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四島トイさん

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待ち人達

13/09/19 コンテスト(テーマ):第三十九回 時空モノガタリ文学賞【 待つ人 】 コメント:2件 四島トイ 閲覧数:1116

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 揚げ出し豆腐が来ない、と大渕が吼えた。頬は朱に染まり、酒が回っているのは一目瞭然。ただ、小山のような体格の彼が叫ぶ様子は、夕暮れの山びこを眺めるようで壮大な気分にさせられた。
 大渕は、ひっひっふうっと息を吐きながら卓上のメニューをめくった。
「頼んだよな。なあ、津田。俺、頼んだよなあ」
「どうだったかな」
 正面に座る津田が、いつもどおりの柔和な笑みを浮かべたまま小首を傾げた。途端、大渕がメニューを放り出して、居酒屋の畳を拳で叩いた。
「おいおいおい何だって。津田の送別会に揚げ出し豆腐がねえなんて。俺は何て馬鹿なんだ。頼もうっ。な、今すぐ百皿頼むから。青島。店員呼んでくれっ」
「頼んだよっ。今、頼んだばっかだろ。座って待ってろ、酔っ払い」
 俺は大渕の肩を掴んで座らせた。酔っ払った大学の級友は、ウミガラスのように「おろろーん」と泣きながらも揚げ出し豆腐、とぶつぶつ繰り返しつつ腰を下ろした。腰を下ろしても、上体が支えられず、ずるずると崩れる。崩れたそばから、地鳴りのような鼾をかき始めた。
 その姿に津田が穏やかに微笑んだ。手にした猪口を口に運びながら、「酔った大渕君はいつも面白い」と目配せをする。顔をしかめて返した。
「単なる酔っ払い」
「ただならぬ酔っ払いさ」
 津田が徳利をこちらに差し出しながら、そう言った。
「七大学コンペの作品、見たよ。素晴らしかった」
 酒を受ける手がわずかに揺れた。猪口に波紋が広がる。大渕の鼾がぐぐう、と鳴った。一気に酒をあおって、津田に向き合う。
「大学、本当に辞めるんだな」
「まあね」
 ふわふわと笑いながら津田は、壁に背をもたれた。
「どうにも窮屈でいけない。入学のときの借金も無事に完済できそうだし、いい機会さ」
「……海外に行くって言ってたけど、どこへ」
「マラッカだよ。海峡と夕陽の町。いいよお。卵の黄身のようにとろん、としてる。そこでマレーシア人の友人と一緒に、大好きな揚げ出し豆腐を売るんだ。屋台でさ、黒髪のインドネシア系美人にビールと一緒に勧めたりしてね」
 軽やかな口調は、すっと閉じた瞼の裏の光景を紹介するかのようだった。「素敵だろ」
 そう思うよ、とは言えなかった。俺も大渕も津田の才能を知っていた。
 今回のコンペの提出作品だって、構想とコンセプトは津田のものだ。一次審査を申し分ない評点で通過したとき俺は、もしかしたら大渕も、言葉にこそしなかったが三人での起業を考えていた。津田がそう言い出すのを、じりじりしながら待っていた。
 ところが津田は、提出案の作成中に突然、大学を辞めると言い出した。いつものように穏やかな笑みを浮かべたまま。
「作品は任せるよ。必要なら構想案から練りなおしてもいい」
 不意に、放り出されたような心許無さが体中に染み込んできた。だが、これは試験なのかもしれないと疑う気持ちもあった。俺達がコンセプトを活かせるだけの腕があるかどうかを、津田は見たいんじゃないかと。
 そして、作品は完成した。コンペで俺達は入賞を果たした。
 だが、どれだけ待っても津田は戻ってこなかった。
「なあ、津田」
 俺の声に、津田は閉じていた目をゆっくりと開く。壁に預けていた背を伸ばして、真っ直ぐ俺を見た。
「何だい」
 酔いの回ったぼんやりと温かい頭の中で、思う。俺達が待っている間、津田はどうしていたのだろうと。まさか、俺達がお前を呼ぶのを待っていたんじゃないよな、と。お互いが糸電話を耳に当ててたんじゃあるまいな、と。
 そこまで考えて、その妄想の馬鹿馬鹿しさに笑いがこぼれた。
「何だい」
 津田もつられるように笑った。
「いや、何でもない」
「青島君も酔ってるみたいだね」
「かもしれない」
 わずかな間があって、津田は静かに長く息を吐いた。そして、再び壁にもたれかかると、遠くを見るように視線を上げた。
 それは少し淋しげな空気を帯びて見えた。
「それにしても揚げ出し豆腐が遅いねえ」
 いつもどおりの微笑を浮かべて、津田が言った。
 俺が、そうだな、と応じると、大渕の鼾がごごお、と後に続いた。


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このストーリーに関するコメント

13/09/19 猫兵器

拝読致しました。
良質な長編小説のワンシーンを切り出したような、素敵な作品でした。
短い中で3人の人物の背景や人となりが深く描き出されているように思います。
描写も巧みでした。
特に津田君がマラッカに言及する際の「卵の黄身のようにとろん、としてる」という表現には、唸らされました。
この続き、あるいは前日譚が読みたくなりますね。
ありがとうございました。

13/09/19 四島トイ

猫兵器様
はじめまして。コメントありがとうございます。どれをとっても私には勿体無いほどのお言葉で恐縮しきりです。猫兵器様の作品にも是非、コメントさせてください。今回はありがとうございました。

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