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日向夏のまちさん

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終わらない夏にリナリアを

13/09/14 コンテスト(テーマ):第三十九回 時空モノガタリ文学賞【 待つ人 】 コメント:4件 日向夏のまち 閲覧数:1250

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「こんにちは」
 夏だ。そう思った。
「あなたも、ここのお庭がお好き?」
 ひまわりだと、思った。
「あたしはここ、気に入ったわ」
 でも、何処か儚げで。
「とっても幻想的……」
 今にも、消えてしまいそうで。
「ねぇ……そうは思わない?」
 そしてすごく、綺麗だった。

 金木犀の木の下で。麦わら帽の彼女は笑った。
 それは町外れにある、とある教会での事である。老朽化の進む壁に、絡み付くツタがみすぼらしいだけの、教会だった廃屋。透き通り、美しいディテールのステンドグラスだけが当時のままの、ぼくの自宅。
 その教会の裏にある崖には、正に、空中庭園とでも言うべき庭がある。その庭の管理人でもあるぼくは、この空中庭園へ赴いていた。
 しかし、客人など来た事のないぼくの庭に、お客様が、しかも、大変綺麗なお譲さんが、いる。車椅子に腰掛けたそのお譲さんは、秋も深まるこの季節だと言うのに麦わら帽子を被って、無邪気に笑った。
 それにしても、何故こんな所に。
「こんにちは。こんな辺鄙な所で、一体何をしているんですか?」
「それを言うならあなたもだけど?」
 意地悪っぽく、お譲さんは笑んだ。
「ぼくはこの庭の管理人なんです。あそこの教会に、住んでて」
「まぁ。この庭を、お兄さんが?とっても素敵だわ。――あたし、ここで待ちたい。お兄さんあそこに住んでいるんでしょう?あたしが待っているものが来るまで、あたしもそこに住ませてよ」
「え――」
 それから、どうやら訳ありらしいお嬢さんはここに住んでいる。日中はずっとあの金木犀の木の下から、静かに景色を眺めていた。もう二年ほど経つけれど、何かを待っているというお譲さんは、何を待っているのか教えてくれない。
 でも、ヒントだけは貰った。
『あたしが待っているのは、誰にでも訪れるモノ。形は違っても必ず、訪れるモノよ』
 そう言って、お譲さんは悪戯っぽく笑う。
 教会の二階から、金木犀の下に居るお譲さんを眺めていた。ここ二年間は実に楽しかったのだ。一人じゃない食事も、中々に強気なお譲さんと軽口を叩き合うひと時も。ぼくは好んで一人で居るつもりだったのに。静かなぼくの世界だけあれば、それで充分だと思っていたのに。それなのに、いつの間にか一人になる事が怖くなってしまっている。いや、違う。

 お譲さんが何時かいなくなってしまうんじゃないかと、怖がっている。

 待っているモノが来たら、お譲さんは此処から居なくなってしまうんじゃないか。そう思うと、怖かった。
 秋も深まるあの季節に、夏を運んで来たお譲さん。まるで彼女の時が夏で止まっているかのように、彼女は麦わら帽子を手放さない。でもそれは、曖昧な季節を過ごしてきた僕にとっては刺激的で、それすらも魅力で。要するにぼくは、彼女に恋をしてしまっていたのだった。
 二年目の秋も、終わりが近い。お譲さんに降り注ぐ金木犀の花弁と、花弁の積もる麦わら帽子を見ながら、ぼくはまたお譲さんの横に立った。
「来ましたか?」
 返事は、無い。どうしたかと覗き込むと、何の事はない。相変わらず綺麗な顔で眠っているのだった。
 ぼくは少々魔が差して、お譲さんが座る車椅子の右側に、お譲さんの寝顔を見つめながら片膝を付いた。そして、肘掛の上に乗せられた細い指の右手を取る。手の甲へ、口づけをしようとして――
「っ!?」
 その冷たさに、息を呑む。次いで安らかに眠るその顔を見上げた。
 彼女の頬に手を伸ばして、触れる。冷たい。でもその寝顔は、二年間見続けたそれと全く変わらなくて、寧ろ、幸せな夢でも見ている様で。
――いなくなってしまわないかと不安になった直後、これか。
 半ば状況を呑み込めぬまま、呆然と立ち尽くしていた。すると、お譲さんの膝の上にある、一枚の便せんに気付く。手に取り、真白い封筒を、裏返した。そこに刻まれた名前は、誰宛てともとれる代名詞。封を切る。
「……そういう、事でしたか」
 頬を涙が伝う。確かに彼女は、待っていたモノが訪れた瞬間、いなくなってしまった。
 金木犀の一枝を、彼女の膝の上へ。花が好きだった彼女への返答は、これだけで、伝わる。
 一際強い風が、二年間の長い夏と彼女の麦わら帽子を、攫って行った。

