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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
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古い手鏡

13/08/12 コンテスト(テーマ):第三十六回 時空モノガタリ文学賞【 無口な人 】 コメント:12件 そらの珊瑚 閲覧数:2085

時空モノガタリからの選評

最終選考

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「ダレニモ イウナヨ。ヤクソクダヨ。モシ イッタラ ヒドイメ二 アワセルゾ」
 橋の上から花ちゃんを突き落とした男は私にそう告げた。まだ六才だった私はあまりの怖ろしさに、耳をふさいでその場に座り込んでしまった。
 ――ひゅう、ひゅう。かすかな風にも木とロープで作られた粗末な橋はぐらぐら揺れた。どのくらいそうしていただろうか。気付けば男は消えていて、私は小さな黒い手鏡をぎゅっと握りしめていた。
 それはついさっき花ちゃんがこの橋の上で拾ったものだ。汚れた古い手鏡だったが花ちゃんが兎のポシェットからちり紙を取り出して磨くと『きゅっきゅっ』と少し苦し気に鳴った。そうしてからよく見れば、とても美しい鏡に見えた。鏡の裏を返せば黒地にきらきら光る白い蝶の模様がある。鏡に映る顔がいつものみすぼらしい自分の顔でないような気がした。いつまでも見ていたいと思った。「花ちゃん、これ、ちょうだい」「いや! これ、花がみつけたのよ」「ねえ、おねがい」「かしてあげるのは、いいけどォ……あげるのはだめ」
 ――花ちゃんのいじわる。花ちゃんはなんでも持ってるじゃない。優しいお母さん。ピアノ。美味しいごはん。誕生日にはケーキにろうそくをつけてハッピーバースデーを歌って。そのポシェットはお母さんの手作りだって自慢していたっけ。
 私にあるものといえば、お酒を飲んで暴れるお父さん。いつも減っているおなか。何日も洗ってない薄汚れたスカート。くさい、くさいといじめる友達。
 生まれ変われるんじゃないだろうか。手鏡を見ていたらそんな気がしてきたのだった。
「はなちゃーん……」私は幾度も川に向かって叫んだ。おりしも昨晩降った雨で増水した川は、ごおお、ごおうと、暴れた声を出すだけだった。――だまっていよう。このことはずっと。
    ◇
 結局、花ちゃんはみつからなかった。私の家にも刑事が来てあの日花ちゃんと遊んだかどうか聞かれたが、私はただ首を横にふってやりすごした。男との約束を守ったのだ。それから私は無口になった。余計なことを言ってうっかりあの日の約束を破ってしまうことを怖れて。
 大人になり奇特にもそんな私を好きだと言う人が現れて結婚した。彼はおしゃべりだった。無口な女が好きなんだと無邪気に笑った。
 新居への引っ越しが終わり私の荷物の整理をしていると新聞紙にくるまれたものが出てきた。固い。何だろう。開いてみると、それはあの手鏡だった。
「それ、なんだい? ずいぶん古いもののようだけど」
 いつものように私はだんまりをきめた。
「鏡? へえ、結構いいものじゃない。アンティークかな? ちょっと見せて」
 彼が手鏡を光にかざして何かを調べるように見ている。得体の知れない不安に襲われた。――あ、ば、か、れ、て、し、ま、う。
「返して」「あっごめん」
 私がまた元通りにしまうのを見て彼が言った。
「使わないの? なんだかもったいないなあ。そんなにきれいな鏡、なんでしまっちゃうの?」 言ってしまおうか。今日まで後生大事にしてきたあの男との約束を。――イウナヨ。人は、そう言われれば言いたくなる生き物だ。私は今までよく我慢してきたじゃないか。
「これはね、友達の花ちゃんが拾った鏡。花ちゃんは男に橋から突き落とされた。花ちゃんだけが私の友達だったのに」話し出したら止まらなくなっていく。動悸が早鐘を打つように早くなる。まるでボールが坂道を転がりだしたように、加速度がついていく。
「それなのに、それなのに……」壁にぶつかるように激しい衝撃が全身を走った。記憶のタガがはずれたように真実が鮮明に浮かび上がってきたのだ。
 あの男は私だ! そして花ちゃんを突き落としたのも私。私だった! 
 鏡を覗き込む。そこに映し出された顔は自分の顔ではなくて、あの男の顔だった。
「やめて、もうやめてえぇぇ……」私は絶叫のあと倒れた。気を失いながらどこかで男の声を聴いていた。いや、もう一人の私の声といったほうが正確か。
『モシ イッタラ ヒドイメ二 アワセルゾ』無口な人のままでいればよかったのに。
   ◇
 それから私は鍵のかかった消毒くさい小さな部屋にいる。白い壁にむかってただ『ごめんなさい』だけを繰り返している壊れたレコードになった。
 あの手鏡ですか? さあ、どこへいってしまったのでしょうねぇ。案外またあの橋の上で誰かが拾ってくれるのを待っているのかもしれませんよ。



