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isocoさん

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雨の精

12/05/04 コンテスト(テーマ):第四回 時空モノガタリ文学賞【 傘 】 コメント:0件 isoco 閲覧数:1961

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 カエルが私に向かって恨みごとを言う。
「わしの背中で遊ぶなんていい度胸だ。仕返ししてやる」
 魔法を食らえ、カエルは言うと、ゲッ、ゲッ、ゲッ、と空へ向かって三回鳴いた。とたんに雨の勢いが強くなった。いっきにザーザー振りだ。真夜中だからまぶしいはずがないのに目を細めないと空を見上げられない。前髪はもう張り付きはじめている。すべり台の上をすべる雨粒を見て、深夜の公園には雨が似合うな、と思った。パジャマまで素肌に張り付いた今となっては、念のため持ってきた傘をさす気にもなれない。
 カエルは足元を飛んでいく。ぴょこん、ぴょこん、ぴょこ、一度だけこちらを振り返ると、もう一度最後にぴょこん、草むらの中に隠れてしまった。なんでこっちを向いたときウインクしたのだろう。
 引っ越し前夜だからかどうしても眠れなかった。今夜で最後だと思い、ちょうど雨が弱まったというのもあって、近所のこの公園に散歩にやってきた。するとすべり台の脇でカエルを発見する。ちょうど小雨がまた降りだしたけれど、持っていた傘は開かずに、その先端でなんとなく背中を押してみた。押すと、カエルは飛ぶ。飛ぼうとしたところを、また押す。傘の先端はカエルのボツボツした背中を何度も撫でた。そんな傘を同情した。同時に、傘にだけは生まれかわりたくないとも思った。
 そんな経緯でもってカエルの背中を傘で何度も押していたら、さっきの恨みごとを言われたのだ。私が何もしなかったならば、魔法も唱えられず、すでに水溜まりを作りはじめているこの豪雨はなかったのであろうから、この雨は私のせいであることに違いない。
 私のせいで雨が降った。改めて考えるとすごいことだ。いままで私のせいで行われてきた事の中でも最大規模のものだろう。ほかにもどんな『私のせい』があるだろうか考えてみる。私のせいでトイレットペーパーが切れた。私のせいで醤油が切れた。くだらないことしか思い浮かばない。そんな小規模なものではない、大規模な私のせいとはなんだろう。
 お父さんとお母さんが離婚することだ。だから、引っ越しするのだって、私のせい。
 お父さんにビール瓶で殴られたお母さんも言っていた。ぜんぶ、あんたのせい、と。
 私が何かしたの。お母さんのおでこにタオルを当てて血を止めている間、聞いてみようか迷った。荒い呼吸をたてて泣いているお母さんはなんだか知らない人みたい。少しでも気にいられたくて傷口を強く押さえる。でもお母さんは舌打ちをして私の手を払いのけた。うしろに倒れた私は、咄嗟に言ってしまった。
「私はなにもしてないのに」口がぐにゃぐにゃに歪んでいるのが分かった。
 だからだよ!とお母さんは怒鳴り、私を踏みつけた。雨みたいだ、と思った。容赦なく蹴られるのは、降り注ぐ雨を体中で受けているようだった。お母さんの足は一発、一発、全てが私のせいだと訴えてくる。今この公園に降り注ぐ雨もまた、一粒、一粒、肌に当たるたびに全てが私のせいだと訴えてくる。
「魔法かけちゃってごめんね」さっきのカエルが話しかけてきた。マンホールのちょうど真ん中に乗って、私を見上げてウインクしている。私は同じ目線になろうとしゃがみこんだ。なのでカエルの顔が鼻の下にある。
「なんでウインクするの」それも私のせいにしたいの、と続けようとしたけどやめた。
「してないしてない!」ゲロ、と私は呟いて、勝手に語尾にゲロを付け加えた。だってとってもよく似合う。
「わしは絶対にウインクなんてしない」ゲロ。ウインクしながら言っている。
 雨はさらに鋭くなり、景色を細かく切った。フェンスの向こうに見える車道では雨以外に動くものはない。世界が止まってしまったみたい、と思っていると赤信号が変わった。その下を通るタクシーは腰が引けているように見える。みんな、私のせいで生き難そうだ。
「雨、とめてもらえませんか?」このままでは私のせいで世界が潰れてしまう。
「キミのせいじゃない」ゲロ。ご両親のことだってキミのせいじゃない。ゲロ?
「傘をさすんだ」ゲロ。そうすれば気のせいに気付く、そう言ってカエルは私に向かってウインクしたゲロ。
 わしに言われた通り、少女は傘を開いた。わしは雨が降っている所でしか、誰かの意識に入りこめない。同じ雨に濡れていないと、誰かの悲しみも苦しみも分からぬのだ。だからもう少女が何を考えているかはわからないし、話しかけることだってできぬ。背中で遊ばれたことへの苛立ちはとっくに消えていた。ただ伝えたかった。この雨も悲しみも何のせいかということを。
「気のせい」少女は言った。
 雨がやんだ。でも、傘は開いたまま見つめ合う。
 傘のおかげで大事なものとの距離が分かる。それは気のせいではない。
 少女の笑顔に、わしはウインクとやらで答えたゲロ。


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