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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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翡翠の舟

13/07/01 コンテスト(テーマ):第三十三回 時空モノガタリ文学賞【 迷う人 】 コメント:10件 そらの珊瑚 閲覧数:1616

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 人は迷わずに生まれてくるという点で、みな一種類の人間であった。母親の子宮がどんなに温かく快適であろうと、産み月になれば、外の世界を目指すのだ。
 
 けれど生きているうちに、多くの人は迷う。ほんのささいな日常で、人生の大きな決断に。
 そしてほんの少しだけれど、迷わない人が確かに存在する。それは直感だけを信じて行動できる人だ。迷って捨てた答えにこれっぽっちの感傷も抱かない、そんな種類の人だ。
 私はそんな人になりたかった。
      ◇
 夫が私に暴力をふるうのは、ほんのささいな事がきっかけだった。例えばメールをすぐに返さなかったとか、味噌汁がマズイだとか。要は仕事のストレスをぶつけられていただけだと今ならわかる。
 暴力をふるった翌日の夫は、捨てられた猫のように泣きながら、いかにもあわれに謝るのだった。
「もうしない。許してくれ。本当だ。おれを、捨てないでくれ。愛しているんだ」
 そしてしばらくは母猫が子猫をかわいがるように優しかった。
 
 いつか本当に改心してくれるだろう。それまでの辛抱だ。そんな風に思って五年もそんな生活を繰り返していた私はなんとおめでたい人間だったろうか。
 改心するどころか、暴力は次第に酷くなっていった。

──このままでは、殺されるかもしれない。
 そんな新聞記事は珍しくない。その被害者 Aが私と重なる。
 もう私は迷わなかった。愛だと信じていたものは全て幻想。命の危険を感じて、やっと目が覚めたのだった。
 
 夫のもとを出奔する。貯金をくずして持ち出した現金で私は整形し、新しい生活を始めた。もともと占いが趣味で、占星術等の知識があった。占いの館という所で、運良く職を見つけることができた。
 
 しばらく占い師を続けると、いろんなことが見えてきた。ここへ答えを見つけにくる人は様々だと。本当に迷っている人。答えはほぼ決まっているのだが、誰かに背中を押してもらいたい人。半分は面白半分といったところだが。私は注意深く人を観察し、それぞれが求めている答えを与えることに努力した。
 そのうち私の占いがよく当たるという評判がたった。年齢不詳(それもそのはず、幾度か整形を繰り返していたのだから)の美しい占い師という、ありがちなキャッチフレーズがつき、テレビや雑誌に出るようになった。
 
 夫に見つかる心配が頭をよぎらないこともなかった。けれど家を出てから十年近く経っていることに加え、顔は変わっているし、大丈夫だろうとたかをくっていた。
 
 占いの館はとうに辞め、『翡翠の舟』という宗教法人を作った。翡翠は美しい緑の玉(ぎょく)で、太古から勾玉の原料となった。災厄から守ってくれるという。
 迷える人を救いたい、それが表むきの看板であった。事実、私は何十人ものDV被害から逃げてきた人を匿った。女の人ばかりではなかった。男の人もDV被害で悩む時代であったのだ。
 迷える人は金を産む。誰にも言ったことはないけれど。私は『迷わない人』になれたのだ。
 私に救われた人たちは、信者となり、熱心に教団のために働いてくれた。私のためならなんでもする、財産も、命さえ投げ出す覚悟もあるという人たちを側近とし、教団は大きくなっていった。

 ある日、密かに恐れていたことが現実になった。夫が訪ねてきたのだ。
「おれにはわかるんだ。おまえだろう。おまえの顔の泣きぼくろ、一日だって忘れたことはないんだ。帰ってきてくれ」
 夫の顔は年数分老けていて、頭に白いものがまじっていた。おしゃれだったはずなのに、毛玉のついたジャンパーによれたズボン、汚れのついた靴を履いていた。あわれで気を引くやり方だけは変わっていない。

