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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

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鶴亀湯の決闘

13/09/08 コンテスト(テーマ):第三十八回 時空モノガタリ文学賞【 ライバル 】 コメント:8件 そらの珊瑚 閲覧数:1872

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 古びた日本家屋。高い煙突。『鶴亀湯』と白文字で染め抜かれた茄子紺の暖簾。初夏を思わせる温かい風に吹かれのどかな風情でなびいている。
 それらがこれから繰り広げられる決闘の序章だと気付く者はいなかった。
 入口には『本日菖蒲湯仕候』(ほんじつしょうぶゆつかまつりそうろう)と黒々とした墨で書かれた木札がぶら下がっている。
「いらっしゃいませ」
 番台に座るのは今年六十九歳になるこの銭湯の娘、和子だ。
「和ちゃん、これ」
「藤村さん、いつもありがとう」
客の一人、藤村は入湯料の四百五十円と小さなポチ袋を差し出す。鶴亀湯では季節の行事を大事にしている。それは和子の父であるここの経営者、鶴井の開業当初からの変わらぬ方針だった。鶴井と幼馴染である藤村はその度に少額ながらも祝儀を渡すのが常だった。
「今日はどんな塩梅だ?」
「わしの地獄の一番風呂にゃ五分たりとも入っちゃいらんねえだろうって父が言ってました。薪は秩父産です」
「しゃらくせい。そんなら俺は七分、いやじっぷん入ってやるわ」
「あんまり無理なさらないでね」
「和ちゃん、男にはな、無理をしてでもやらなきゃなんねえことがあんのさっ。和ちゃんの親父、鶴とはな、何の因果が昔っからの宿敵なのさ」
 
 和子は思い出していた。一年前のこどもの日、湯あたりで倒れた藤村のことを。父も藤村ももう八十八歳になるのにいつまでも子供じみた対抗心を捨てようとしない。この間のゆず湯では藤村に十三分という新記録を立てられ、あれはわしの人生最大の屈辱じゃった、今日は負けられんぞといい、昨晩から湯の温度を幾ども微調整をしていた父の姿を和子は半ば飽きれながら見ていた。まさか、ぐらぐらの熱湯にしちゃあるまいね。そんな心配も心のどこかでしながら。
 
 がらがらっ。藤村はてぬぐいを肩にかけ浴場に入る。正面の壁には大きな富士山のペンキ画。
 よっしゃあ。この絵を見ると老骨に日本男子としての気概がみなぎってくるのがわかる。
 さっと身体の汚れを落とした後、迷わず菖蒲の入った檜の浴槽の前で仁王立ちになり与えられた戦場を睨む。もう一つあるタイルの浴槽は四十一度のちょうどいいお湯だ。
 うぬぬ。二つの浴槽の湯気を比べると明らかに違うではないか。菖蒲湯の方はかすかにいい匂いがするものの、もうもうと凶暴な湯気を立ち上げていた。行ったことはないがまさに地獄を彷彿とさせやがる。
 まず桶で汲んだ湯をひざから下にかける。何秒か空気に触れた湯はほんの少しだけ温度が下がるので、こうすることで体を慣らすのだ。そろそろと左足を浴槽の中につける。あじぃっ! あちーじゃないか。大体鶴亀湯の湯は薪で沸かしているため、まろやかな湯であるのに、何だ! この刺すような痛みは。そんじょそこらの熱さでねえ。こりゃあ、四十六度、いんや四十七度はあるかしんねえ。鶴の野郎、やりやがったな!
 それでも藤村はあえて江戸っ子だい、というように、涼しい顔を装いそろそろと両足を入れた。
 ぐあえっ。こりゃあ史上最大の戦いになるかもしれねえ。負けるものか。
 後からやってきた外人が「オーショウブユ! ビューテホー」と言いその浴槽に手を入れたあと「クレイジー」と叫んで飛びのいた。クレイジー、クレイジー……それはこだまのように反響した。
 
