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猫兵器さん

「猫とアオゾラ」ソラネコ賞の入賞作品が発表されました。36作品、たくさんのご投稿、本当にありがとうございました。 いずれ劣らぬ力作ばかりで、非常に迷いましたが、3作品までという決まりでしたので、あのように選ばせて頂いた次第です。 青海野 灰 様、OHIME 様、そらの珊瑚 様、おめでとうございます。 ソラネコ賞、よろしければお受け取り下さい。 また、全ての投稿者の皆様、読者の皆様にも、心よりお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。

性別 男性
将来の夢 穏やかに、静かに、サボテンみたいに暮らしたい。
座右の銘 質実剛健・人畜無害

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かぜまち

13/09/19 コンテスト(テーマ):第三十九回 時空モノガタリ文学賞【 待つ人 】 コメント:6件 猫兵器 閲覧数:1398

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 ずっと風を待っていた。
 こんなに暖かくなったのに、風はまだ吹かない。
 引っ張られるように空を仰ぐと、初めて見るような蒼穹が大口をあけて笑っていた。

「ニーネ、降りておいで。いつまでそんなところに登っているんだい」
 おばあちゃんだ。
 ニーネは軽快な足取りで屋根の縁まで歩き、下にいるおばあちゃんに顔を見せた。
「だって、いつ風が吹くか分からないじゃない」
「そんないつ吹くか分からないようなチンケな風に乗るから、飛び損ねるんだよ。降りてきな。正しい風が吹くときは、どこにいたってすぐに分かるもんさ」
 少し釈然としないけど、まあ言っていることは本当だ。

 何日か前、寒さの名残を含んだ風が吹いたとき、他の子たちは上昇気流を器用に掴まえて旅立って行ったが、末っ子のニーネだけはお母さんにお別れが言えず、一人残されてしまった。
 お母さんは次の子たちの世話で忙しく、ニーネだけに構ってもいられず、焦りと寂しさから、ニーネは気まぐれな風に騙されて吹き散らされた挙句、断崖絶壁に居を構えていたおばあちゃんの家に不時着したのだ。
 不幸なニーネがそんなところで生きていかずに済んだのは、おばあちゃんが優しく抱き止めてくれたからだった。
 だから、もう一度与えられた貴重なチャンスと同じくらい、ニーネはおばあちゃんの言葉を大事に思っていた。

「はーい」
 返事をして、素直におばあちゃんの家の屋根から降りた。ちっぽけなニーネに比べて、
おばあちゃんは怖いくらい大柄だったが、にっこり優しく笑ってくれた。
「いい子だ。おいで。お茶を淹れたからね」
「ん、ありがとう」
 お茶を飲みながらおばあちゃんの話を聞くのは、ここで一番楽しいことだった。おばあちゃんは色々な話を知っていた。
 東の果てにそびえる天の支柱。熱と鉄の獣が行き交う死の渓谷。水晶の壁に囲まれた暖かな楽園。わくわくした。何もかもが、お母さんにもらった地図には書かれていないことばかりだった。世界はなんて広いのだろう。面白いのだろう。
 断崖に建つおばあちゃんの家には、時々旅人が休みに来ることがある。お話はそういう時に仕入れるのだという。おばあちゃん自身は、生まれてから一度も家から出たことがないそうだ。

「おばあちゃんは、どこか他のところに行きたいとは思わないの?」
 それはともすれば残酷な質問だったが、おばあちゃんはニーネの頬を優しく撫でた。
「あたしにはあんたみたいに綺麗な翅がなかったからね。生まれちまったら、そこで生きるしかなかったのさ。こんなところだけど、悪いことばかりじゃないよ。面白い話は聞けるし、ニーネにも会えたしね」
 ニーネは子供らしい無邪気さで屈託なく笑い、おばあちゃんに頬をすり寄せた。

