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yoshikiさん

面白い作品を知り、自分でも書いて見たくなって何年も経ちました。よろしくお願いします。 2010年 小説現代S&Sコーナーに初めて送った作品が掲載されました。作品名『幽霊の見える眼鏡』 とにかく面白いものが書いていけるといいなと思っています。 イラストはエアブラシと面相筆で昔描いたものです。

性別 男性
将来の夢 楽隠居
座右の銘 不可思議はつねに美しい、どのような不可思議も美しい、それどころか不可思議のほかに美しいものはない。アンドレブルトン

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転寝(うたたね)

13/09/07 コンテスト(テーマ):第十六回 【 自由投稿スペース 】 コメント:4件 yoshiki 閲覧数:1219

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 ――まったくばかげた事というのは何の前触れもなく、突然襲い来るのが世の常というものなのだろうか。 まあ今回の場合はさして大きな事件にはならかったものの、いや、本当は極めて重大で驚くべきニュースだったにも関わらず、一般の眼には殆ど触れずにそのまま風化するという経過を辿ってしまった。地方誌の三面記事など知らない人の方が多いのだから……。
 

 高野玲子は何処にでもいる平凡な主婦であった。小柄で血液型はA型、歳は三十代後半、夫は仕事一本槍な人間でユーモアに乏しくストイックであったが、エンジニアだったから稼ぎは他の男よりは多少良かった。ただ家庭を寝る場所だと勘違いしていたらしく、ろくに夫婦の営みも会話も無いまま、気がつけば後ろを向いて高いびきという事がしばしばだった。晩婚という事もあって子供が未だに出来なかった。
 経済的には困らないが玲子はなんだか心にぽっかりと穴が開いているようで、その穴を埋めるようにカルチャースクールに通いだした。大急ぎで家に帰り旦那の夕飯をつくるような日々が始まったのだ。まもなくスクールで女友達が出来たし、お菓子作り教室の仲間とお茶をするのも楽しかった。
 ――そんな時にそれはおこった。
 カルチャースクールは週三回で、火・木は休みだった。木曜日の午後、玲子はおやつのケーキを食べながらぼんやりテレビを見ていた。そしてそのままうとうとと寝込んでしまったのである。寝込んだといってももちろん長時間ではない。時間にすればに三分か或いは五分位の間である。
 玲子がふと眼を開けるといつの間にかテレビに背中を向けていたのである。不可解であった。どう思い返してみてもソファの反対側に身体が移動していたのだ。しかし正気に戻った玲子は夫にもその事を話さず、自分のせいにした。自分が寝ぼけていたと勝手に決め込んでしまったのである。
 だが二回目にそれがおこった時にはそうはいかなかった。それはカルチャースクールから帰り、一休みしたときに起こった。夫の帰宅は遅いのでちょっと休んでから夕食の支度をと思ううちつい寝てしまったのだ。気がつくと壁にルノワールの絵画が掛かっていて、それが玲子の半ば開きかけた両目に飛び込んできたのである。
 そこは見慣れない風景であって家の居間ではなかった。玲子はその場できょろきょろと視線を走らせて辺りの状況を観察した。そしてついにそこが何処なのか思い当たったのである。
 それは駅前のカフェであった。つい最近カルチャースクールの三人でお茶をした場所だったのである。まったく玲子は腑に落ちなかった。なんで居間からカフェに来ていたのか本人もさっぱりとわからなかったのである。
 玲子は事態の分析を図ったが、自分が寝ぼけていたという不本意な結論以外に信じるに足りる説明は出来なかった。それに寝ている間に身体が勝手に移動したなどというばかげた話を誰も信じるわけもないし、うっかりすると頭を疑われかねないと玲子は思ったのである。
 しかし、その事態は改善などされず、いや、益々酷くなっていったのである(酷いという表現は当たらないかもしれないが)つまり玲子がうとうとする度に、気がついて眼を開ける場所が段々と遠い場所になっていったのである。最初は数百メーターという距離がやがて数キロにまでになった。玲子は本当に自分は頭がおかしくなったのかもしれないと思ったし、夢遊病の類かとも考えた。
 だが医者に行く勇気と踏ん切りがつかなかった。疲れているのだろうから、いずれ直ると自分に言い聞かせてしまったのである。まったくその時点で有効な対処法など玲子には思い浮かばなかったのだ。その晩からは寝るのさえ怖かったが、一晩熟睡しても玲子の身体は何処へも誘われなかった。一晩の睡眠は彼女を何処にも移動させなかったのだ。
 そう、転寝のあの吸い込まれるような感覚こそが彼女を別世界へ案内していたらしいのだ。まるで頭から血が引いて意識を失う貧血患者のあの陶酔に似た奇妙な感覚こそが……。
 それから玲子は極力、転寝を避けた。なんと彼女はそれから約一年間というもの転寝をしなかったのである。
 もちろんその時の肉体の移動は彼女の心の深奥に恐怖心を植えつけてしまっただろうし、また彼女は寝ながら旅行をしようなどと言う、風変わりな精神の持ち主ではなかったから至極当たり前のことでもあった。
 しかし人間には油断が付き物で、おまけに玲子はごく普通の主婦で超人でもなんでもないのだから、正月に炬燵でみかんを食べ終わり、夫は外出していたし、ちょっと、うとうととしてしまったとしても誰が彼女を責めることが出来よう。
 だがその一瞬の眠りは彼女をまったく思いも及ばない世界に導いたのだ。
 

