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四島トイさん

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最後の名探偵

13/07/15 コンテスト(テーマ):第三十四回 時空モノガタリ文学賞【 探偵 】 コメント:2件 四島トイ 閲覧数:1425

時空モノガタリからの選評

最終選考

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 我が探偵事務所の名探偵こと、先生の様子がおかしい。つい先日も爆弾魔事件を解決したばかりで気が抜けているのかとも思ったが、そうでもない。五分刈りに丸眼鏡、開襟シャツという格好はいつも通り。
 でも、何かがおかしい。この探偵事務所において中学の頃からの三年半の助手歴を持ち、業界では『セーラー服の助手ちゃん』の異名を持つわたしが言うのだから間違いない。もちろんこの異名は可及的速やかに返上したい。
「先生はこの町唯一の名探偵なんですよ。別事務所の探偵さんは二年くらい前に亡くなったし」
「……町が平和ですからねえ」
「そりゃあ平和なら探偵は不要かもですけど」
 先生の肩が少し跳ねた、ように見えた。
「ははは。返す言葉もありません」
 乾いた笑いをこぼしながら再びソファに寝転がる。二階建ての事務所の一階。リビングの窓では青空いっぱいの入道雲が胸を張っていた。
 先生がここまで炭酸の抜けたソーダのようになったのは、やはり先日の事件からだろう。
 事件簿を整理するのは助手の役目。事件簿といっても先生の集めた資料をファイリングするだけで済ませるのが常だが、今回ばかりはどうにも気になる。
 事件簿の保管場所は二階の書斎。机上に散らばるメモを掻き集める。先生の記憶力は、映画を見て台本を立ち上げられるほど。事件に関することはほとんど書き出されている。書き殴られたそれらを繋ぎ合わせると、わたしはキイキイと鳴る椅子に腰掛けた。
 それは事件の結末だった。


 私は爆破現場を見下ろせる雑居ビルの屋上で犯人の男と対峙していた。
「よくわかったなあ、俺がやったって」
 壮年の男は手すりを握りながら、どこでわかった、と晴れやかに問うた。
「……鉄道とゴミ収集車の動線を利用した爆発物の設置手法は、二十年前にある男が実行しています。爆発物の入手経路と作成方法は十一年前と同様。事件現場の情報操作は九年前。それぞれ別の人物がやはり実行して、当時は解明できないとまで言われました」
「で、勉強熱心な俺がそれを真似た、と」
「全てあなたが解決した事件です」
 男は今度こそ満足気に微笑んだ。
「なるほど。死亡届やら戸籍の細工には気付かれちまったか」
「とても巧妙でした。名探偵とまで呼ばれたあなたの手際の良さを痛感しました」
「なら名探偵の先輩として当ててやろうか。動機がわかんねえんだろ。俺がやった理由が」
「……ええ」
 後輩さんよお、とかつて名探偵であった男は言った。
「名探偵には何が必要だ」
 私が言葉に詰まっていると、男は笑った。疲れを感じさせる笑いだった。
「思考力それとも行動力。あるいは体力、決断力、もしかしたら想像力。まさか正義感じゃあるまい。いや、あんたなら可愛いセーラー服の助手ちゃんかもな」
 台本をなぞるような口調であった。
「俺は、こう考えた。涸れようのない知的欲求。ひいてはそれを持続させる謎。これが名探偵には必要だ。だが」
 男は煙草を取り出すと、慣れた手つきで点火した。
「この町にはもう、謎がない。俺が、あんたの言うところの名探偵が解決し尽くした。俺自身が愕然としたぜ。解くべき謎も、駆逐すべき悪もないって事実にな」
「それは……」
 男は不敵な笑みとともに己と私を交互に指差した。
「俺達は謎がなければ生きていけない。だから俺は生きるのをやめる。今回の事件は後輩のあんたへの俺なりの贈り物さ」
「待ってください。そんなことで……」
 男の強い視線が言葉を続けさせなかった。
「気が向いたら教えてくれよ名探偵」
 男は手すりに深くもたれた。
「謎を失った名探偵はどこへ行くんだ」
 不意に男の姿が手すりの向こうへ消えた。瞬く間の絶命だった。
 こうして、事件は解決の日を迎えた。町は平和になった。幾ばくかの感謝や名誉を私の手元に残して。
 にもかかわらず、今になって、私はあの時のかつて名探偵だった男の言葉を思い出す。
 日が経つほどに強く。
 何度も。
 頭の中で。
 謎のないこの町で。


 ごとり、という階下の物音に現実に引き戻される。事件簿を放り投げ、部屋を飛び出した。階段を駆け下りる。玄関が開け放れ、真夏の日差しの降り注ぐ向こう側に、先生がいた。
 先生、と呼ぶ声がかすれた。
「……どこへ、行かれるんですか」
 平静さを保とうとする声が震えた。それでも振り返ることなく、何かを追うような視線だけを空に向けている。
 もう一度、先生、と叫ぶ。先生の右腕が空気をかき混ぜるように動く。手を振っている、と頭が理解する頃には、ゆっくりとした足取りと、揺らぐ陽炎越しに、先生のひょろりとした背中は溶けていた。

 名探偵のその先をわたしはまだ、知らないでいる。


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このストーリーに関するコメント

13/07/16 クナリ

狡兎死して走狗煮らるのを、座して待たぬ者の物語ですね。
人生をかけて対抗すべき対象がなくなった時のメンタリティというのは、想像するだに恐ろしいです。
探偵がこれから向かうのであろう闇を思わせるラストがいいですね。

13/07/17 四島トイ

>クナリ様

読んでくださってありがとうございます! 己が無知をひけらかすようで恥ずかしいのですが、そのことわざを初めて知りました。博識でいらっしゃる……
非常に悩んだテーマでした。仕上りも決して満足ものではないのですが、コメントをいただけて嬉しかったです。ありがとうございました。

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