 それから幾らかの時間が流れ、ニーネが旅立ちの時が来たことを知ったのは、まだ夜も明けきらぬ明け方だった。
 微睡みから覚めたニーネは飛び起き、打ち払われる朝霞の中に遠い誰かの歌声を聞いた。
「あ、風が……」
 ニーネの翅が広がる。羽毛が隆起し、風にしがみつくための真っ白な綿毛となる。
「いよいよだね」
 振り返ると、おばあちゃんがいた。優しい眼差しの強さに、ニーネは何かを託されたような気がした。
 おばあちゃんが、白み始めた空を指差す。群青の果て。瑠璃玉の色に輝く薄い雲の向こう。ニーネははっとして、おばあちゃんの家の屋根に駆け上った。
 来る。
 気がつけば、断崖のあちこちに、ニーネと同じ綿毛の翅が広がっていた。柔らかく、白く。まるで、雲の平野。正しい風が吹くときは、どこにいたって分かるもの。ニーネも負けじと、力いっぱい翅を広げた。
 ニーネは振り返り、顔じゅうで笑った。おばあちゃんも同じような笑顔でそれに応えた。
「おばあちゃん、ありがとう! わたし、うんとうんと遠くに行くね。誰も見たことがないものをたくさん見て、感じて、それからたくさん子供を産むね。そしたら、わたしの子供の中の誰かが、きっとおばあちゃんに会いに来るよ! わたしが見たものを、感じたものを全部詰め込んで! その時は話を聞いてあげてね!」
「覚えておくよ、ニーネ。約束だ。あんたの子供に会える日を、あたしはここで待っているよ!」

 言葉はそれで全部だった。もう何もいらなかった。ニーネはもう振り返らずに、真っ直ぐ前だけを見つめた。
 夜が明けたのはその時だった。駆け抜けた純白の光と同じ速さで、嵐のような春一番が舞い降りた。渦巻き、吹き付け、それから一目散に空を目指した。
 強い強い風だった。ニーネはその一番先頭に、しっかりとしがみついていた。負けじと翅を広げた他の子たちが続く。ニーネは大声で笑った。それは春の光となり、世界中の朝に広がった。
 空を飛ぶ。どこまでも行ける。ニーネは風と共に、高く高く昇っていった。



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このストーリーに関するコメント

13/09/21 四島トイ

拝読しました。
たんぽぽの綿毛のような気ままさが感じられる良い作品でした。風を待つニーネと次の世代を待つおばあさんの二重の待ちが効果的でした。読み手の想像の余地がとても大きいので、もう少し書き込んでいただければとも思いました。『ニーネは飛び起き、打ち払われる朝霞の中に遠い誰かの歌声を聞いた』の箇所の表現の仕方がとても好みでした。拙いコメントですが失礼します。

13/09/22 猫兵器

13/09/22 猫兵器

四島トイ様
拙作をお読み頂けましたこと、感謝申し上げます。また、過分なお褒め言葉まで頂戴致しました。本当にありがとうございました。ご指摘の点はまさにその通りです。勢いで書いて勢いで投稿して、次の日に読み返して頭を抱えてしまいました。2000字の縛りは面白いのですが、なかなか難しいですね。四島様のような、1つ書いて3つも4つも表すような描写が、私にもできると良いのですが・・・。次の創作がひと段落ついたので、四島様の他の作品も拝読させて頂きますね。ありがとうございました。

13/09/24 猫兵器

凪沙薫様
こちらにまでご感想を頂き、本当にありがとうございます。
そしてまたしても恐れ多いほどのお褒めの言葉を頂戴してしまいました。
これを糧に、いっそう精進いたします。
ニーネについて、読者様のご想像に委ねざるを得なかったのは、書き手の構成力の乏しさによります。
2000字の縛りは、大変に面白いし、冗長な文章を矯正する良い訓練にはなるのですが、凪沙薫様をはじめとする諸先輩方のように、スマートに書きこなすにはまだまだのようです。
やはり、精進あるのみですね。
ありがとうございました。

13/09/24 草愛やし美

初めまして猫兵器さん、拝読しました。

独特な世界を描いておられますね、私の脳裏には綿毛の群れ飛ぶ景色が浮かんでいます。
真っ白でたんぽぽより大きな綿毛のものをシカゴにいる時見ました。ある樹木の綿毛らしいのですが、春先の一刻だけ毎年飛来します。そうなると、そこらじゅう真っ白になります。道路や空中などどこもかしこも、大きな綿毛がコロコロ転がっていくのです。
そんな景色を懐かしく思い出しながら、読み終えました。ニーネよかったですね、凪沙さんが書いていられるように、絵本にも通じる美しい物語だと思いました。素敵なお話をありがとうございました。

13/09/25 猫兵器

草藍様

はじめまして。この度は拙作をお読み頂き、ありがとうございます。
シカゴで素敵な光景をご覧になってきたのですね。話を聞くだけでワクワクしてきます。
時に現実は、空想なんて相手にならない美しい一面を見せてくれるものです。
そんな情景に比べれば、拙作などはまだまだ足元にも及びませんが、「美しい物語」と言っていただけたことは、本当に大きな自信になりました。
ありがとうございました。

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