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コキさん

無職。ニート以下と言える、両親の家。有名私立大学を最後の年に退学。バカしたと思ってる。フランスへワーキングホリデイで一年。その後シェンゲン期間ギリギリまでもう一度フランスのストラスブールへ。日本に帰り、虚無感。もう一度一発かまそうと、やってきたのはこのサイト。

性別 女性
将来の夢 物書きになり、世界中好きなところに行け、好きなだけ滞在でき、本を読んだり映画を見たり人と話したりライブに行ったりしながら現地のことを学び、いつか自分が満足できる本を一冊作ること。ボードレールの『悪の華』を全部暗誦できるようになること。30歳には5ヶ国語話せるようになること。イタリアのチンクエ・テッレに行くこと。
座右の銘 逃げるが勝ち。 人生は美しい。 カルペ・ディエム。 日はまた昇る。

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数え切れないほどの細かい線

13/07/27 コンテスト(テーマ): 第十三回 【 自由投稿スペース 】  コメント:0件 コキ 閲覧数:935

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彼はペンを握り締めながら白紙のノートを見つめていた。しばらく時がたったが、一向に彼が持つペンのインクは減りそうにない。朝の日差しが窓から差し込み、正方形の光の絵を壁にかけている。彼はまるで彫刻のようにじっとペンを握り締めながら、空白を見つめ続けている。
 彼は小説家になろうと試みているのだ。しかし彼の頭の中に浮かんでくるのは、ごみのような文章を書いてしまうのではないかという恐怖である。よどんだ何の形にもならない色が彼の頭の中でぐちゃぐちゃと混ざり合っていた。
 彼はそれに気づくと、深く呼吸を一つついて、視点を窓の外にずらした。春の霞んだ青空に、白くて形のはっきりしていない雲が浮かんでいた。夏まで待ってからはじめたほうが良かったかもしれないと彼は思った。そしたら形のはっきりした雲が青空に浮かんで、彼に書くべき何か、ごみにならないと確信できるような何かを教えてくれるかもしれないからだ。
 空が翳り始めた。薄く黒のインクが混ざった雲が、窓から見える景色を覆っていく。彼はそうして随分と窓の外を眺めていた。
 夜になり、まだ一文字もペンのインクのあとを残せなかったままノートを閉じると、彼は歩いてすぐそこにある酒場へと向かった。しっとりとした地面を踏みしめて扉を開くと、いつものように、扉の内側についた鐘が控えめに鳴り響いた。
 薄暗い酒場の席に彼が着くと、店主が何も言わずに彼のいつも頼む酒をコトリと置いた。グラスを回して中の液体が波を打つ様を眺め、きっちり五回で飲み干した。
 彼は大抵、思い悩んでいるような、何かを真剣に考えているような表情をしている。目じりにしわのついた、濃い黒髪の男が彼に話しかけてきた。
 彼は忙しく振舞うのが嫌いである。ましてや「今ちょっと忙しいんだ」なんて言うことはない。彼はその男に小説を書こうとして何もかけなかったこと、それはごみを作ってしまうのではないかという恐怖が彼の想像力や心を覆ってしまうからなのだということを話した。すると男は言った。
「じゃあごみをつくっちまえばいいじゃないか。それからそれに火をつけて燃やすんだ。どんなものでも燃えて塵になっていく瞬間は、力強くて美しい」
男はまだ酔っ払っているようではなかったが、その目は恍惚としていた。
 そんなわけで彼は家に戻り、ペンを握ると、白紙だったノートに黒いインクで沢山の細かな線を描き出した。その色はまるで、彼の頭にある恐怖の色が全て混じって真っ黒になり、線になり形となって、そのノートの上に吐き出されていくかのようだった。彼にとってそれらの線は、なんのイメージも沸かせないでたらめなもののように思えた。何も描かれていない、空白しかないノートであったほうが価値があったかのように思えた。一文字書くたびに、白いノートをごみに変えていくような気がした。
 一通り書き終えると、外は夜を通り越して白み始めていた。朝靄が街を覆い、全ての輪郭をぼやかしていた。彼の住んでる部屋からは街を見渡すことが出来る。彼は熱い珈琲をいれ、片手に持ってすすりながら、朝の光が待ちの輪郭をはっきりと明確にしていくのを見ていた。交じり合っていた色を朝の光は区別し、まるで形作るようであった。彼は書いた文章を読み返してみた。読み返すうちに、黒いインクはだんだんと赤や青といった鮮明な色を思い起こさせ、読んでいるうちに空想の中で生き物が動き出し、日が昇り、呼吸をしだした。
 小説家はみな最初はこうかもしれないと彼は思った。存在すべきでないものをつくってしまうかもしれない恐怖を文字にして吐き出して、物語を進行させることによって浄化していく。でてくるものはごみのようでも、そこに雨を降らせ、時間をかけて緑の芽が木々になっていき、どんよりとした曇り空の隙間から日の光をのぞかせ、どこか遠い谷底からひんやりとした風を運んでくる。ごみの山の上で子供たちが虫を使って残酷な遊びを始め、優しい母親が夜になり彼らが眠るときに額にこっそりキスをする。その光景を月を照らし、世界の反対側では太陽が輝く。


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