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四島トイさん

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スタートラインに立ちたくて

13/09/09 コンテスト(テーマ):第三十八回 時空モノガタリ文学賞【 ライバル 】 コメント:3件 四島トイ 閲覧数:1258

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 努力はしてきた、と思う。握り拳に力を込めて、遠くに見える男子高校生に視線を投げる。隣に立つ友人の吉原千香がふうん、と呟いた。
「まあ、苗なりに頑張ってアプローチしてたとは思うよ」
「え、バレてたの」
「八丈君が転校してきた初日から、一目惚れだったからね」
「ちょっと待って。何それ。何で知ってんのっ」
「日に焼けっぱなしだった野良女子が、ナチュラルメイクに慣れない上目遣い。恋する乙女は大変だ」
 恥ずかしさに、ぎゃあ、と叫び声を上げそうになるのを必死に堪える。千香の肩を掴んで揺する。頬が熱い。
「待った待った。自分で言うから。こ、心の準備がっ」
「はいはい」
 息を整える。
「コホン。ええっと。わたし、八丈君が好きです」
「私に告白してどうすんの」
「リ、リハーサルみたいな」
 私はリハーサル要員か、と興味なさげに千香はプール脇の壁にもたれかかった。次第に近づいてくる八丈豊に視線を送りながら、それで、と口を開いた。
「転校以来、半年近く秘密にしてたのにどうしたの」
 千香は英単語帳を鞄から取り出しながら問うた。放課後の風がわたし達の足元を抜けて、裏門を飛び出していった。
「心情変化の理由くらい聞かせてほしいね」
 淡々とした千香の声は、感傷など寄せ付けない雰囲気があって、それがとても心地よい。自分の頭の中では絶望的に思える事柄が、それほどのものでないことを教えてくれているかのようだ。
 小さく息を吐く。
「気になる子が、いるんだって」
 千香が顔を上げた。眼鏡の向こうの丸い瞳が、わたしをスキャンするようにゆっくり動いた。
 それはピンチだ、と彼女は淡々と呟いた。全く、どうでもいい様子で。
「沖原苗、生涯最大のピンチ」
 再び千香が口を開いた。
「ひとの一生を勝手に決めないでよ」
 小声で反論する。
「で、相手は誰」
「……実家の方の子だって」
 なるほど、と彼女は頷いた。
「地元に彼女とは。隅に置けないね」
 口調だけは感慨深げな友人の一言が心臓をスポンジのようにぎゅうと絞る。
「まだ、気になる、てだけだって」
 丸みのある陶器のような白い頬の彼女に非難の視線を送る。そんな視線を物ともせずに、彼女がくるりと顔をこちらに向けた。
「で、何でそんなこと知ってるわけ」
「……本人に聞いた。告白、されたんだって。転校するとき」
「恋する乙女のライバルは、やっぱり恋する乙女か」
 今度こそ関心するように千香は頷いた。
「で、ライバルはずいぶん先を行ってるけど、どうするの」
 だからこそ、と再び拳に力を込める。今日、スタートラインに立ってみせるのだ。


「八丈君っ」
 プール更衣室の陰から出て声をかける。彼は少し驚いた風だったが、いつものように顔をくしゃりとさせた。
「よう偶然。沖野も帰るとこか」
「まあ……そんなとこ」
 小声で応じながら、機を窺う。まさか心臓がこんなに重厚な音を出すのかと驚くほど鳴っている。でも言わねば。できないはずがない、そう自分に言い聞かせる。
「八丈君」
「おう、どした」
「好き……って告白された時、どう思った」
 唐突な問いかけに彼は驚いていたが、照れたように頬をかいた。
「そりゃ驚いたよ。しかも俺の親友がそいつのこと好きでさ」
 え、と顔を上げる。
「それ、は……気まずいね」
 まあな、と応じつつも彼の笑顔には陰りも何も感じられない。清々しさにかえって胸がざわつく。
「でも何か、嬉しいんだよ俺は」
「嬉しい、て……」
「だって幼馴染で、親友で、ライバル。こんな楽しいことってないだろ」
 だからさ、と八丈豊が空に視線を送りながら言葉を続けた。
「俺は本気で応えることにしたよ。そいつにも、親友にもさ」
 夕凪の向こうから踏切の警報音がかすかに聞こえる。音が一つ耳に入るたびに、頭の中で用意した言葉が消えていく。残った言葉が自然と口をついた。
「……好きなんだね。その子のこと」
「照れるけどな」
 詰めていた息をふうっと深く吐き出す。そっか、と言うと肩の力が抜けるのがわかった。
 顔を上げる。
「がんばれっ」
 おう、と応える八丈豊が握り拳を掲げてみせる。
 また明日な、と帰途につくその後姿を見送る。
 ふと気づくと、いつの間にか千香が隣に立っていた。その静かな表情に笑いかけようとすると、頬にすっと一筋の痺れを感じた。震える唇を無理矢理動かす。
「ライバルにもなれなかったよ……っ」
 絞り出すようにそう言うと、もう声が出なかった。
 わずかな間があって、ばかだねえ、と千香の声がした。前を向くと、泣くとも笑うともわからない困り顔で、彼女が続けた。
「恋する乙女ってやつは」
 頭をぽんぽんとかき撫でる手に、目頭がじわっと熱で滲んだ。


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このストーリーに関するコメント

13/09/15 四島トイ

凪沙薫様
いつもコメントありがとうございます。本当に嬉しいです。
本作は以前に投稿した『船出の汽笛』という話の外伝的な扱いです。続編物は避けてきたのですが、ライバルというテーマに頭を抱えてこのようなかたちをとりました。お恥ずかしい限りです。
キャラクター作りが常に課題ですので、登場人物を取り上げていただけるのは嬉しい反面、少しこそばゆいですね。
今回はありがとうございました。

13/09/22 猫兵器

拝読致しました。
短い中でのやり取りなのに、登場人物がすごく生き生きとしていますね。それにしても苗ちゃん可愛いな。こんな青春を私も送りたかった(男子校でした)。
吉原さんは何か腹にイチモツあるような気がします。彼女も八丈君が気になっているのでしょうか。あるいは・・・。色々考えるのが楽しい作品でした。ありがとうございました。

13/09/24 四島トイ

猫兵器様
幾作品にもわたってコメントありがとうございます。キャラクター作りが群を抜いて未熟な自分に過分のお言葉ありがたい限りです。実際のところ、苗さんよりも千香さんばかり書いているような気がして、主人公は誰だ状態が悩ましいです。ですので、苗さんを評価していただけたことがとても嬉しいです。ただ、描写も中途半端で、どこかで聞いた言葉の切り貼りになってしまったことが恥ずかしいです。もっと2千字を効果的に活かせる作品作りを目指します。今回はありがとうございました。

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