――Dear,お兄さん
余命、短くて七ヶ月。長くて二年。言われたのがあなたと出逢う二ヶ月前の、夏。不治の病、なんですって。
あたし、一人身だったから、ずっと素敵な死に場所を探していたの。
そこで、あの教会を見つけたのよ。裏にある庭園も見つけて、気付いたら、金木犀の下に吸い寄せられていたわ。
――さて、答え合わせと行きましょう。あたしが待っていたモノ、それは――

あたしの命が終わる、その時だった。

今まで、ありがとう。
PS,ところで、リナリアの花言葉をご存じかしら?――――


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このストーリーに関するコメント

13/09/20 青海野 灰

タイトルから期待して読み始めましたが、読み終えてこれは素晴らしい作品だと思いました。
優れた文学的な描写力もさることながら、舞台の美しさや物語に漂う静謐な空気、死がもたらす儚さが、静かで綺麗な閉じた箱庭のような世界観を構築しています。映画のような映像が浮かぶようでした。
お嬢さんが待っているものは、彼女のヒントからなんとなく予想できたので意外感はなかったですが、彼女が残した手紙と、彼が添えた金木犀の枝が、そんなもの気にさせないくらいに良い印象を与えてくれます。
評価が集まらないのが不思議な程です。(まあ感じ方は人それぞれだと思うのですが)僕はとても好きな作品です。金木犀も好きなんです。
そしてリナリアの花言葉、知らなかったので調べたのですが、「私の恋を知ってください」ですかね。とても素敵ですね。お嬢さんも彼を想っていたのですかね。
金木犀にも「初恋」という花言葉がありますね。こちらも意識されたのでしょうか。
とても面白かったです。他の作品も折を見て読ませていただきます。

13/09/20 日向夏のまち

コメント、ありがとうございます。
静かな世界観が伝わったのはとても嬉しいですし、それ以上に、花言葉のトリック(と言うほどのモノでもありませんが)に気付いて頂けたのが、嬉しいです。
金木犀には、幾つかの花言葉があります。読者の皆さんに、自分なりの解釈で楽しんで頂けたらいいなと思いつつ投稿した話だったので、そこに触れて頂けたのはとっても嬉しいですね。
あと、意外性については課題でしょうか。
種明かし前に答えが判ってしまう、というのは、私の悪い癖のようです。それが短編になるとより、際立ってしまうのでしょうか。
大変ありがたい意見です。次の作品に生かしてまいります。
ありがとうございました!

13/09/21 クナリ

限られた空間の中でのお話で、しかもその空間はこの一時、主人公にとってとても素敵なものだったはずですから、もっと情景の描写を増やすと良いと思いました。
ステンドグラスのある廃屋、空中庭園、と魅力的な舞台から始まる話なので、なおさらです。
いきなり文句をつけてしまいましたが(すみませんッ!)、主人公の性格が伝わる文章といい、ちょうどいいサイズに仕立てられた構成といい、良い作品でした。
次回作も楽しみにしています。


13/09/21 日向夏のまち

クナリさん。コメント、ありがとうございます。
いえいえ、もうバリバリ文句つけちゃって下さい。私、ここで色々学びたいと思っているので!
情景描写。確かに、入っていた方が深い物語になりそうです……!参考になります。
しかし、悲しいかな。字数が、足りないでございますっ!
泣く泣く削りに削りまくりやっとこさ2000字にまとめました所なんともうっすーい物語に仕立て上がり投稿しても大丈夫だろうかと2、3日迷いまして最善は尽くしたつもりではございますがやはり薄さはカバー出来なかったようでっ!
えぇ、えぇ、ガキの言い訳でございます。
しかし必ずや、次に生かしてまいりましょう!
ありがとうございました!

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