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四島トイさん

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宮沢あきのカラッポ

13/07/29 コンテスト(テーマ):第三十五回 時空モノガタリ文学賞【 無慈悲な人 】 コメント:1件 四島トイ 閲覧数:1258

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 宮沢あきには近づくな、というのが友人からの忠告だった。
「宮沢はヤバイって」
「どういう人なのかな、て聞いただけだろ」
「だからヤバイんだ。間違っても惚れるなよな。高城」
 いっそう声を落とす友人に、惚れるかよ、と応じて視線を右にずらす。
 教室の廊下側の三列目。夏服姿の宮沢あきが隣の席の友人らと世界史の課題に挑んでいた。宮沢あきは夏服が似合う。健康的な日焼けのせいなのか、活発さを感じさせるショートヘアのせいなのか判然としないが、その姿にヤバさがないのは確かなように感じられた。
 友人が顔を寄せてくる。
「いいか。俺達が一年の時だ。陸上部の新入女子部員で三段跳びの有力選手がいた」
「何の話だよ」
 いいから聞けよ、と友人は早口で捲くし立てる。
「中学の頃から県大会で上位の成績を残してて、その競技だけが全てみたいな奴だ。周囲も当然期待してた。高校でも。でもな、ある日突然、部活をやめた」
「何で」
「宮沢あきに関わったせいだって言われてる」
「んな、馬鹿な。何でそうなる」
「一年の頃、女子部員と彼女は同じクラスで席も近かった。互いの話をしてるうちに興味本位で彼女が、女子部員と三段跳びで競ったらしい」
「経験者なのか。宮沢さん」
「いや……ド素人だって聞いてる」
「じゃあ、そもそも勝負にならんだろ」
 友人は眉根を寄せると、確かに勝負にはならなかった、と頷いた。
「ハンデ付きで三回。ハンデなしで三回。全力で十回やって十回、女子部員が負けた」
「んな、馬鹿な」
「で、宮沢あきが言ったんだ。『おもしろそうだったのに、意外とつまんないなあ』って。それに人生かけてる奴にだぞ。十回競って、十回負かした相手にだぞ」
 友人は苦虫を噛み潰したような顔を窓の外に向けて、付け加えるように呟いた。
「……宮沢は好奇心を満たすための才能がある。行動力も。でも、心、みたいなもんは、ない。俺はそう思うね」


 奇遇だねえ、と宮沢さんに声をかけられたのはそれから数日後。校門脇にあるバス停で、とろりと溶けそうな夏の夕暮れに目を細めていた時だった。
「高城君、だよね。きみもバス通組だったとは」
「いや、今日はちょっと用事があって」
 偶然とはいえ、今日、この時間のバスを選んだ自分を心の中で賞賛する。
 友人のあの話以来、彼女はかえって気になる存在になった。二年になって同じクラスになってからというもの、幾度となく目にした彼女の横顔。バスを待って朱に染まる今の彼女はどこかいつもと違って見えた。確かに僕は彼女に惹かれている。
「蝉ってこんな夕方でも鳴いてるんだねえ」
 のんびりとした彼女の声に誘われるように電柱を見上げる。
 不意にぽとり、と足元に蝉が落ちてきた。あ、と言葉がもれた。仰向けになった蝉の足が何かに救いを求めるように、うねっていた。
「……まだ鳴いてるよ」
「……だな」
 吸い寄せられるように僕らは蝉に視線を落としていた。落ちてきた蝉は、羽を動かすことを忘れたかのように、必死に足掻き、喚き続けていた。小さな命が生を求める姿がちりちりと音を立てて網膜に焼き付いていくのを感じる。
 動けないでいる僕とは対照的に、宮沢さんがスカートを追ってストンッとしゃがみ込む。
「これって、何が鳴ってるのかな」
 え、と応じるより早く、彼女の手が蝉を拾い上げていた。
 蝉は鳴き続ける。
「ああ。やっぱり動くとやりにくいかあ」
 びぃーびぃーじぃー。
「ううん……頭とったほうが早い。よっ」
 彼女のすらりとした人差し指がしなって、蝉の頭を弾き飛ばす。ジュッと花火をバケツの水に突っ込んだような音で蝉はこと切れた。
「ねえ。高城くん」
 目の前に胴体を真っ二つに引き千切られた羽虫が差し出される。
「カラッポ。ほら」
 宮沢あきが小首を傾げつつ、視線で僕を捕らえる。短い髪がわずかにそよいで、彼女はニッと笑った。
「迷宮入りだ」
「……なにが」
「ずっと不思議だったんだよね。何がこんなにうるさく鳴ってるのか」
 彼女は手を払って、蝉の亡がらをアスファルトに散らした。膝に手をついて立ち上がる。
「生きてるやつを開けてみればわかると思ったんだけどなあ」
「……開けてみれば、か」
「そ。でもカラッポとはやられたなあ」
 僕は何も言えなかった。彼女を取り巻いていた雰囲気には何も変化はない。変化がないからこそ、僕はそれが彼女の「普通」なのだと理解する。途端、背筋が冷たくなるのを感じる。夏の夜風のせいだと言い聞かせながら、わかんないもんだな、と応えた。
 振り返った宮沢あきが微笑んだ。
 その瞳の向こうの空洞に、好奇の色を灯らせながら。


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このストーリーに関するコメント

13/08/10 四島トイ

▼凪沙薫様
 コメントたびたびありがとうございます。テーマに沿った話を考えたのですが、なかなか上手くいかず歯がゆいばかりです。話作りに精進します。このたびは本当にありがとうございました。

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