 かち、かち、かち。肩まで浸かった藤村は壁の時計の秒針が時を刻むのを睨んでいる。
 遅い。ばかに遅せーじゃねえか。まさか時計に細工したわけじゃあんめえな。あいつ、俺が体が弱くて徴兵をまぬがれたことをまだ根にもっていやがる。酒飲む度にねちねちと今の日本があるのはわしらが命をかけて戦ったからだといつまでいばりやがるつもりだ。戦争がどれほどのもんか知らんけど、俺は生まれて間もない和ちゃんを背中におぶって鶴のカミさんと東京大空襲を逃げ延びたんだぞ。そう言い返せば、ああ、ありがとうよ、いつまでも恩着せがましいこと言いやがる、けつの穴の小さい奴だ、ってこうくりゃあ。
 いや、あいつはいけすかねえ奴だが、卑怯なことだけは、しねえ、はず、だ……。
 
 藤村の顔は既にゆでだこの有様で、禿げ頭に載せた手拭いからも湯気が出ている。
 じゃぶん。ぶくぶく……。
「オーデンジャラス!」
 限界を超えて意識を失い湯に沈みかけた藤村を先ほどの外人が「アウチッ」と連発しながらも助けに入った。その後脱衣所に運ばれた藤村はすぐに息を吹き返したが救急車で病院送りとなり、しばらくは出入り禁止を和子に言い渡された。
 
 かくしてあれが二人の最後の決闘となった。

 奇しくもその決闘の生き証人となったくだんの外人は、写メでその時救急車で運ばれながらもVサインする藤村の姿を撮って「ラストサムライ イン ツルカメユ」とツイッターし、鶴亀湯はいちやく有名になって客がおしよせたという。


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このストーリーに関するコメント

13/09/09 泡沫恋歌

珊瑚さん、拝読しました。

奇を衒って、ナンセンスやシュールな話が多い中でこの正統派の文章に
私は心底感動しています。

すごくビジュアル的で、そのお湯の温度まで伝わってきました。

こういう作品を読むと、ホッとするのは私の年のせいか?(o・ω・o)モキュ??

13/09/09 草愛やし美

そらの珊瑚さん、拝読しました。

江戸っ子ですね。この宿命の対決、二人とも、子供じみているけど譲れない。銭湯を舞台に戦闘! なんちって、楽しいお話に戦争体験という切っても切れない縁があったくだりによって、深く結ばれた二人のライバル関係が際立ちます。外国人さんが、昔気質の江戸っ子と対照的で、いい味出してますね。

13/09/10 鮎風 遊

ひょっとすると実際にあったかも、と思えてくるおかしな話しでした。

風呂屋の富士山と江戸っ子、これは負けられない。
参加してみたいです。

13/09/11 そらの珊瑚

恋歌さん、ありがとうございます。

感動なんて有難いお言葉に私のほうこそ感動しちゃいます。
ライバルといっても、どろどろしない人情でつながった人間関係っていいなと思うのです。それにはこんなばかばかしいようなコメディがいいかなあって。汲んでいただき嬉しいです。
いわゆるスーパー銭湯とは違った地域に密着した昔ながらの銭湯、あまり行ったことはないのですが、残っていってほしいなあと思います。

13/09/11 そらの珊瑚

草藍さん、ありがとうございます。

東京の下町を一応舞台にしてます。結構日本びいきの外国人の方がこういう銭湯にきそうじゃないですか?
家族にしてみたら大変でしょうけど、おじいちゃんが元気で生き生きしている日常っていいなあと思います。どちらも元気でいるからこそ、ですね、きっと。

13/09/11 そらの珊瑚

鮎風さん、ありがとうございます。

生死をかけたとっても危険なたたかいですので、心してご参加くださいませ!( *´艸`)

13/09/13 ドーナツ

拝読しました


富士山の絵が 懐かしい、お風呂屋さんでよく見かけました。

男にはやらなきゃならねぇ^^^^ってセリフ かっこいいね。

昔かたぎというか、草藍さんも書いてますが江戸っ子やね。

男の人って、時々、むきになって命かけたりするけど、それが男じゃなくて漢気っていうのかなとおもいます。

しかし、風呂じゃ のぼせちゃうね。がんばれ!

13/09/21 そらの珊瑚

ドーナツさん、ありがとうございます。

お風呂屋さんにはやっぱり富士山ですよねえ♪
江戸っ子って涼しい顔で熱い風呂に入る美学(?)がありそうです。

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