W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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13/05/27 コンテスト(テーマ):第九回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1319

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 その男がホームレスの仲間にはいってきたのは、ついこのあいだのことだった。
 われわれ春の川公園ホームレスのみんなはさっそく、その男赤木忠治をとりかこんで歓迎パーティをひらいた。
 四十前後の、無精髭にとりまかれてはいるが彼の整った顔立ちには、まだなりたてだけにその表情からは品のよさがうかがえた。これがほかみんなのように何年もホームレスを続けていると、安酒と栄養不良、過酷な労働がたたって野良犬のように険しい顔つきに変わっていくのがつねだった。
 もちろん赤木に、自己紹介を求めるようなものはだれもいなかった。堂々と胸をはってプロフィルを語れるようなものがなんで、こんなところに落ちてきたりするものか。みんなはもちよったチューハイや発泡酒を彼にふるまい、今後ともなかよくやろうと、過去ではなく将来の展望を口にしあった。
 赤木にはどこか、学究肌の雰囲気がただよっている。
 私のみたところ、学者かなにかの研究家、あるいは宗教家だったのではないかと思われた。どうしてそんなことを言うかというと、じつはわたしの前身がやっぱり大学教授だったこともあり、彼を一目みたときに、ある種の共通性をおぼえたのだ。私が教授の座をおわれたのは女性関係が原因だったが、彼の場合はなんだろうと、やっぱりその点に関心をもつのはいたしかたないというものか。
 赤木は私のテントのすぐそばに、ダンボールの住まいを組み立て、そこで寝起きするようになった。わたしがテントの入口をあければ目の前に、彼の紙の家がうかがえた。
 本当に彼は今回が初のホームレス生活のようだった。私も経験から、これまでの社会生活とはまるで異なるホームレスの暮らしに対する不安に、いまの彼もおそらくは怯えていることがよく理解できた。
「赤木さん、赤木さん」
 呼びかけると、ダンボールの入口から彼の顔が突き出した。
「なんでしょうか」
 みんなからすすめられてもあまり酒を飲まなかった赤木は、しっかりした声でこたえた。
「よかったら、遊びにきませんか。いろいろ、わからないこともあるのでは。わたしにわかることならなんでも、お教えしますよ」
「それはありがとうございます」
 赤木は、自家発電機で光る照明に明々と照らされた我が家の中を、羨ましげにながめた。まもなくたずねてきた彼の手には、手土産とおもわれる桃の缶詰がにぎられていた。
「これはどうも」
 わたしは頂戴した缶詰をさっそくあけて、ふたつの器に盛った。
「ひろいですね!」
 赤木はまず、私の整然とした住まいに目をみはった。
「あまり飲まれないんですか」
 とわたしは、食器棚から取り出したウィスキーの瓶を片手に、たずねた。
「いや、飲むんですけどね………」
 と口を濁した赤木だったが、その後に、あんながさつな連中とはとてもといいたかったのにちがいないとわたしには読み取れた。
「じゃ、ふたりでゆっくり、飲みなおしましょう」
 このときは赤木も、むしろ乗り気でわたしの差し出すグラスを受け取った。彼の目にも私という人間が、ほかのホームレスとは一味ちがう人種に映りはじめたのだろう。
「上物ですね」
 そういって彼は、いかにもうまそうに目を細め、ぐいとクラスをかたむけた。
 これまで後生大事に保管していた高級ウィスキーの味を知っているということは、彼もまた以前はそのような酒をたしなむ人間だったことを物語っていた。
「私はもうホームレス五年になります」
 すこし目のふちを赤らめながらわたしは、赤木の問いかけにこたえた。そして相手が聴いてもいないのに、
「これで失敗しましてね」
 と小指をつきたてて、ずいぶん前にテレビでながれていたコマーシャルのようなことを口にした。もはや意地もプライドもすてたわたしは、過去をさらけだすことになんの抵抗も感じなくなっていた。
「私も、似たようなものですかね………」
 ぽつりと赤木がもらすのを聞いて、私はそれとわからないよう耳をそばだてた。私が自分の過去をもちだしたのもじつは、彼の返杯を期待してのことだったのはいうまでもない。
「へえ、それは意外だな。あなたのようなまじめそうな方が――」
 それは本音だった。赤木はどうみても、女でつまずくようなタイプの男にはみえなかった。経験者のわたしが言うのだからまちがいはない。
 赤木は黙ったまま、グラスの酒をあけた。わたしがつぐと、それもまた飲み干し、その顔にどこかためらいを浮かべながら、わたしの顔をじっと見返した。
「むりにお話にならなくても、けっこうですよ」
