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デーオさん

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性別 男性
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そう思ったのです

12/05/03 コンテスト(テーマ):第五回 時空モノガタリ文学賞【 京都 】 コメント:2件 デーオ 閲覧数:2173

時空モノガタリからの選評

最終選考

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 紅葉には少し早かったのですが、庭園にあるモミジは綺麗に色づいており、あたしは思わず「わぁ!」と声をあげてしまいました。
 あのひとがあたしを見る視線を感じながら、あたしは精一杯の笑顔をつくったのでございます。なにしろ、久しぶりの外出でありましたさかい、もう病気のことなど忘れておりました。

 池にかかる橋をゆっくりと渡っておりますと、池畔の黄色い色と赤い色。そして水面に映る少しくすんだ色もまた綺麗で、また「まぁ、きれいだこと」と声が出てしまいました。すぐに、あのひとが急に立ち止まったさかい、あたしはその肩のあたりに顔をぶつけてしまいました。
「おっと!」とあのひとがあたしの頭に手をおいて、撫でるようにしたのです。あたしは、嬉しかったのですが、頭の中に〈おっと〉という言葉が残っていて、それは〈夫〉をイメージさせてしまい、あたしはその甘さを含んだことばを使うことの出来ない自分を悲しく感じてしまいました。

 気を取り直して歩き始めまして、「あ、浮島があるなぁ」と言ったのに、何も反応がおまへん。あれっ!と、あたしは周りを見回しました。あの人は、数メートル離れたところの橋の縁から池を見ていました。その様子からすぐに立ち上がることは無いやろうと思いまして、あたしはあのひとの側に戻ったのです。
 あたしが側に立ちましたのに、あのひとは視線を池の中に向けたまんまどした。そないなにあのひとを夢中にさせたものに、興味がわいてきましたさかい、あたしも池の中をのぞき込みました。

 

 そのゆったり動いておりますものは水の色に溶け込んでいるようで、はっきりとはわかりませんどしたが、徐々に目も慣れてきまして、亀だと知りました。
「あぁ、あんたを夢中にさせたのは亀はんどしたの」と、あたしはあのひとの側にしゃがみ込み、さらによく見ると、まだ小さな亀の子も見えました。
 
なんと小さくて愛らしいのやろう。指なのでしょうか、手の先には糸のように細いものが見えておりまして、その小さな手で母親であろう大きな亀の頭に触っておりました。まるで、小さな刷毛で塗りつけとるようにも見えました。

 よく見ると、触っては離れ触っては離れしとるのどした。
「ああ、あっちへ行こうよと誘っとるのかな」と言い終えて、あたしはあのひとの顔を見たのです。

「うん」そう短く言うたまんま、あのひとはあたしをちらっと見て、すぐに視線を池の中に向けました。その横顔に、なんでか悲しいものを読み取ってしもたあたしは、慌てて視線を池に戻してしまいました。
 詳しい事情を聞くことはなかったのですが、奥様は子供がでけへん身体だということを聞いておりましたからです。
 わたしがそれをやれる立場でもなく、それ以前にわたしが病気を抱えておりまして、子供を産める身体かどうかもあやしかったのでございます。
 思え起こせば、あのひとはあたしと一緒に歩いている時も、見知らぬ小さな子供に視線を向け、時に話しかけたりもしておりました。その嬉しそうな顔に、わたしは嫉妬さえ覚えることもありました。

 亀の親子は少しずつ遠くへ離れていって、やっとあのひとが立ち上がりました。あたしは身も心も立ち上がりました。頭に浮かんだその考えは、なかなか良いものではないかとあたしは思い、少しうきうきした気分になることができたのです。

 あのひとの腕にすがり、あたしは歩きだしました。あのひとが(おやっ?)という顔をしたのを見上げながら、あたしは疲れとる筈なのに、どこまでも歩いていけるような気分になっておりました。

 

 春、そうだ、春。暖かくなったら亀の番いを飼ってみよう。そう思ったのです。

(了)


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このストーリーに関するコメント

12/05/03 ゆうか♪

読んでいて、時が穏やかに過ぎてゆくのを感じました。
それは偏に方言のせいだと思うのですが・・

ほとんどが主人公の一人語りのように進んでいき、切ない状況でちょっとだけ明るい目標を見つけた。そんな感じでしょうか・・
タイトルに悩んだんじゃないですか? 笑

12/05/03 デーオ

ゆうか♪さん
早々とコメントありがとうございます。タイトルに京都といれようか迷ったが、これにしました。これしかない、そう思ったのです(笑)

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