「何か勘違いなさっているのではないですか? 泣きぼくろなんて珍しいものではないですし」
 その時音楽が鳴った。夫のケータイの着信音らしい。
「すみません」と言って夫がズボンのポケットからケータイを取り出す。古ぼけたストラップが揺れる。所々色が剥げたそれは、よくみればミッキーマウスの人形だった。かつて二人で遊びに行ったディズニーランドでお揃いで買い求めたもの。楽しかった日々もあったのだ。あれもただの幻想だったのだろうか。
 
──あんなもの、まだ後生大事にしてるなんて。
 
 せっかく『迷わない人』になったつもりだったのに。それでも私はようやく踏みとどまった。

「お帰りはあちらです」
 冷たく言い放ち、私はドアを指し示す。夫は肩を落として出ていった。

 『翡翠の舟』の船頭は私。決してもう迷わない。捨てた答えに感傷など抱かない。
 


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このストーリーに関するコメント

13/07/02 草愛やし美

そらの珊瑚さん、拝読しました。
迷う人が、迷いを捨てた時の強さ、これは女性ならではの強さかもしれないと思いました。心は複雑でしょうが、見事な生き様だと思います。
なぜ、DV加害者になったのか、そこに至る何かが、加害者側にもあったはずでしょうが、被害者側にとっては、たまったものではないでしょう。DVから逃れるため、どれほど苦労されている方がおられるかと思うと、胸が痛みます。

13/07/03 ハズキ

DVの被害、ますます増えてますね。暴力を振るう方の人たちの脳みその中もい、一体どうなってるのか、見てみたい気もします。
何をしたらどうなるってことがわからないんでしょうね。

同じ女として、愛が幻想だとわかったとき、男性よりも女性の方が、言葉悪いですが「冷たくなれる」というのはわかりますよ。でも、それが正解だと思います。どこかで迷いを絶たないと、不幸になってしまうし。
感傷も迷いも 断ち切った彼女は、良い選択をしましたよ。

自分の人生の船頭になることと、自分勝手に人の言うこと聞かずに生きることは別だと思うので、この作品の彼女に、頑張れとエールを送りたいです。

13/07/03 泡沫恋歌

珊瑚さん、拝読しました。

夫のDVから逃げ出した主人公はきっと強くなったのでしょう。

変身する、過去の自分を捨てることで大きく人生が変わっていく。
もう、振り返らないで未来に向かって進むことが、彼女にとって賢明だと
思いました。

これぞ、女の底力ですね!

13/07/04 平塚ライジングバード

珊瑚さま、拝読しました。

前半と後半で物語を大きく変える珊瑚さんのスタイルいいですね♪
DVの話から、宗教法人の設立に至る物語ってなかなかない気がします。
興味深く読ませていただきました( ̄∇ ̄*)ゞ

13/07/07 鮎風 遊

『迷わない人』、なれないですね。
しかし、この女性はなれた、と思いたがってる。
そんな心の放浪が面白かったです。

13/07/12 そらの珊瑚

草藍さん、ありがとうございます。

DV被害者と加害者は共依存の関係だということもあるときいたことがありますが、そうだとしたら被害者の方がそこから抜け出すことは大変なことだと思います。

13/07/12 そらの珊瑚

ハズキさん、ありがとうございます。

暴力を受けるほうはホントたまったものではないですね。
主人公が愛が幻想だときづけて良かったと思います。
あたたかいエール感謝です。

13/07/12 そらの珊瑚

恋歌さん、ありがとうございます。

なんか泣き寝入りってくやしいではないですか。
そんな風に思っていたら、いろいろ迷ったすえに自分の力で人生を切り開く結末になりました。

13/07/12 そらの珊瑚

平塚ライジングバードさん、ありがとうございます。

なんか突拍子もなかったかなあと思わないでもないのですが、そんなふうにおっしゃっていただけて、安堵しました。迷える人は何かにすがりたくなるときもある。そんなふうに宗教を信じるようになる人もいるのではと思いました。

13/07/12 そらの珊瑚

鮎風 遊さん、ありがとうございます。

なかなかなれませんよね。
まさに波に上に舟にのっているみたいに心は揺れ動くのでしょう。

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