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日向夏のまちさん

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終わらない夏にリナリアを

13/09/22 コンテスト(テーマ):第十七回 【 自由投稿スペース 】 コメント:2件 日向夏のまち 閲覧数:1187

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「こんにちは」
 夏だ。そう思った。
「あなたも、ここのお庭がお好き?」
 ひまわりだと、思った。
「あたしはここ、気に入ったわ」
 でも、何処か儚げで。
「とっても幻想的……」
 今にも、消えてしまいそうで。
「ねぇ……そうは思わない?」
 そしてすごく、綺麗だった。

 金木犀の木の下で。金糸の様な髪を持つ、麦わら帽のお嬢さんが笑った。
 それはとある小さな町の外れにある、とある教会での事である。辺りを森に囲まれた丘にある教会は、透き通り、美しいディテールのステンドグラスが綺麗な小さな教会だった。しかし今や、“教会”とは名ばかりのその建物は、老朽化が進み、壁に絡み付くツタがみすぼらしい廃屋と化している。そしてこの廃屋は、今やぼくの自宅となっていたのであった。
 あまり知られていない教会の裏にある崖には、もはや誰も知らないであろう、空中庭園とでも言うべき庭がある。四季折々の花を咲かせる秘密の花園は、春にクロッカス初夏にリナリア、秋に金木犀で冬にクリスマスローズと、実に慌ただしくその表情を変える。
 金木犀の秋である今日に、その庭の管理人でもあるぼくは、ぼくだけの花園へと赴いていた。
 しかし、客人など来た事のないぼくの庭に、お客様が、しかも、大変綺麗なお嬢さんが、いる。
 呆然と目を見張る僕に肩越しで振り向いていたお嬢さんは、気付けば車椅子に腰掛けていた。秋も深まるこの季節だというのに麦わら帽子を被るお嬢さんは、車椅子を回転させてぼくに向き直った。
 お嬢さんの背後から、不意に強い風が吹く。長い金糸の髪が風になびき、逆光を乱反射して――
「おっと」
 飛びかけた帽子を右手で押さえ、お嬢さんは笑った。
 息を呑む。
 ――まるで、向日葵。
 その笑顔は、花開く様な印象で。満開の、向日葵みたいで。あんまり眩しくて美しくて素敵で。でも何処か、儚くて。
「……お兄さん?」
「え、あ、こんにちは。こんな辺鄙な所で、一体何をしているんですか?」
 いつの間にか見惚れていたぼくは、急に声を掛けられ、取り繕う様にまくし立てる。それにお嬢さんはクスリと笑んで、
「それを言うならあなたもだけど?」
 意地悪っぽく、冗談交じりに言う。
「えっと……ぼくはこの庭の管理人なんです。あそこの教会に、住んでて」
「まぁ。この庭を、お兄さんが?とっても素敵だわ……」
 お嬢さんは庭を見渡す。その細められた視線がぼくの庭を見ているのだと思うと、それだけで恥ずかしかった。
「……ねぇ、お兄さん」
 お嬢さんはやおら口を開く。ぼうっとお嬢さんを見つめていたぼくはまた慌て、きわめて平静を装いつつ問うた。
「何でしょう」
「あたし、ここで待ちたい。お兄さんあそこに住んでいるんでしょう?あたしが待っているものが来るまで、あたしもそこに住ませてよ」
「え――」
 急過ぎる展開に真っ白になった僕の頭は、どうやら勝手にOKを出したしたらしい。それからというもの、どうやら訳ありらしいお嬢さんはここに住んでいる。
 謎に包まれた人だった。“あまり詮索しないで”と最初に釘を刺されたぼくは、彼女の歳も、出身も、ましてや、名前すらも知らない。何でこんな所に居座ろうと思ったのかも解らずじまいであるし、ぼくがお嬢さんについて知っている事といえば、此処に来てからの言動位のものであろう。
 しかし言動、と言っても、かなりのワンパターンである。日中はずっと、春夏秋冬問わずあの金木犀の木の下から静かに景色を眺め、夜になり夕食を済ませるといつの間にか寝ている。そういえば、もう二年ほど経つけれど、何かを待っているというお譲さんは何を待っているのかも教えてくれない。
一度だけ、金木犀の木の下で質問してみた事がある。去年の春だっただろうか。
「お嬢さんは、一体何を待っているんですか?」
 ざわざわと鳴る枝の下で。見下ろすお嬢さんはこちらを見ず、拗ねたように言った。
「詮索しないでって言ったのに」
 麦わら帽子のつばに隠れたその顔は、きっと唇を尖らせている事だろう。
 間を置き、調子を変えて、一言。
「でもまぁ、住まわせてもらっている身だし、詮索するなってのも失礼な話よね。……ヒント位はあげてもいいかな」
 うーん、と可愛い声を上げて、お嬢さんは思案する。その帽子に隠れた顔が見たくて、ぼくは芝生の地面に腰を下ろした。見上げれば視線だけをこちらに寄越すお嬢さんの、青空みたいな蒼の瞳と目が合って、嬉しくなったぼくは笑んだ。驚いた様に目を逸らしたお嬢さんは、何時ぞやのぼくの様にまくし立てる。
「えっと、あたしが待っているのは、誰にでも訪れるモノ。形は違っても必ず、訪れるモノよ」
 そう言って、お嬢さんは誤魔化す様に悪戯っぽく笑う。
教会の二階にあるベランダで思い出の一ページを捲りながら、金木犀の木を、いや、その下に居るお嬢さんを眺めていた。お嬢さんを此処から見守り、眺めるのが、ぼくの日課であったから。
 この風景を形にして残したいと、何度思った事だろう。ぼくは溜息を零す。絵を描く技術も、画材も持たないぼくは、この風景を絵に残す事は出来ない。この綺麗な風景を、表現する事なんか、出来やしない。
 風に踊る木々は枯れ葉の吹雪を舞わせ、儚く揺れる花々は色とりどりに咲き誇る。眼下に広がる芝生は波のように寄せては返し、めまぐるしくその色を変えた。そして何より目を引くのは、それらの中心に立ち、金色の光を振りまくあの金木犀。その根元に座し、静かに景色を眺める女性は、奇跡の様な笑みで以ってぼくを惑わせ――
 いつの間にか惚気た思考に、ぼくは気付かない。ただその風景に見入って永遠にも感じる一時を過ごしていた。
 ここ二年間は実に楽しかったのだ。一人じゃない食事も、中々に強気なお譲さんと軽口を叩き合うひと時も。ぼくは好んで一人で居るつもりだったのに。静かなぼくの世界だけあれば、それで充分だと思っていたのに。それなのに、いつの間にか一人になる事が怖くなってしまっている。――いや、どちらかと言えばそうではないだろう。

