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扇樹さん

世界を創る魅力に囚われ、早幾年。 まぶたの裏に広がる世界を、拙い文章で排出し続けています。 時空モノガタリでは、数多くの作家様の作品から勉強させていただいております。 よろしくお願いします。

性別 女性
将来の夢
座右の銘 為せば成る

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かなちゃんのギター

13/09/04 コンテスト(テーマ):第三十九回 時空モノガタリ文学賞【 待つ人 】 コメント:4件 扇樹 閲覧数:1260

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ぼくはギター。かなちゃんの、空色ギター。
ちょっと珍しい色の僕を抱えて、かなちゃんはフォークソングを歌っていた。
甘く澄んだ歌声で。
ぼくの夢はかなちゃんの夢。
大好きな彼氏と同じバンドで、デビューしたいという夢だった。
ライブのたび、かなちゃんはぼくをかきならす。
ぼくは体を震わせて、甘い歌声に合わせて歌うんだ。

一生懸命がんばったけど、なかなかデビューはできなかった。
けれども、もう一つ、ささやかな夢は叶うことができたようだった。
そのうちかなちゃんは、同じバンドだった彼氏と一緒に暮らし始めた。
楽しそうに鼻歌を歌って、かなちゃんはケースに入ったぼくを揺らしながら引っ越した。
彼氏の名前はまーくん。
まーくんはいつの間にかかなちゃんの彼氏から、旦那様に変わっていた。

しばらくして、かなちゃんのおなかが少し大きくなった。
まーくんは仕事から帰ってくるとぼくを抱えられない、かなちゃんのかわりに、ぼくをだして歌う。
「コイツ、いい声で鳴くなぁ。さすが、加奈子の選んだギターだよ。」
昔の夢を思い出したのか、まーくんはぼくを指先ではじく。
かなちゃんの甘く澄んだ声も好きだったけど、まーくんの低くて柔らかい声も好きだった。
おなかの中の赤ちゃんに聴かせるんだって一生懸命歌うまーくんに、かなちゃんは幸せそうに笑っていた。
ぼくは、その笑顔を見るだけで幸せだった。

しばらくして、赤ちゃんが生まれた。
かわいい女の子だって、まーくんは毎日、仕事から早く帰ってきた。
昔はかなちゃんに聴かせていたラブソングを、まだ小さな小さな赤ちゃんに歌っていた。
とんとんと、夕飯の支度をする包丁がリズムをつける。
背中しか見えなかったけど、かなちゃんは笑っていた。幸せそうに、幸せそうに。

けれども、かなちゃんの笑顔は突然消えた。
ある日、いつものようににっこり笑って出かけたまーくんは、
いつまでたっても帰ってこなかった。

次の日の晩から、かなちゃんの悲鳴のような泣き声が何日もつづいた。
甘い声がかすれてつぶれてしまうんじゃないか、そんな声だった。

僕は押し入れに入れられたまま。
出してくれたら、いくらでも元気をだしてと歌えるのに。
かなちゃんはぼくのことを黒いケースに入れたまま、出してくれなかった。
捨てられるんじゃないかと思った。
けれども、僕のことは忘れたようにかなちゃんは押し入れの扉を閉ざしたまま時を過ごしていった。
ぼくは待っていた。ひたすら、かなちゃんの笑顔がまたみられる時を。


それからしばらくして。
本当に長い時間がすぎた頃、突然女の子がぼくを押し入れから引っ張り出した。
ぼくを見て首をかしげる女の子はかなちゃんにそっくりだった。
「お母さーん?これ、なぁに?」
「ん?どれー?」
近づいてきたかなちゃんは、昔と全然変わっていなかった。
よかった、また笑えるようになっていたんだね。
ぼくが話しかけたのが通じたように、かなちゃんはそっとぼくに手をのばした。
「お母さんね、ゆいかが生まれる前、お父さんと一緒にお歌うたってたのよ。」
「ゆいか、お母さんの歌聞きたい!」
大きな目をゆっくりとつぶってから、かなちゃんは微笑んだ。
「じゃあ、……少しだけね。」
「わーい!」
ぼくは、昔みたいにきれいな声では歌えないし、音程だってとっくにくるっている
それでも、かなちゃんの声と一緒に歌うことはできる。
甘い声に再び寄り添うことができて、ほんのりあたたかい気持ちになった。
けれども、懐かしい歌が終わる寸前。
長い間、手入れされていなかったぼくの弦が悲鳴をあげた。
びいん、と大きな声をだしてはじけそうになった。
はっ、とかなちゃんの表情が張りつめる。
大変だ、とぼくは必死に考えた。

せめて、かなちゃんそっくりの女の子に傷をつけないように
弦が切れる寸前。
ぽとり。
ぼくは、6番目の弦をつないだねじを体からおとした。
それが、かなちゃんの笑顔を守るためにぼくができる唯一のことだった。
きっと、ぼくはもう、ちゃんと歌えない。
でも、もう一度かなちゃんと歌えたから、それだけで十分だった。

かなちゃんは目をまるくして、それからぼくを抱きしめた。
かなちゃんそっくりな女の子が少しおどろいた顔をしてぼくを見ていた。

それから。




ぼくはギター。かなちゃんとゆいかちゃんの、空色のギター。
今では包帯ギターさんとゆいかちゃんに呼ばれている。
毎日、かなちゃんにそっくりなゆいかちゃんと一緒に過ごしている。
お父さんが大好きだったメロディーに、ゆいかちゃんのまっすぐな歌声をのせて。

「ゆいかねー、ママみたいに歌、上手になるんだ。」
ぼくを抱きしめながらゆいかちゃんは歌う。
いつまでも、ゆいかちゃんの歌声が続きますように。
それが、今のぼくの夢。


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このストーリーに関するコメント

13/09/09 扇樹

リョータ様
コメント、ありがとうございます!
少しでも心に留まったならば、嬉しいです。

初めて頂いたコメントなので、とても励みになりました!
返信遅くなりごめんなさい。
ありがとうございました。

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