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日向夏のまちさん

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デスクトップの向こう側にて

13/09/08 コンテスト(テーマ):第三十八回 時空モノガタリ文学賞【 ライバル 】 コメント:0件 日向夏のまち 閲覧数:1101

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「……僕が、何かしたのかい?」
 思い当る節が無いとでも言いたいのか。しらばっくれる彼に、あたしはまた苛々を募らせる。
ほぼ無意識に、生まれつきである目付きの悪さを以って彼の事を睨んでいた。詰め寄り、壁に彼を押しつける。その胸ぐらを掴んで噛み付く様に叫び散らした。
「何か……?とぼけないでよ。何をしたのかは、自分がよく分かってるでしょ!?」
 見上げる彼は相も変わらず困惑の表情を浮かべるだけだった。しかし、彼は伏し目がちに小さく頷くと、いたわる様に優しい声音で、呟く。
「そう……かもしれない。僕は不器用で、鈍感だから。知らない内に、きっと君を傷付けたんだね」
息を呑む。彼のその表情が、あんまり綺麗だったから。
夕陽の射し込む部屋の片隅で、あたしはただ顔を歪め、高身長の彼の肩へ顔をうずめた。精一杯背伸びして、彼に、並んだ気になって。

――止めてよ。謝らないでよ。

全く、あたしも馬鹿だ。人の事なんか言えやしない。自分が何をしたのかなんて、自分がよく知っている。だから、あたしが悪いんだって事も、分かってい――


「あぁーっ!こうじゃないっ!」
 キーボードに拳を叩きつけた。デスクトップの上で意味不明なアルファベットが踊り、私はその文字列が諸悪の根源であるとでも言いたげに睨む。
 何だ、このうじうじした感じは。大体にしてこんな展開にするつもりなんぞ微塵も無いのだ。このままじゃ、綺麗事並べすぎたお涙頂戴の恋愛小説になってしまう。
 ワンテンポ間を持たせ、溜息。椅子の背もたれに凭れかかり、低い天井を仰ぎながらキャスター付きのそれをくるくると回す。私の小さな王国を見渡すと、なんだか心も休まる気がした。
 本。本。時々雑誌。そんな部屋へ埋もれる様に鎮座するパソコンの前で、私は頬杖をついた。毎週日曜日、つまりは今日のお約束。寂れた投稿サイトで、特に人気もないファンタジー小説を更新する為、私はひたすらにキーボードを叩いていた。今回は仲間達の亀裂を回復する回のつもりだったのだが、なぜ恋愛小説じみた感じになっているのだろう。
 頭の上にハテナを浮かべながら、デスクトップを睨みつけた。とは言え、理由は明らか過ぎる。
 同居人の所為である。昨日、同居人の黒崎さんと喧嘩をしてしまったから。それはとっても些細な事で、完全に悪いのは私だし、自覚もある。謝ろうとは思っているのだが、機嫌を損ねた黒崎さんは謝る隙すら与えてくれないらしい。昨日家を出たきり帰ってこないのだ。
 携帯も持てない黒崎さんへの連絡手段はないし、捜す当てもない。仕方ないから、せめて休日を有意義に過ごそうと思うのだが――
「あぁあぁぁあぁぁぁ……。思う様に書けないぃぃ……」
 椅子をぐるんぐるんと回転させる。目が回った。気持ち悪い。
 どうやら謝ろうと思う気持ちだけが空回りして、文章に出てしまうらしい。その後も何度か修正を試みるも、結局は“彼”が謝り、“あたし”がそれにちょっとキュンとしてしまうという話の大筋が変わる事は無かった。一番問題なのは、話の方向性が変わってしまいそうなこの展開だったのだが。
 ふと、静寂の中に雨音が響いた。本の山に隠されつつある窓を窺うと空には暗雲が立ち込め、霧雨は途端土砂降りになる。
 黒崎さんは、大丈夫だろうか。
 ずぶ濡れで帰って来る事が多々ある黒崎さんの身が、いよいよ心配になって来た。すると、パタン、と玄関の開く音。
「黒崎さん!?」
 玄関へと走ってゆく。思った通り、ずぶ濡れの彼女はそこに居た。
「ちょっと待って。タオル、持って来る」
 真っ白のバスタオルを片手に玄関へ戻ると、黒崎さんはタオルの中に飛び込んで来た。
「もう、心配したよ。――ごめんね、黒崎さん。昨日は私が悪かった」
 わしゃわしゃと彼女の体を拭きながら、私は一日溜め込んだ気持ちと言葉を吐き出した。ようやく、謝れた。しかし彼女は許してくれるだろうか。
「踏んじゃってごめんね?しっぽ、大丈夫?」
「ナァーオ」
 毛並みの艶やかさを取り戻した我が愛猫、黒猫の黒崎さんは怒った様に鳴いた。
「ごめんよう。今日は何時もより高い猫缶、開けてあげるから!」


 長いしっぽが視界の隅で揺れた。どうやら、機嫌を取り戻して頂けたらしい。
 私は鼻歌交じりにパソコンの前に腰掛け、問題の展開を何とかする事にした。窓の外の夕焼け空も快晴。今の私なら、きっと問題なく書ける筈だ。
 と思ったのだが。
「あぁーっ!こうじゃないっ!」
 デスクトップに私の貧弱なパンチを喰らわせた。どうやら私の執筆を邪魔する敵は、些細な喧嘩等ではなかったらしい。

 私の敵は、自らが生み出す言葉の中に。私は今日もこの忌まわしき好敵手、デスクトップの文字列達と睨み合う。


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