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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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スカボロー奇譚

13/09/17 コンテスト(テーマ):第三十九回 時空モノガタリ文学賞【 待つ人 】 コメント:11件 そらの珊瑚 閲覧数:1426

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水晶の小舟は、常若の国のひとつであるスカボローの浜辺に着いた。
 
 しらじらと昏い夜が明けようとしている。砂浜には誰の姿もない。
 舟べりを蹴って、ケヴィンは一気に砂浜に降り立った。まだ舟の揺れが身体に残っているとみえ、振り子の玩具にでもなったように、ゆらゆらする。
 
 船頭に礼を言おうとして彼は振り返ったが、舟ごと忽然と消えてしまっていた。
 そうこうしているうち空はところどころ薄桃色に染められ、青い雲が羽衣のように漂っていた。
 
 
 夜明けは、終わりであると同時に始まりでもある。
 
 砂の上を歩きだした。ケヴィンの足跡が柔らかいくぼみのように印されていく。
 彼は昨晩存在の重さを失った。けれどまた別の実態が戻ってきたのを感じていた。

 生の終わりは、また別の生の始まりでもある。

 砂浜はゆるやかな山になっているようだ。登り切ったところに城壁があった。いつもは閉められているその大きな鉄の扉も、今は市(いち)の期間であるので、開け放たれ、潮風を思う存分吸い込んでいた。
 
 城壁をくぐると、石畳の道が蛇行しながら続いている。遥か奥の城につながっているのだろうか。道の両脇には店らしきものが並んでいる。まだ開店前なのだろう。誰の姿も見えない。
 ケヴィンは急に眠気を催し、その中の一軒の店先にあった椅子を借りて座った。背もたれにちょうどいい具合のクッションがしつらえてあり、しばしそのまま眠ってしまったようだった。

 人のざわめきと食欲をそそられるいい匂いで目が覚める。ケヴィンが借りた椅子は、どうやら傍でパンを売っている赤毛の女の店のものだったらしい。

「あのう……」
「おや、お目覚めかい? 新しい旅人さん」
「新しい旅人さん?」
「そうじゃないのかい? あんたからは潮の匂いが強くする。今朝、浜に着いたばかりなんだろう。それじゃ、ここのことはまだ知らないんだね」
「ええ、スカボローの市だということは知っていますが」
「そうさ、ここは、いろんなものが買えるのさ。それに、なんでも売ることもできる。で、あんたは何か売り物になりそうなものを持ってきたかね?」
「売り物、ですか? はて……」
 
 ケヴィンはためしにポケットに手を突っ込んでみた。
 何か、ある。それは小さな麻袋だった。中にリネンの小さな種が入っていた。

「へえ、種かい?」
「ええ、リネンの種です」
「種だったら、このパンと交換してもいいよ。ここはね、なんでも物々交換なんだ。売主同士が価値を認め合ったら商談成立ってわけ。種はいいもんだ。こんなちっちゃくたって、未来が詰まっているんだからね。はいよ」

 赤毛の女は丸いパンをケヴィンに寄越した。ケヴィンは種をひとつまみして女の手のひらに置いた。
「ところであんたは誰かと約束でもしているのかい?}
「ええ、名前はノルンと言います。たぶんどこかにいると思うのですが。もう三十年も逢ってないのですが」
「それなら大丈夫だよ。この国は常若の国。ずっと年を取らないんだ。だから逢ったらすぐ分かるよ」
「ありがとう。捜してみます」

 ケヴィンはまだほの温かいパンを片手に、その店を後にした。

 確かにいろんな店がある。とうもろこしにトマト、ぶどうもあるぞ。食べ物だけでなく、なべ、発条(ぜんまい)、投網、機織り機、靴やら、花やら。そうだ、この種を植えてリネンを育て、麻の布を織って売ってみようか。
 
 この匂い、この匂いはとても懐かしい。そうだ、ローズマリーの匂いじゃないか。三十年前に僕の妻ノルンが死んだ時、棺にこれを山ほど入れておいたんだっけ。それにどんな意味があるのか僕は知らなかったけれど、ノルンのたったひとつの遺言だった。

「いらっしゃい。パセリ、セージ、ローズマリー、タイムはいかが? 私が育てたハーブよ。これらを鶏の肉につけこんで焼くととびきりの美味しさよ」
 
 とても懐かしい声がする。

「ケヴィン! こっち、こっちよ」
「ノルン!」

 話すことは山ほどある。生まれたばかりの僕たちの子どもはちゃんと大人になったよ。

「僕が育てたリネンでまたシャツを作ってくれるかい?」
「もちろんよ。そのためにここで長いこと待ってたんだから。それにしても、ケヴィン、白髪頭になったわねえ」
「ずいぶん年をとったからね。それにしてもよく僕がわかったね」」
 
