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13/09/01 コンテスト(テーマ):第三十八回 時空モノガタリ文学賞【 ライバル 】 コメント:0件 村上慧 閲覧数:1022

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 天才も、二十歳過ぎればただの人。
 帰りの電車に揺られていると、ふとそんな言葉が頭に浮かんだ。安藤は弾かれたように頭を上げる。車両には、安藤の他には同じようにくたびれたサラリーマンと疲れを知らない高校生とが数人乗っているだけだった。安藤は周りを気にせずはしゃぐ高校生の集団に目をやり意識を過去へ飛ばす。
 今からちょうど十年前には、安藤自身もあの集団の中にいた。毎日が楽しくて、充実していた。授業で居眠りしては教師に叱られ周りに笑われ、休み時間にはこっそり持ってきたゲームや漫画を友人と共に楽しんだ。部活の後は彼女と一緒に帰り、週末にはあちこち遊びに行った。やろうと思えば何だってできる気がしたし、実際何だってできた。
 それが今やどうだ、と安藤は意識を現在へ引き戻す。俺は小さな会社の平社員で、彼女には浮気されているのに言い出すこともできやしない。いつの間にか弟に結婚も出世も抜かされて、親にまで愛想を尽かされる始末だ。一体誰がこんな未来をあの頃に想像しただろうか。
 車内アナウンスが次の停車駅を告げる。それで安藤は降りる準備を始めた。席を立って降り口の前へ移動する。真っ暗な窓ガラスには、疲れた冴えない男が反射して映っていた。かつては確かに抱いていた輝きはその姿からはどこにも見えない。
 電車を降りて改札口へ向かうと、途中の階段でひとりの男が立ち止まっていた。何度もポケットに手を突っ込んだり鞄を漁ったりしているところから、切符でも失くしたのだろうか。
 俺には関係のないことだ、と何の感情も抱かずに安藤が男の隣を素通りしようとしたちょうどそのとき、男が安藤の名を呼んだ。それで思わず安藤は男の隣で立ち止まって男を見た。
「直樹だよな?やっぱり!」
 男の、犬を連想させる垂れ下がった眉と頬の大きな黒子に既視感を抱き、それで安藤は思い出した。かつての友人だった坂本だ。
 坂本は安藤と中学からの付き合いで、成績や体格も近いことから、よくふたりで何かと競争をしていた。テストの点数や短距離走のタイム、バレンタインデーに貰ったチョコの数まで張り合った。「負けた方はその日の帰りに駄菓子屋でアイスを奢る」なんてルールを作って、勝っただ負けただといつもふたりで騒いでいた。
 坂本の名を呼べば彼は嬉しそうな笑みを見せた。彼もまた、かつての友人との再会を喜んでいるようだった。
「懐かしいなあ、高校卒業振ぶりか。今お前何してるんだ?」
「今はT商社でサラリーマンだよ。お前は?」
「俺は…って、それより、お前切符でも失くしたのか?」
 安藤の言葉で坂本は先程までの自身を思い出したらしい、そうなんだよ定期が見当たらなくて、と探し物を再開した。
「電車に乗るまでは確かにあったんだけどなあ」
「駅のホームにでも落ちてないか見てこようぜ」
 果たして定期券の入ったパスケースはホームに落ちていた。助かったよ、と坂本は礼を言う。
「失くしたなんてカミさんに言ったら一体どんな目に遭ってたか」
「え、お前、結婚したのか?」
 安藤の問いに坂本は頷く。
「子供もいるぞ。おまけに今度二人目も生まれるもんだからさ、俺の稼ぎが悪いって毎日カミさんにどやされて。転職も考えてるんだけどこのご時世だからな」
「そんなの、奥さんに誰が食わせてやってんだって言い返してやればいいじゃないか」
「そんなこと言えるもんか。下手すりゃ実家に帰られて、あっちのご両親に何て言われるか。仕事でも家でも頭ばっか下げる毎日じゃ嫌になっちまうよ」
 じゃあまた、と駅で坂本と別れてから、安藤はひとり家路へ向かった。夜道の闇は自分の影さえ飲みこんでしまう。そのうち自分自身さえもこの闇に飲みこまれてしまうのではないかとぼんやり思った。
 安藤はかつての旧友に自身の姿を見てしまった。坂本には今も充実した人生を歩んでいると言って欲しかった。かつてのようにやろうと思えば何だってできた、輝いた姿を彼に求めていた。身勝手な話だ、と安藤はひとり嗤う。かつて張り合っていた友人が輝いていたとして、そこから自身の現在にも希望を抱こうとしたその浅ましさに、その結果彼に失望感を抱いた身勝手さに、安藤は嗤うしかできなかった。
 坂本はこれからきっと恐妻の小言にひとり耐えるのだろう。そして朝が来て、妻子のためにと理由をつけて希望の見えない仕事に勤しむのだろう。俺と何も変わらない。
 安藤は、かつての自身と坂本が街灯の小さな光の中を笑顔で駆け抜ける姿を目にした気がした。けれど見直してみれば夜道にはやはり疲弊した自身しかおらず、街灯の光の向こうは闇ばかりで何も見えやしなかった。


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