1. トップページ
  2. ボーリングの玉と引き換えに犬の魂は

実さん

性別 男性
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

0

ボーリングの玉と引き換えに犬の魂は

13/07/14 コンテスト(テーマ):第三十五回 時空モノガタリ文学賞【 無慈悲な人 】 コメント:0件  閲覧数:1322

この作品を評価する

 サトルはベランダに突き出た街路樹の枝を一つ折ると目玉に向かって突き立てた。枝の切り口は緑色になっていて、外側に近づくにつれ茶色くそして硬くなっていた。
「オレと同じだな。本心なんて見せずに硬い殻で守ってる」
ため息をつくと意を決して先端を目玉に突き刺す。しかし眼鏡のレンズの上を跳ねて高潮した頬に突き当たった。痛みが徐々に込み上げてくるのがわかる。本当の痛みはジワジワと1,2秒遅れてやってくる。滑稽な身体の保護機能に向かって嘲笑が込み上げてきた。
 サトルはここ数日はあの興奮から冷めずにいた。今となってはすべてが無気力の原因になって怠惰になる。何をする気も起きない。呼吸や心臓の波打つ音はサトルが意思をもってしようとしなくとも勝手に動いてくれるが、その生かされているという感じが嫌だった。もし肺や心臓をコントロールできるようになったならサトルは迷うことなくそれを止め、ゆっくりと死んでいくことを選ぶだろう。
 内臓がうごめいている。さっき食べたばかりのケロッグコーンフレークと牛乳の混濁物が胃を下り腸に達しグルグルと卑猥な音を立てた。内臓の皮膜を覆っている粘膜の上をすべっていくそれらがすべてがサトルを不快な思いにさせた。小学校にあがると同時に買ってもらった傷だらけの勉強机の上を眺めると、丁寧にラップで包まれた犬の内臓があった。

 5日前、動物をはじめて殺めたときサトルは思いの他飛び散る血と内臓に驚かされた。それは悲惨な事故だった。いや、状況証拠から言ってそれを故意でなかったと言うのは困難だろう。サトルはわざわざ自室に展示していたボーリングのマイボールを2階のベランダから飼い犬のジョンに向かって落としたのだから。夏の蒸すように暑い1階ベランダに寄生した雑草、葉の表面から沸き立つ青い香りをクンクンと嗅いでいた自らの飼い犬をサトルは、ボーリングの球で粉砕した。
 命中した9ポンドの球はいとも簡単にジョンの頭蓋骨を勝ち割り、地面に挟まれた衝撃で血を勢いよく飛び散らせた。
「まるでゲームを見ているみたいだ」と彼は率直に思った。それが本当にこの現実で起こったことだとしばらく理解できずにいたが、一分もすると「お母さんとお父さんが帰ってくる前に犬を処理しなくちゃ」という考えに到った。
 急いで階段を下りると1階の台所の引き出しからゴミ袋を取り出し飛び散った肉片をかき集めた。次に砕けていない大きな残骸をどうするか迷ったが、これもゴミ袋に捨てるしかなかった。なるべくそれが犬の死骸だと気づかれないように何重もゴミ袋で覆うとなるべく空気を抜いた。
 すべてを回収し終わるとあたりに飛び散った血を水を撒いて消した。幸い蛇口とホースは庭に備え付けられていた。雑草の葉の裏に付着している血痕もあったがそれらは特に丹念に洗い流した。20分もすると辺りは見違えるように綺麗になった。

 母が帰ってくるとあとは涙を流すだけだった。一番好きなゲーム、トゥームレイダーが取り上げられてPS3も粉々に壊されてしまうことを想像した。その瞬間酷く悲しみと憤りが入り混じった気持ちに襲われた。
「ジョンが…ジョンが散歩中に逃げ出したんだ。大きな犬に吼えられて、動顛して…」
どんな犬か、飼い主はいたのかを問われたがサトルはただ泣いて何も答えないことで押し通すことに成功した。翌日からは何も聞かれることはなかった。すべて忘れようと家族の中で取り決めがされた。

「これどこの部位だろう?」
既に黒ずんでいるラップに包まれた臓物を見ながら、サトルはおもむろに呟いた。ベッドに寝転びながら、今目の前にあるかつての生命の欠片を観察する。以前この汚い物体がジョンの綺麗な毛並みをした体の内部でうごめいていたことを思うと不思議な気持ちになった。結局俺も、あの可愛い同じクラスのレイちゃんも、キモくて不細工なエノキダも同じもので出来てるんだ。そう思うと酷く不快な思いになった。誰もがみんな同じだなんてそんなのあんまりだ。せめて違う物質で出来てたら、俺の気に入ってる生き物だけケイ素で出来ていたらいいのに。それなら切ったとしても不快じゃない。
 彼は溜息をついた。
「こんな空想したって仕方ないのにオレは何を考えてるんだろう。さぁ、勉強しなくちゃ」
傷だらけの机に向かった。数センチ置きにカッターの刃で切り刻まれた痕はサトルが小学生の時に何も考えずに刻んだものだった。今でも無性に刻みたい衝動に駆られる事があるが、中学生になった彼にはもうできなかった。そんな場面を見られたら両親が心配するだろうし、何より切っても意味がないと気づいたからだった。大人になるというのはたぶんそういう事なんだろうとサトルは思いつつ、腐っていく過程を克明にノートに写していく。死んだジョンの魂を思いながら。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン