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四島トイさん

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シグナルを聞きながら

13/08/07 コンテスト(テーマ):第三十六回 時空モノガタリ文学賞【 無口な人 】 コメント:4件 四島トイ 閲覧数:1374

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 レースは佳境だ。玩具のようなレーシングカートに乗った選手達がコーナーを抜けていく。息をつめる。ゴール付近に客席が見えるのに歓声も聞こえない。最後の直線で加速する。体が前のめる。
「……あああっ」
 誰かがボリュームを操作するかのように、消えていた音が戻ってくる。扇風機の唸り。開かれた窓から漏れ聞こえる庭先の蝉の声。
 ふうっと息をついて視線を移す。隣で青島一輝が畳の上で仰向けになって吼えていた。
「また負けたっ」
「……そだね」
 上手く舌が回らない。暑さにシャツの胸元を指でつまんでパタパタと上下させるものの、隣にいる男の存在に思い至って手を止めた。コントローラーを握り締めていた両手はじっとり汗が滲んでいた。テレビ画面の向こう側ではレース順位が明滅し、私の操作していたキャラクターが笑顔で手を振っている。
「もっかいっ。勝負しろ勝負」
 一輝が上体を起こす。
「やだ」
「なんだよ。果歩だって本気だったろ」
「違うよ」
「嘘つけ。レース中、ひとっ言も喋んねえじゃん。ガキの頃も本気になればなるほど無口になったし」
 幼馴染の記憶のよさに舌打ちする。気のせいでしょ、と苦しい台詞を吐く。
「いいや。そんで前のめりで、両目ガン開きで、カーブのたびに上半身ぐいぐい倒して……」
「うるさい」
 腕を振って後頭部を本気で叩く。畳の上で悶絶する幼馴染の姿が、ただただ苛々を募らせた。
 何ゆえこのような事態となったのか。話は三十分前の来訪に遡る。


「勝負だ」
「……また?」
 玄関口で仁王立ちする青島一輝に呆れる。彼が手にしているのは十数年前に流行したテレビゲーム機だった。
「俺を今までの冴えない男子高校生だと思うなよ」
 大柄な彼は真夏の入道雲を背景に不敵に笑う。
「さらに冴えない男子になったの?」
「容赦ねえな。違えよ」
 顔をしかめる彼にため息をつく。着替えたばかりの服の裾をきゅっとつまむ。
「……告白、した?」
「いやまだ」
「夏休み終わるよ?」
 説明しただろ、と言うが早いか彼は勝手に家に上がりこんだ。
「とにかくさ、果歩に勝つってことが必要なんだよ」
 すたすたと慣れた足取りで廊下を抜け居間に入っていく。止める言葉も、追いかける言葉も出せず、ため息をつく。それから私はこの馬鹿男とテレビゲームをやっている。
 でも、何ゆえこのような事態となったのか。話は三十日前の終業式に遡る。


 告白する、と青島一輝が宣言したのは終業式後の帰り道。
「……誰に?」
「同級生の女子」
 数人の女子の顔が頭を過ぎったが、考えるのをやめた。あっそ、とだけ言って足元の小石を蹴る。だけどさ、と彼が続けた。
「告白したこと無いんだ俺」
「あっそ」
「だから、漫画とか読んで勉強したんだけどさ。どうやら告白には試練が必要らしい」
「なにそれ」
「甲子園に行ったらとか、戦争から帰ってきたらとか、今度の仕事でまとまった金が入ったらとか」
「死亡フラグだよ」
「違えよ。とにかく、そういう試練を乗り越えた達成感と自信が告白の原動力になるんだよ。どう思う?」
 すっごく馬鹿だと思う、と真顔で応じた。でも彼は気にする風も無く、だからゲームやろうぜ、と頓珍漢なことを言い始めた。
「何でそうなるの?」
「俺、果歩にゲームで勝ったことないんだ。小学校の時から。ほら、あのレースのやつ」
「だから、それがなに」
「だから、それが俺にとっての甲子園で戦場で仕事なんだよ」
 立ち止まった青島一輝の瞳が私を真っ直ぐに捉えた。
 そうして、話は現在に帰るのだ。


 大体さ、とコントローラーを操作しながら口を開く。
「何でゲームなの」
「だから俺、勝ったことないんだよ」
 彼はいつも通りのキャラクターを選ぶ。
「だったら甲子園だって行ってない」
 もちろん戦争も、お金になる仕事も。
「果歩だって甲子園は目指さなかったろ?」
「だから」
 誰かに告白する土台に私を使うな、と言いたかった。でも言えない。自分の性格はわかっている。ため息をついて頭を上げると、窓辺の風鈴が代弁するようにちりんと鳴った。
「……私、関係ないでしょ」
 やさぐれた気持ちで呟くと、あるさ、と彼が言った。レースコースを選択し終えても画面を見つめたまま、何でもないように続ける。
「果歩に告白するための試練なんだから」
「……は?」
 スタートシグナルが鳴り出す。頬が熱を帯びるのを感じる。こんな不意打ちってない。青島一輝が続けた。
「このレースに勝ったら俺と」
「死亡フラグ?」
 咄嗟の言葉に、真剣だった彼の表情が和らぐ。違えよ、と言うと同時にレースが始まった。私に音を残したままで。


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このストーリーに関するコメント

13/08/08 青海野 灰

これはもう個人的に大好きな作品です。
こういうほわっとした青春の雰囲気、もどかしく歯がゆく切ない空気、たまりません。
微笑ましい二人を全力で応援したくなります。
大変面白かったです。ありがとうございました。

13/08/08 クナリ

読み始めて、主人公切ないなあと思い、途中まで来て、あっこれはもしやこの男の子は主人公のことが? などと気づき、あとはラストまで「おおお」とニヤニヤしながら読み終えました。
冒頭の主人公の真剣プレイぶりが、事情を知った後から読み返すとなんとも言えません。
一見平静を見せながら、胸の奥は穏やかならぬ二人の距離感が絶妙ですね。
すばらしい一作ですね。

13/08/08 名無

彼女の集中と動揺、心情などが、音を使って見事に表現されていて驚きました。
コメント下手なのでうまく言えなくてもどかしいですが、その他にも全体が緻密に作り上げられていて、とても素晴らしい作品だと思います。尊敬します。

13/08/08 四島トイ

▼凪沙薫様
 読んでくださってありがとうございます。周りがそうと思わずとも、誰かにとってのスタートラインやシグナルであるのだなあ、と常々考えさせられているので本作にそれを書き出したつもりです。狙い、と胸を張れないのが恥ずかしい限りですが、コメントいただけて嬉しかったです。ありがとうございました。


▼青海野 灰様
 以前に浅草のテーマ作品でもコメントいただき、今回またしても読んでくださってありがとうございます。好ましい作品だと思っていただけたことがとても嬉しいです。登場人物の魅力をもっと引き出していけるよう、今後も精進します。


▼クナリ様
 いつもコメントいただき、ありがたい限りです。なかなか話を捻る幅が広がらず悩ましいです。食傷気味に感じられては申し訳ないと思いつつも、こうして投稿し、やはりコメントをいただけるのは幸せです。ありがとうございました。


▼名無様
 読んでくださってありがとうございます。わたしには勿体無いほどのお褒めの言葉に、頬の火照る思いです。おそらくわたしが書ききれなかった部分を名無様の感性で補っていただいた故かと思います。このたびはコメントもありがとうございました。

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