 眼を開けると玲子の前にインディアンが居た。そう、あの西部劇に出てくるインディアンだ。浅黒い顔に刺青があり、羽飾りを髪につけていた。ついに自分は発狂してしまったと思った玲子であったが、気が違った割には目の前の風景はあまりに生々しかった。
 場所は仄暗いテントの中で、革のような褥の上である。もうこの時の玲子は気が動転していて時代さえわからなかった。
 しかし沈黙の時間が途切れた時に、優しい眼で慈しむようにインディアンの男はこう言った。
「私の名はタニオス・マニ。私は様々な存在となって、今まで数多くの生を生きてきた。それは熊だったかもしれない、ライオンだったかもしれない、鷲、それとも岩、川、木でさえあったかもしれない。そんな事、誰にもわからない」
 玲子は意味さえわからず、一瞬絶叫しそうになったのだが、そのインディアンの瞳があまりにも美しく、真っ直ぐに自分を見つめているので、大きな声を出す事はなんとか免れたのである。同時になにか懐かしい思いが込み上げてきたのだ。
 それどころか数分もしないうちに玲子はそのインディアンの男に魅了されてしまったのである。 ――まったく思いもよらない短時間の間に。
 男の青い瞳は神秘の泉をなみなみと湛えていたのだ。
「木になっていると、とても気持ちのいい日々がある。岩になっている方がいいような日々もある。それからまた、鷲になるのも悪くない理由がある。私は精霊に祈っていたのです。いつもいつだって私はあなたを精霊と共に想像し、兼ね兼ね待っていたのです」
 インディアンはそう言った。精悍な顔立ちの野生の男である。語られた言葉はインディアンのそれだったに違いなかったが、その言葉が玲子の心に直接伝わってきたのである。
 大気はひんやりとして澄み渡り星空はどこまでも高かった。月はこの上もなく大きく明らかだった。
「私は様々な存在となって今まで生きてきた。そうだ、あなたもきっとそうなのだ。そして私の祈りがそして無意識なあなたの祈りが私達を、今ここに引き合わせたのだ」
 玲子はもう帰れなかった。あまりに遠方(時代も含めて)に来たためにもう帰ろうとする気力さえ奪われてしまったのである。やがて玲子はインディアンの中で暮らし始め、タニオス・マニの妻になったのである。
 それから玲子はマニの子供を三人生んだ。慣れない生活は厳しいものだったが、玲子は何とかそれに順応していったのである。

 ――晴れた日だった。とうもろこしの実を磨り潰しながら、玲子は狩猟に行ったマニの帰りを待っていた。それなりに玲子は幸せを感じていたのだ。そして陽だまりの中でまどろみ、つい、うとうとと……。

『私は、私はいったい誰なの? どうしてここにいるの?』

 空の星々の輝きは無限で、あくまでも寡黙であった……。

                     
                     了


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このストーリーに関するコメント

13/09/08 草愛やし美

yoshikiさん、拝読しました。

ついにはそこですか。どうなってしまったのでしょうね。玲子さんのいなくなった世界は、どういう騒ぎになっているのかしら? もしかしたら意識だけで、本体は留まっていたりして……。
よの男はんは、あまりにも奥さまをぞんざいに扱っていると、奥さまはどこかあなた方の知らない未知の世界へ旅立っているかもしれませんよ、警告です。しかし、実際起こっていたとしたら怖いことです。よく転寝するのですが、私……、今もPC前で、(T.T )( T.T)おろおろ

13/09/08 泡沫恋歌

yoshikiさん、拝読しました。

うたたねの度に、違う場所に移動してしまうという発想がユニークで
面白かった。
全く違う人生を体験できるなんて、玲子さんは幸せ者かも知れない。

最後はどうなってしまったのか? 宇宙の果て?
とっても気になりますσ( ̄、 ̄=)ンート…

yoshikiさんの自画像ですか( ,,-` 。´-)ホォーォ 

13/09/08 yoshiki

草藍さん。コメントありがとうございます。

このお話は湖のほとりで眠りこけていたら湖の反対に側にいたというお話にヒントを得て作ったものです。瞬間移動みたいな感じで霊体だけ宇宙を飛んでいたら凄いですね。奥さんを大事にしましょう(*^_^*)

13/09/08 yoshiki

泡沫恋歌さん。コメントありがとうございました。

最後は読者投げです、すいませんm(__)m

恥ずかしいので自画像変えました。(~_~;)

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