 若くて美しいままの妻が、ふふふと笑う。僕は眩しくて目を細めた。君を失った季節がまるで魔法のように遠くなっていく。

「ローズマリーの花言葉は『あなたがきてくれるまで、わたしは忘れない』よ」

 豊かな黒髪に挿したローズマリーの一枝。君はその芳香と共に僕を待っていたんだね。

 


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このストーリーに関するコメント

13/09/17 草愛やし美

そらの珊瑚さん、拝読しました。
こんな黄泉の市が開かれているのですね。タイトルを見て読み初めましたが、すぐに、大好きなあの懐かしいサイモンとガーファンクルの「スカボローフェア」の曲が頭の中に流れてきました。哀愁のあるあの曲は、こんな場面があるのかも……なんて初々しい設定なんでしょう。とても、素敵な気持ちになれました。
ローズマリーは本当によいスパイスです、私もよく料理に使いますが、もともとは、こんな市で売られているものだったのかもしれませんね。ロマンティックなお話、楽しませていただきました。

13/09/19 泡沫恋歌

珊瑚さん、拝読しました。

彼岸を渡ってしまった男を長い間待ち続けていた女が居たんですね。
きっと、こっちの世界でも二人は幸せになれることでしょう。

幻想的で美しい物語でした。

13/09/21 クナリ

スカボロー・フェア、歌詞も曲も好きなので、楽しく読みました。
名曲を題材にして、自分なりの物語を作るというのは、いいですね。

この、不思議な物語。
作中にさりげなく盛り込まれた、四つのハーブの持つ意味。
小舟は、浜辺にたどり着く前に1エーカーの土地を波間に見つけたのでしょうか?
そのシャツは、縫い目も針もなく縫われたものなのでしょうか?
起こりえないことが起こるとき、去ったはずのいとしい人に会えるでしょうか。
生と死の交錯、死後の世界でのめぐり合いもまた奇跡と呼べるのでしょうか…。

すばらしい一作でした。

13/09/21 そらの珊瑚

草藍さん、ありがとうございます。

「スカボローフェア」からインスピレーションを得て、このようなお話にたどりつきました。サイモンとガーファンクル、懐かしいです。私も彼らの歌うこの曲が大好きでした。「卒業」の映画にも使われていましたっけ。
市の売り買いって楽しそうです。おもいがけない何かや誰かに会いそうなきがしませんか?
私もローズマリーは時々鶏肉を焼く時使います。あの清涼感のある匂いが好きです。

13/09/21 そらの珊瑚

恋歌さん、ありがとうございます。

「スカボローフェア」はもとはケルトの唄だそうです。
そんなつながりで、ちょっとケルト神話のようなものをイメージしてみました。

13/09/21 そらの珊瑚

クナリさん、ありがとうございます。

「スカボローフェア」不思議な歌詞ですよね。
たぶん主人公はその土地にリネンを植えたのでしょう。)リネンの穂が風にそよく様はきっと波のようだと)
妻は魔法で縫い目のない見事なシャツを作る名人だった。
そんな想像をしてみます。
実際にイングランドでは棺を納めるとき、ローズマリーの一枝を一緒に埋める風習があるそうです。いつかまた会いましょうという意味かなあと勝手に思いめぐらせてみたりします。

13/09/28 鮎風 遊

確かに、待っていてくれたらいいですね。

宇宙がこういう仕組みになってくれていたら、
また会えるかな。

13/09/28 ドーナツ

拝読しました、珊瑚さんのコメントにも書いてありましたが、好か襤褸フェアからのヒント。最初 タイトルを見て、私もスカボロエア連想しました。懐かしい題名です。なにかゆったりした空間のなかに漂ってるような不思議な世界観ですね。楽しませてもらいました。

13/10/03 そらの珊瑚

鮎風 遊さん ありがとうございます。

死んだあとのことは、生きている私たちには永遠に知りえないことだけど
こんな世界につながっていたらいいなあという願望です。

13/10/03 そらの珊瑚

ドーナッツさん、ありがとうございます。

ここではきっと時間という概念もないのかもしれません。
不思議な世界を楽しんでいただけて嬉しいです。

13/10/03 そらの珊瑚

凪沙薫さん ありがとうございます。

その台詞に着目してくださって嬉しいです。
私も気に入っているひとことです。
ハーブ、いってしまえば雑草ですが、いにしえからきっと人の営みのそばにいたんじゃないかと思います。

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