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つるばたさん

三十路にして小説を書き始めました。読んでやってください。

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夏の終わり

13/09/23 コンテスト(テーマ):第三十九回 時空モノガタリ文学賞【 待つ人 】 コメント:6件 つるばた 閲覧数:1343

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「私の美しさの前に声も出ないって感じ?」
 ウエディングドレス姿の恋人を前に呆然と立ち尽くす黒沢正人を見て、京子は揶揄するように言った。
「うるさいな。でも……綺麗だよ。本当に綺麗だ」
「ありがとう」2人ははにかむように笑った。
「正人が来るまでにね――昔のことを思い出してたの。結婚式のときに正人に話そうって決めてたんだ」
「昔の事?」
「9月末くらいだったかな、夏の終わり――あの時、私は不思議な体験をしたの――

 私は泣きながら知らない街を歩いていた。父と大喧嘩して実家を飛び出してきたの。
 正人との婚約の許しをもらうために鹿児島の実家に帰ったけど、父は許してくれなかった――35も過ぎて定職につかないような男に家族が養えるものか!――
 正人が挨拶に来なかったことにも、父は腹を立てていたのかもしれない。正人は急に入ったドラマのオーディションのため、鹿児島行きをキャンセルした。正人は売れない俳優志望だった。鹿児島から上京して10年以上やっても芽が出ず、夜の警備員とかで食いつないでたっけ……でも私は幸せだった。「いつか月9の主演になるんだ」そう語る正人の眼はキラキラ輝いて、彼の夢を聞く私までうれしくなった。
 鹿児島中央駅からしばらくバスに乗った。知らない街で降りて当てもなく歩いて――ともかく私のことを誰も知らないところに行きたかった。
 だんだん辺りは暗くなって、雨が降り始めた。昼間の残暑の熱も冷えて、日が沈むころは寒いくらいだった。しとしと絡みつくように降る雨が、私の孤独をいっそう深めた――男手一つで育ててくれたお父さん……正人との子供を身ごもっていると知ったら――それを思うととても言えなかった――
 雨宿りしようと思って古い神社に入った――境内にぽつんと人がいたわ。今時珍しくもんぺ姿で、なんかみすぼらしくて――野良仕事帰りのおばあさんかと思った。その人ね、神前で一心不乱に祈っているの。
「あのすみません、道を聞きたいのですが」
 振り向いた女性をみて、はっとした。若い女性だったから――私と同じかもっと若かったかもしれない。線が細くて、綺麗な眼をした人だった。
 女性は私をじっと見ると言った。
「あらあら、そんなに濡れて風邪をひいてしまいますよ」私は促されるように拝殿の軒下に入った。
 その人は智恵さんと言った。眼を真っ赤にしてずぶ濡れの私をみて、ただ事じゃないと思ったみたい。
 私は温かいお茶をいただきながら、智恵さんとお話をした。初対面なのにとても安らいだ気分だったの。不思議でしょ?
「そんなことがあったの……」智恵さんは真剣に私の話を聞いてくれた。
「私はこんなに中途半端なのに子供まで作ってしまいました。自信もないし、正人への愛情も……もうどうしていいか分からないんです」
「――京子さん、あなたは優しい人ですね」智恵さんは微笑みながら言った。
「私はあなたが羨ましい。私の時代は愛とか恋とか……楽しむ余裕なんてなかった」智恵さんの眼は悲しみに満ちていた。
「今日ね、食堂のトメさんからお手紙を頂いたの。主人からの手紙です」智恵さんは手紙を大事そうに胸に抱いていた。
「主人との結婚生活は三日だけだったけれど、私は幸せでした。でも今日、私は主人を裏切ってしまった――主人が無事帰ってくるように神様にお願いしてしまったんです――国のために死にに行くと言ってあの人は立派に飛び立っていったのに――」私は悲しみに歪む智恵さんの顔をじっと見ていた。
「そうだ」智恵さんは握った右手にふぅーっと息を吐きかけると、右手を私の前に出した「手を出してください」手を開くと、小さなお守りがあった――護國神社――
「京子さんの人生に幸あるよう、願を込めておきました」
「ありがとうございます」そう言って顔を上げると、そこには誰もいなかった――正人のことをよろしくね―― そう聞こえたように感じて辺りを見渡したがやはり誰もいない。聞こえるのはりりりりという鈴虫の音だけだった――
 
