1. トップページ
  2. サイゴのノゾミ

ポテトチップスさん

20代の頃、小説家を目指していました。 ですが実力がないと自覚し、小説家の夢を諦めました。ですが最近になって、やっぱり小説家の夢を追い求めたい自分がいることに気づきました。久方ぶりに、時空モノガタリ文学賞に参加させて頂きます。 ブログで小説を書いてます。http://www.potetoykk.com

性別 男性
将来の夢 太宰治賞もしくは北日本文学賞で最終選考に残ることです。
座右の銘

投稿済みの作品

1

サイゴのノゾミ

13/07/15 コンテスト(テーマ):第三十六回 時空モノガタリ文学賞【 無口な人 】 コメント:1件 ポテトチップス 閲覧数:1277

この作品を評価する

 正次郎が玄関を出ようとすると、妻の菊子が後ろから呼び止めた。正次郎は後ろを振り返らずに、黙っていつもの道具を持って玄関を出て行った。
 風邪をこじらせて緊急入院したのは3週間前で、3日前に病院から自宅に帰ってきたが、まだ完全に病気は回復していなかった。菊子はそんな正次郎の体を心配して池に行くのを止めているのだが、そんな妻の気持ちを知ってか知らずか正次郎は朝食を食べ終わるといつものごとく、長靴に虫取り網を持って家を出て行くのであった。
 生まれも育ちも東京都江戸川区の正次郎が、初めてミヤコタナゴを見たのは昭和5年の夏のことであった。当時4歳だった正次郎は、父の弥三郎が近所の池で捕まえてくれたミヤコタナゴを庭のため池に放ち、その尾ビレから腹ビレにかけて黒い帯状の模様のある体長6センチ程度の魚に魅了された。父の弥三郎は無口で短気な男で、正次郎は子供の頃から弥三郎とあまり会話をしたことがなかったが、雄一、ミヤコタナゴの話しになると二人は親子らしい会話をした。
 昭和20年、終戦をビルマで迎えた19歳の正次郎は、父と母それに妹が待つ東京の実家に数年振りに帰郷すると、実家は空襲で焼け落ち、父と母と妹は空襲によって亡くなっていた。正次郎は子供の時に弥三郎とよくミヤコタナゴを捕った池で連日泣いた。その時、透き通った池の中を泳ぐミヤコタナゴが幾分か悲しい気持ちを和らげてくれた。
 正次郎が浅い池の縁を虫取り網を持ってミヤコタナゴを探していると、いつの間にか菊子が水筒を持って立っていた。
「お父さん、お茶でも飲みませんか?」
「いらん」
「そう言わずに」
 正次郎は虫取り網を置いて草むらの上に胡坐をかいて座った。菊子が足を引きずるようにして正次郎の傍に寄って来た。リウマチの持病を持つ菊子は80歳を過ぎた現在、歩くのが痛々しいくらい足を引きずって歩いていた。息子夫婦に車椅子を買ってもらったが頑なに自分の足で歩くことを貫いていた。隣にゆっくりと座った菊子が、水筒からお茶をコップに注ぎ正次郎に手渡した。
「どうですかお父さん、ミヤコタナゴは見つかりましたか?」
「見つからん」
「そうですか。見つかるといいですね」
 正次郎は目の前の池を見やりながら、同じ池なのに83年前の池と随分様変わりしてしまったなと悲しく感じた。子供の頃、父の弥三郎とこの池でミヤコタナゴを捕っていた時の池は、水が透き通るように澄んでいた。しかし現在のこの泥が淀む池には、綺麗な水質でしか生きれないミヤコタナゴが生息していないことは分かっていた。しかし、正次郎はどうしてもこの池でミヤコタナゴをもう一度、目にしたかった。この池に来ると、ズボンをびしょ濡れにした笑顔の弥三郎が、ミヤコタナゴがいっぱいいるぞ!と、正次郎に話しかけてくる懐かしい声が聞こえてくるのであった。
 ミヤコタナゴは昭和49年に国指定の天然記念物に指定され、関東地方に生息していたミヤコタナゴは現在、絶滅危惧種に名前が載っていた。
「足は痛くないのか?」
「あら、お父さんが私の足の心配をしてくれるなんて珍しいですね」
「茶化すな」
「ごめんなさい。少し足が痛いです」 
「あまり無理をするな。お前も私も老齢だからな」
「はい、分かりました。でもお父さん、私はお父さんが追い求めるミヤコタナゴを死ぬ前に一度でいいからこの池で見てみたいです。だから私に見せてくれるまで、どうか長生きしてくださいね」
「お前に見せてあげたい。本当に綺麗な魚だ」
 正次郎は空を仰いだ。7月の青空に立派な入道雲が発生していた。
「お前にこの話しをしたことがあったかな……」
「どの話しですか?」
「終戦の半年前、父からビルマの戦地に届いた手紙の話しさ」
「いえ、聞いてません」
「そうか、話してなかったか……」
「どんな手紙をお父様から頂いたのですか?」
「ああ、魚拓が手紙におしてあったんだ」
「魚拓ですか?」
「ああ。ミヤコタナゴに墨をつけて手紙におしてあった。そしてその魚拓の下に『生きて日本に帰還してくれることを願う。父より』と書いてあった」
「そうでしたか。お父様とお母様、それに妹さんに生きて逢えれば本当に良かったのですがね。戦争は本当にもう御免ですね」
「父は無口で短気な男だったが、私もこの年になって自分自身を振り返ってみると、やはり父と同じで無口で短気な男だとつくづく思う。この性格ゆえ、お前には散々辛い思いをさせてきたかと思う。申し訳ない」
「よして下さいよ。そんな無口で短気なお父さんに惚れて今まで同じ人生を歩んできたんですから。今のままでいてください」
 正次郎はコップを菊子に手渡し、また池の縁に立って水中に目を凝らした。
 後ろでは、菊子が足を擦りながら同じく年老いた主人の背中を黙って見つめていた。

終わり


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

13/07/15 かめかめ

近所の田んぼに十年ぶりにカエルが戻ってきました。ドブ川の清掃活動を町の皆が続けた成果だと思います。
ミヤコタナゴ、いつか戻ってくるような気がします。

ログイン