出てきた。
「凜華ちゃんお疲れ」
「お疲れ様です。外もだいぶ寒くなってきたので、客引きも大変ですね」
「本当にそうだよ。そんなこと言ってくれるの凜華ちゃんくらいだよ。俺、実は凜華ちゃんに恋してるかも」
「やめてくださいよ」
麻生は手に持っているモップを壁に寄りかけ、凜華の正面に立った。
「凜華ちゃん、俺と結婚を前提にお付き合いしてください」 
「麻生さん、あなたは本当に変わってしまったわ」
「えっ?」
「芳美よ。あなたの元妻だった芳美よ」
「……」
「偶然にもあなたとこの店で再会して、あなたの落ちぶれたような人生を目にした時、私、悲しくなったわ。今ね私、いつも私を指名してくれる会社の社長さんと交際を始めたところなの。その社長さんに店を辞めてくれって頼まれてるから、今月いっぱいで店を辞めるわ。でもあたなに今さっき、告白されて本当に驚いた。正直嬉しかった」
芳美がいなくなった誰もいない店内で、麻生は店のウイスキーをグラスに注ぎ、虚しさに堪えながら、いつまでも酔えない酒に浸った。

おわり


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このストーリーに関するコメント

13/10/04 かめかめ

いくらなんでも気付こうよ……(^^;)
だから離婚になるんだよ、と納得しました。

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