 正人が神妙な顔をして京子を見ていた「……智恵――それは俺の祖母の名前だよ」
「……嘘」
「本当だよ。あの日オーディションに合格したことを京子に電話しただろ。その後すぐ祖母が亡くなったんだ。祖母はずっと施設で暮らしていたから、京子には言わなかったんだ――」
 
 智恵の遺留品の中から手紙が出てきた。共に埋葬しようという話もでたが、歴史的に価値があるということで博物館に寄附された。
 後日、正人と京子は知覧特攻平和会館を訪れた。智恵の手紙は館内の隅にひっそりと展示されていた。
 『――あなたの幸せを願う以外に、何物もない――あなたは過去に生きるのではない。勇気を持って過去を忘れ、将来に新活面を見出すこと――ただ、智恵 会いたい。話したい。無性に――    黒沢利夫大尉 』

 


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このストーリーに関するコメント

13/09/23 光石七

拝読しました。
県民ということも手伝って、話に引き込まれてしまいました。
こういう夫婦、恋人がたくさんいたことでしょう。
正人と京子が幸せな家庭を築いていけますように。

13/09/23 つるばた

光石七 様

コメントありがとうございます。アドバイス頂けると、読んだ方がどう感じたか分かるし、励みになります。

光石七さんは鹿児島出身ですか! 僕は一度だけ鹿児島に行ったことがあるのですが、知覧はありません。今年の秋くらいにいけたらな……と思っているのですが。

ストーリーは実在した特攻隊の方を参考にして書きました。私なぞが無礼かもしれませんが……

戦時中に生きた方は「人のために生きた人達」だと思います。少しでも見習わなければいけないと思ってます。

13/09/24 つるばた

凪沙薫 様

いつもコメントありがとうございます。

登場人物は実際にいた方をモデルにさせていただきました。

第20振武隊 穴沢利夫 大尉 
その妻 智恵子さん

食堂のトメさんは、知覧町で「富屋食堂」を営んでいた 鳥濱トメさん
をモデルにさせていただきました。特攻隊の若者を世話していたため「特攻の母」と呼ばれています。
 隊員の多くが、憲兵の検閲をさけるため、特攻に行く直前にトメさんに手紙を託したらしいです。

護国神社は実際にあります。

あとはすべてフィクションです。

13/09/24 つるばた

間違えました! 訂正します。

最後の手紙は「穴沢利夫大尉」の手紙の一部を参考にしました。特攻にいった方の遺書を創作するなど、とてもできません。許されるはずもないですし、特攻にいった方の気持ちは絶対にわからないからです。

13/09/26 草愛やし美

つるばたさん、拝読しました。

思わず、泣いてしまいました。不思議なことはあると信じている私です。おばあさま、お孫さんを心配しておられたんでしょうね。
自らの辛い人生を、孫には踏んでほしくない、幸あれとの願いが通じ不思議を起こせたのではないかと思います。とても心温まるお話でした、ありがとうございました。

13/09/30 つるばた

草藍 様

いつもコメントありがとうございます。

第二次世界大戦という地獄のような戦争を生き抜いた方達が、子供を作り日本をゼロから復興させた。そして今の自分達の生活があると思うので、感謝の気持ちでいっぱいです。

今、戦争を経験された方がだんだん亡くなっているのですが、90歳のおばあさんでも、智恵さんのように輝く時代があったんだなあと思うと不思議な気持ちになります。医療の仕事をしていると、高齢者の方にたくさん接するので、こうゆう話を書いてみたいと思っていました。

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