ぼくはお譲さんが何時かいなくなってしまうんじゃないかと、怖がっているのだ。

 待っているモノが来たら、お譲さんは此処から居なくなってしまうんじゃないか。ぼくの庭に現れた精霊の様な彼女が、居なくなってしまうんじゃないか。この風景に、穴があいてしまうんじゃないか。そう思うと怖かったし、そう想うと辛かった。
 秋も深まるあの季節に、麦わら帽子と向日葵の笑みで、夏を運んで来たお譲さん。まるでお嬢さんの時が夏で止まっているかのように、彼女は麦わら帽子を手放さない。でもそれは、傷ついた心で曖昧な季節を過ごしてきた僕にとっては刺激的で、それすらも魅力で。
 人生に疲れたぼくが、その心を休めようと住み始めたこの教会で。ぼくは出会い、魅了されてしまった。そして今、居なくなってしまうかもしれないお嬢さんと暮らす僕は、また心に、傷を負ってしまうのだろう。
 ――どうやら、マイナス思考は治っていないようだ。
 苦笑を浮かべ、ベランダを後にする。夕陽が沈み始めた。お嬢さんを、迎えに行かなければ。

「浮かない顔ね」
 教会の一室で。夕食にしていたぼく達は、小さなテーブルを二人で囲んでいた。
ふとお嬢さんが見透かしたように言い、ぼくは手が止まっていた事に気付く。
「美味しくない?」
 お嬢さんはトマトベースの野菜スープを木の匙でかき回しながら、何の事は無い様に聞いてきた。
「いや、そういう訳ではないのですが……。大丈夫。美味しいですよ」
 笑いながら、言ってやる。お嬢さんは何の事は無い様に言った割に、その言葉にホッとしたのか僅かに表情を明るくした。
 お嬢さんが素直じゃないのは知っている。珍しく夕食の支度をかって出たお嬢さんの野菜スープは、素朴で、優しい味がした。
 きっと彼女の本質も、素朴で、優しい。
 何処か微笑ましい気持ちになりながらスープに口を付ける。
 今のぼくは、少々幸せすぎないだろうか。そんな不安を掲げながら。
「で、どうしたの?」
 悪戯っぽい笑みを浮かべたお嬢さんは、ぼくの浮かない顔の訳を問い詰める。
 だからぼくも、お嬢さんと同じ悪戯っぽい笑みを浮かべて、言うのだ。
「あまり詮索しないで下さい」
「あらあら、これは結構な切り返しね。そういうとこ、嫌いじゃないわ」
「何も教えてくれない人に、教える情報はありませんからね」
 そう言って、笑い合う。
「どうです? 待っているモノは、そろそろ来そうですか?」
「そうねぇ。……もうちょっとかしら」
 お嬢さんの表情が、不意に陰る。らしくない。あの向日葵のお嬢さんが、悲しそうな顔をするだなんて。
「どうしたんです?」
「いいえ……。それこそ、あまり詮索しないでくれるかしら?」
 何時もの調子で言う物だから、ぼくはもう、何も聞けなくなってしまう。
 お嬢さんを想うぼくは、お嬢さんの支えにもなれない。それが僅かに、ぼくの心を刺した。

