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ポテトチップスさん

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一瞬のシャッターチャンスを待つ2人

13/08/28 コンテスト(テーマ):第三十九回 時空モノガタリ文学賞【 待つ人 】 コメント:0件 ポテトチップス 閲覧数:1457

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水しぶきがレンズを濡らした。
萩野和弘は屈んでリュックからレンズタオルを取り出した。
「もうそろそろだぞ。シャッターチャンスは一瞬だぞ」
水木昭一が三脚にセットしたカメラのファインダーを覗きながら言った。
風が頬を掠り、木々の擦れあう音が圧倒的な滝の音とともに聞こえてきた。
萩野和弘は固唾を呑んで、三脚にセットしたデジタル一眼レフカメラのファインダーを覗きこんだ。
今年24歳の荻野と67歳の水木昭一が出会ったのは、写真愛好家のサークルでだった。
長年勤め上げた工場を定年退職していた水木は、アマチュア写真家として自然の写真を主に撮っていた。その腕前はコンテストに入賞するほどで、アマチュア写真家の中ではちょっとした名の知れた男だった。
「水木さん、こないだ撮ったポートレート写真なんですが、出来栄えはどうでしょうか?」
萩野は公園で撮ったベンチで読書に耽る老人のモノクロ写真を、自信有り気に水木に手渡した。
水木は写真に目を落としたまま「レンズは何で撮った?」
「 望遠レンズで撮りました」
「どうして望遠レンズを使ったの? 近づいて標準レンズで撮ればいいじゃない。そうすればもっと良い出来になっていたと私は思うけど」
「読書をしている老人の邪魔をしてしまうと思ったんです。それで望遠レンズで遠くから撮影しました」
「ポートレート写真は難しんだよ。よく君と同じく望遠レンズを使って遠くから盗み撮りする人が多いけど、本当に出来の良い写真を撮ろうと思ったら、被写体になる人物に一声声をかけて撮らせてもらう勇気がないと、出来の良い写真は写せない」
写真を返され改めてその写真に目を向けると、確かに水木の言うとおり、盗み撮りしただけあって何も伝わってこない写真に思えてきた。
「来週の日曜日は何か用事があるかい?」
「いえ、ありません」
「もしよかったら、新潟県と長野県の県境にある苗名滝を一緒に撮影しに行かないかい? 出発は前日の夜になるけど」
「滝ですか?」
「そう。君が好んで撮るポートレート写真もいいけど、自然を撮影するのもまた醍醐味があっていいよ」
「是非、お供させてください。でもなんで前日の夜に出発するんですか?」
「それは高さ55メートルから落ちる滝に、朝日が射すその一瞬を撮るためさ。私も去年、友人からその話を聞いて一人で撮影しに言ったんだ。まるで神が滝に降臨したかのように思えて、体が金縛りにあったように動けなくなった。結局、その時はシャッターを1枚もきれなかったよ」
その週の土曜日の夜10時、萩野和弘は水木が運転する車の助手席に乗って、東京を出発した。
高速と一般道を走って、新潟県中頸城郡妙高高原町の杉野沢水辺広場に到着したのは、日付の変わった深夜3時だった。
そこからは滝まで続く整備されたトレッキングコースを、カメラの入ったカメラバッグと三脚、さらに食料などが詰まったリュックを背負って歩いて向かった。
木々の林立する暗い森は、不気味なほどに暗黒でまた静寂だった。
車を止めた場所から1時間くらい歩いただろうか、突然、ゴーっとした地響きのような滝の音が聞こえてきた。
さらに歩くと、目の前に月の弱い光を浴びて姿を見せた苗名滝の全貌が、萩野と水木の目に映った。
「水木さん、これが苗名滝ですか?」
「そうさ。凄い迫力だろ」
萩野はあまりの自然の厳かさに圧倒された。
水木は三脚にカメラをセットしたあと、座るに適当な石の上に座った。
「こんなんで感動してもらっては困るな。前にも話したけど、この滝に朝日が射したその一瞬こそ、まさに絶景なんだ。そしてそれを今日は撮りに来たんだ」
カメラを三脚にセットした萩野も適当な石の上に座った。
2人はただただ無言で暗闇の中の滝に目を向け、朝日がこの滝に射す一瞬を待った。
しだいに空は白んできて、森のどこからか鳥のさえずりが聞こえ始めてきた。
水木はタバコに火をつけ1本吸った後「そろそろ撮影する準備をしよう」と言って、立ち上がった。
萩野も立ち上がり撮影の準備を始めた。
しだいに空は明るくなり、それと同時に鳥達のさえずりもいたるところから聞こえた。
「もうそろそろだぞ。シャッターチャンスは一瞬だぞ」
カメラのファインダーを覗いている水木が上擦った声で言った。
萩野もカメラのファインダーを覗きながら、心臓の鼓動が早まっている自分を感じた。
萩野と水木は人差し指の第一関節に微かな力を込めその一瞬を待った。
次の瞬間、朝日が苗名滝に射し、滝は黄金色に輝きだした。
萩野はファインダー越しに目を見開き、体が硬直した。
神が降臨したと思った。
隣ではシャッターの連写する音が鳴り響いていた。





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