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ポテトチップスさん

20代の頃、小説家を目指していました。 ですが実力がないと自覚し、小説家の夢を諦めました。ですが最近になって、やっぱり小説家の夢を追い求めたい自分がいることに気づきました。久方ぶりに、時空モノガタリ文学賞に参加させて頂きます。 ブログで小説を書いてます。http://www.potetoykk.com

性別 男性
将来の夢 太宰治賞もしくは北日本文学賞で最終選考に残ることです。
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役者道

13/08/13 コンテスト(テーマ):第三十八回 時空モノガタリ文学賞【 ライバル 】 コメント:0件 ポテトチップス 閲覧数:1839

時空モノガタリからの選評

最終選考

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 新宿駅東口の改札を抜けるとムッとした蒸し暑い大気に体が一瞬にして包まれた。夏の装いをした人々が東京の中心とも言える新宿の街を、あたかも生まれ育った故郷のごとく颯爽と行き来していた。
 奥田哲春は腕時計で時間を気にしながら、足早に新宿駅東口から歌舞伎町に向かった。昨晩、奥田が所属するタレント事務所の社長から「明日の朝10時に事務所に来るように」と電話があった。電話を切ったあと、仕事が舞い込んで来たのではないかと期待に胸を膨らませていたせいで、昨夜はなかなか寝付けなかった。おかげで今朝は寝坊をしてしまい、約束の時間の10時に間に合うように早足で事務所に向かう破目になってしまった。
 太陽の光を浴びる歌舞伎町の街は、月の光を浴びて喧騒になる夜とは違って、街全体が眠っているかのように静かだった。ホストクラブの店先に掲げられている在籍ホストの写真も、日の差す明るい時間帯にみると異様な男達に見えてくる。1階が風俗店になっているビルの階段を上り2階のドアを開けると、冷えた冷気が奥田を迎えてくれた。
「遅れてすみません、社長」
「いや、約束の時間の1分前だよ」と中野敏伸は言って、応接ソファーを指差した。
 奥田の向かいに腰掛けた中野は
「今年の冬に公開予定のVシネヤクザ映画の件でね」と切り出した。
「俺に出演依頼ですか?」
「いやいや、明日あるオーディションの話。参加してみない」
「もちろんやります。ちなみに役どころは?」
「主役に殺される敵ヤクザ役のオーディション。台詞もあるよ」
 役者を目指して東京に上京したのは13年前の20歳の時だった。これと言って大きな作品に出演したこともなく、たまに舞い込んでくる仕事はドラマのエキストラ程度の台詞のない役どころばかりだった。
 昼過ぎ、風呂なしアパートに帰宅した奥田は、その日の夕方に近所の銭湯に向かった。普段は3日に一度しか銭湯に行けない生活だが、明日はVシネヤクザ映画のオーディションがあるので、昨日銭湯に行ったばかりだったが入りに行った。小奇麗になって銭湯からアパートに帰り着くと、ちょうど携帯電話が鳴った。
「はい、奥田です」
『お兄ちゃん! お兄ちゃん、大変!』
 電話の声で、田舎に住む妹の保美だと分かった。「どうした、落ち着けよ。何があった?」
『お父さんが倒れたの! いま、救急車で病院に運ばれて治療を受けてる。どうしよう?』
 奥田は携帯電話を耳に当てたまま、13年前の父の顔が脳裏に浮かんだ。目を怒らせて怒る父の顔。
 奥田が何度説得しても、父は役者になりたいという息子の決断を許すことはなかった。「俺、出て行く! もうこの家には帰って来ない」
「オマエとは絶縁だ! もう二度とこの家の敷居を跨ぐなよ」
 東京に上京すればすぐに役者になれると信じていた。有名な役者になったらその時こそ、胸を張って父に会いに行くつもりでいた。なのに13年経った今も、会いに行くことが出来ずにいた。
『お兄ちゃん、帰って来て!』
奥田は重く沈んだ声で「明日、大事なオーディションがあるんだ」と言った。
『お兄ちゃん、お願い帰って来てよ。お父さん、お兄ちゃんに会いたがっていたのよ』
「オーディションがあるから帰れない……」

 翌日、都内のオーディション会場に奥田はいた。待合室にはライバルと呼べる他の役者達が20人近くいた。奥田はそれらのライバルを見渡しながら、なんとしても俺が今回の役に選ばれたい! と強く心に願った。
 名前を呼ばれたライバルが、一人ずつ面接官のいる部屋に入って行く。奥田は部屋に入って行くそれらの後ろ姿を見つめながら、ミスってくれないかなと相手の不幸を願う自分がいた。
 椅子に座り待っていると携帯電話が鳴った。不吉な予感を感じた奥田は関係者に事情を話し廊下で電話に出た。
「もしもし……」
『お父さんがいま、亡くなりました……』涙声の保美の声が電話越しに聞こえてきた。
「……」奥田は目を固く瞑り、唇を噛み締めた。
 保美と電話で短い会話をしたあと、待合室に戻るとちょうど自分の名前が呼ばれ、奥田は数人の面接官のいる別の部屋に入った。
「奥田哲春さんは33歳なんだね。今までに何か作品に出演した経験は?」
「はい。これと言って特にありません。ドラマのエキストラくらいです」
「そうですか。じゃあ、ちょっと演技力を見たいんだけど、何でもいいからやってみて」
「はい。それじゃあ、大泣きする男を演技します」そう奥田は言うと、堪えていたものが決壊するかのごとく、大粒の涙を流しながら男泣きした。呼吸が乱れ嗚咽を繰り返し、心の底から叫ぶように何度も何度も震える唇で「ごめん」と言った。
 それを見つめる面接官は皆、目を見開いて奥田の演技に見入っていた。


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