 二年目の秋も、終わりが近い。ぼくは雲一つない秋晴れを仰ぎ、庭の手入れに精を出す。
 お嬢さんが好きなこの庭は、お嬢さんが来てからここ二年。以前にも増して美しくなっていた。花の種類は増えたし、青々と茂る草も前より勢いがある。初冬の今には見る影もないが、お嬢さんにも褒めて頂いた。見てくれる人がいるというのは、モチベーションアップに繋がるものである。
 仕事を一段落着かせる。お嬢さんに降り注ぐ金木犀の花弁と、花弁の積もる麦わら帽子を見ながら、ぼくはまたお嬢さんの横に立った。
「来ましたか?」
 返事は、無い。どうしたかと覗き込むと、何の事はない。相変わらず綺麗な表情で眠っているのだった。
 ぼくは少々魔が差して、お嬢さんが座る車椅子の右側に、お嬢さんの寝顔を見つめながら片膝を付いた。そして、肘掛の上に乗せられた細い指の右手を取る。手の甲へ、口づけをしようとして――
「っ!?」
 その冷たさに、息を呑む。次いで安らかに眠るその顔を見上げた。
お嬢さんの頬に手を伸ばして、触れる。冷たい。でもその寝顔は、二年間見続けたそれと全く変わらなくて、寧ろ、幸せな夢でも見ている様で。
 ――いなくなってしまわないかと不安になった直後、これか。
 半ば状況を呑み込めぬまま、呆然と立ち尽くしていた。急すぎる出来事に喪失感も追いつかず、どうにも、実感が湧かない。
時間だけが過ぎていく。しんしんと、お嬢さんの膝の上に金木犀の花弁が降り積もった。――あの日の様な、突風。
「っと」
 飛びかけた麦わら帽子を掴む。積もった花弁が舞って、風に運ばれた。視界の隅でひらひらと舞う一つの白は、便せんか……?
 遠くへと運ばれてしまう前に、精一杯手を伸ばし、掴み取る。裏返した。そこに刻まれた名前は、誰宛てともとれる代名詞。差出人は、“お嬢さん”。封を切る。
 ――あぁ、成程。
「分かりました。きちんとこの花言葉、届けましょう」
 見上げた空はお嬢さんの瞳の色。黄金の金木犀は、お嬢さんの髪の色。
 頬を涙が伝う。確かに彼女は、待っていたモノが訪れた瞬間、いなくなってしまった。
 ――でも、一人じゃない。
 金木犀の一枝と、捕まえた麦わら帽子を彼女の膝の上へ。花が好きだった彼女への返答は、これだけで、伝わる筈だ。
 一際強い風が、二年間の長い夏と彼女の麦わら帽子を攫って行った。
 あぁ、秋だ。

 ――Dear,お兄さん
 ありがちな書き出しになってしまうけれど、いざ書くとなるとこうとしか書けないものなのね。
 これを読んでいるって事は、あたしが死んでしまっているか、お兄さんがズルをして夜中にこっそり読んでいるかだと思うわ。
 余命、短くて七ヶ月。長くて二年。言われたのがあなたと出逢う二ヶ月前の、夏。お医者様には、不治の病と言われたわ。
 あたし、一人身だったから、ずっと素敵な死に場所を探していたの。
 そこで、あの教会を見つけたのよ。裏にある庭園も、偶然見つけて。気付いたら、金木犀の下に吸い寄せられていたわ。
 運命だと思ったの。蒼穹を背景にした金色の金木犀は、まるであたしにそっくりじゃない?
 まぁ、あたしなんかより生き生きしてたけど、あたしなんかよりずっと生命力に満ち溢れてたけど、それでもこれは、運命だった。ねぇ、そうでしょう?お兄さん。
 ――さて、答え合わせと行きましょう。あたしが待っていたモノ、それは――

あたしの命が終わる、その時だった。

 今まで、ありがとう。
 PS,ところで、リナリアの花言葉をご存じかしら?――――


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このストーリーに関するコメント

13/10/03 クナリ

文字を増やしての、セルフリメイクですね。
前回えらそげなことを申し上げていたのですが、今回冒頭から補強された描写が自然で、ラストシーンも強調され、より良くなったのではないかと思います(いえまあ、誰もがたっぷりと字数を使いたいと考えてはいるのでしょうけども)。
描写の取捨選択は大変ですが、前作も充分に楽しめるクオリティでした。
今後もご活動、がんばってください。

13/10/04 日向夏のまち

わざわざこちらにまでコメント、ありがとうございます。そう言って頂けると嬉しいです。
どうにも2000字という限られた字数では不完全燃焼で、リナリアに限り書き直してしまいました。今読みなおすと正直、こちらの薄さも大概ですけれどね。
今後も精進してまいります。
ありがとうございました!

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