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このストーリーに関するコメント

13/08/12 草愛やし美

そらの珊瑚さん、拝読しました。
少女は、ずっと無口なままなら、どれほどよかったのでしょう。でも、人は、秘密を抱えて生きていけない生き物ですから。

可哀想な生い立ちの主人公。手鏡さえ拾わなかったらと、悔まれます。呪いの手鏡は、今日もどこかに落ちて、餌食?を待っているのでしょうか……。

ホラーぽいけれど、人間の本性の悲しさが描かれていて巧いですね。面白かったでうありがとうございました。

13/08/13 ドーナツ

拝読しました。
また夜中に読んでしまった。。。

ショッキングな始まりですね。
はなちゃんというなまえも 怖いですよ。

鏡も考えると不気味なアイテムだなと思います。突き落してからずっと鏡の中から見てたのか、なんて考えるとますます怖いです。


この女の子の境遇をおもうと哀しいですが、でも、サイコっぽくて怖い!
なにか背中がひんやりしますよ。不気味と哀しさと狂気っぽいものがうまくミックスして不思議な世界に引きずり込まれました。面白かったです。

13/08/13 クナリ

読み終わってから再読すると、冒頭の男の言葉がカタカナであることが、不気味な存在感を持っています。
知らないおじさんの怖い声音だったから、と言うわけではなく、自然界には存在しない=主人公の頭の中にいるこの世ならざるもの、としての存在感のせいでしょうか。
ともあれ、このサイコ感、とても好みであります。

13/08/13 泡沫恋歌

珊瑚さん、拝読しました。

雪女みたいに「ダレニモ イウナヨ。ヤクソクダヨ」というのは
いつか破ってしまいそうな口約束です。

きっと、花ちゃんへの嫉妬や手鏡欲しさにやった事かも知れませんが・・・
その時点で彼女の人格は壊れていたのでしょうか?
そんな自分を封じ込めるために無口になっていたのでしょうね。

サイコホラーだけど、悲しい話でもあります。

13/08/14 そらの珊瑚

草藍さん、ありがとうございます。

無口でいることは、語る言葉がないからではなく、本当は心のなかで言いたいことがたくさんあるのにあえて、というかなにか訳あって言えないことの不自然な姿だとしたら…。
そんな風に思ったことが、このモノガタリを書くきっかけです。

13/08/14 そらの珊瑚

ドーナツさん、ありがとうございます。

冒頭はねらいました!((笑))
鏡、夜みるとさらに怖いですよね〜なんか別の顔が映ったらどうしよ〜って思ったら見れません。
古い鏡は拾ってはいけません!!

13/08/14 そらの珊瑚

クナリさん、ありがとうございます。

カタカナって読むときなぜか棒読みになりますね。合成された声、のようなものをイメージしています。まさに不気味な存在感! みたいなものを表したかったんです。気づいていただけてありがたいです。
クナリ作品のサイコ感には、まだまだ及びませんが、好みと言っていただき嬉しかったです。

13/08/14 そらの珊瑚

恋歌さん、ありがとうございます。

雪女、あれも怖くて哀しいお話ですね。
口約束を破ってしまうときって、やはりほとぼりがさめたころ、というかあれはもしかしたら夢だったのかなあ、とか今の幸せ感に緊張感がゆるんでしまったような時かもしれません。
たぶん花ちゃんを突き落とした時点で自己防衛のための人格崩壊が起きたように思います。結婚した彼も実はもうひとりの自分の人格という設定もあったのですが、この字数では無理と思って断念しました。

13/08/17 くまちゃん

>『モシ イッタラ ヒドイメ二 アワセルゾ』無口な人のままでいればよかったのに。

自分が幸せになりホッとしたのでしょうね。
罰は受けねばなりません。
しかし
精神病棟の一生は無口の時とどっちが辛いのでしょか。

13/08/20 そらの珊瑚

くまちゃん、ありがとうございます。

幸せでふっと気がゆるんでしまったのかもしれません。
どちらが辛いか、壊れてしまった今となっては比べようがないですね。

13/08/21 鮎風 遊

少女に男が憑いたのですね。
こういうことって、ありそうですね。
手鏡という題材が余計に恐い世界に導いてくれました。

13/08/26 そらの珊瑚

鮎風さん、ありがとうございます。

憑依ですかね。
手鏡というのは、手元に提携できて、自分が見たいと思う角度から見ることができる。裏を返せば、見たくない角度からは見なければいいし、見たくないときは仕舞っておけばいい。都合のよい鏡ともいえるのかもしれません。

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