 それが逆の効果をもたらすことを十分意識しながら私がいうと、案の定相手はその気になって、
「わたしのいう女というのは、ちょっと変わっているのです。いくら口でいっても、とうてい信じてもらうことはむりとはおもいますが……」
「まさか夜中になると、首が伸びるとか―――」
 赤木がにこりともしないのをみて、わたしは自分の冗談を恥じた。
 彼はまた黙り込んでしまった。そんな彼にさきを続けさせようとしてわたしは、空になるたびにウィスキーをグラスに満たした。
 やがてひとつ、大きくため息をついてから、ふたたび彼は驚くべきことを話しはじめた。
「あなたはそれを知ったら、いつかは命を落とすことになるかもしれない。それでもあなたは、知りたいとおもいますか?」
「なかなか興味ぶかいお話ですね。そのことを知らなくてもいずれこの身はのたれ死にの運命だ。命とひきかえにするほどの話を、このまま聞かずにいろというのも赤木さん、酷な話ですよ」
 赤木はそれで納得したようだった。ちょっと待っていてくださいと、いったん自分のダンボールの家にもどった彼はすぐ、手になにかをのっけてひきかえしてきた。
「それは、なんですか?」
 みたところ、つくりのしっかりした木製の四角い箱に、わたしは目をむけた。
「このなかに私の女がすんでいるのです」
 なんだ、芸術作品か。わたしは肩透かしをくらった気持になった。おそらくこの箱にはミニチュアの家具かなんかが組み入れられていて、精巧な人形かなにかがその家具のあいだにいすわっているという寸法なんだろう。
「あなたがいまなにをおもっていられるかはよくわかります。わたしもある人にはじめてこの箱を見せられたときは、おなじことを考えたものです」
「いえ、べつに私は―――」
「ま、おのぞきください」
 すべてはそれからだといわんばかりに赤木は、手にのせた箱をわたしの前に差し出した。そのとき彼が、なぜか一瞬躊躇したのを私は見逃さなかった。
 箱には側面にガラス(あるいはレンズ)でおおった二ヶ所ののぞき穴があけられていた。そのひとつに目を当てると中は、テント内の照明とはまたことなる質の、明るい光がみちていた。
 思ったとおり、そこには椅子やテーブルの家具がならんでいる。壁紙や戸棚、卓上のスタンドにいたるまでいずれも驚くほど緻密にできていて、なるほどこれだけでもこの箱をのぞく価値があるというものだった。
「見事な職人芸ですね」
 その賛辞にたいして赤木は無表情でこたえると、すこし苛立ちをかくせずに、
「彼女は見えませんか?」
「彼女ねえ」
 わたしはもう一つの穴に目を近づけてみた。するといま、つきあたりのドアが開き、髪のながい女性が部屋にはいってきた。
「ああ、いましたよ」
 赤木は、わたしが自分でいった言葉の意味をのみこむまでのあいだ、辛抱づよく待っていた。やがてわたしがはっと息をのんであわててふたたび箱に目を押し当てるのを待って、赤木は口をひらいた。
「彼女の名は、あき子といいます。わたしが名付け親です。箱の所有者がめいめいつけるそうです」
「まるで生きているようにみえますね。電子機能が作り出したバーチャル映像ということになるのかな」
 それに対して彼はきっぱりと、
「ちがいます。あき子はたしかに生きています。ちゃんと命があるのです。よくみてください」
 真剣な赤木の態度に気おされたかたちでわたしは、いわれるままに箱のなかの女を観察した。
 あき子は、冷蔵庫からとりだした食事をとりはじめた。出窓からさしこむ光の加減からどうやらそれは、朝食のようだった。沸きあがったコーヒーがカップにつがれるのをみていると、こちら側にまでその香ばしい香りがただよってきそうだった。
 食後しばらくして彼女は、部屋のすみの小部屋にはいり、そのガラス扉に、シャワーをつかう女の姿をうつしだした。これほどのミニチュアながら、こうして一人の女の生きている姿をまのあたりにしていると、わたしのなかに急速にあき子に対する多大な関心がつよくわきあがってくるのを禁じ得なかった。
 着替えをおえた彼女は、バッグをさげて家を出た。扉に鍵をかけたところをみると一人暮らしなのだろう。それがわかったときのわたしのよろこびはひとかたではなかった。彼女が道をあるきだすにつれて、箱のなかの風景も移動しはじめた。のぞき穴にうつる世界はいつまでも、彼女の行動とともに変化した。
「ぼちぼち、いいですか」
 ふいにきこえた赤木の声に、はっとしてわたしが箱から目を離したときにはすでに、はじめて穴をのぞいたときから三十分がすぎようとしていた。赤木をみると、目はとろんとしていかにも眠たそうだった。
「これはどうも。いや、たのしいものをみせてもらいました」
 わたしは箱を彼に返した。彼がそれを手にするのを見たとき、どうしようもない寂しさと、はげしい羨望の念がわたしをとらえていた。赤木がダンボールの住まいにもどってからもその気持はふつふつと私のなかでくすぶり続けた。テレビやビデオで気をまぎらそうとしても、そのどちらもあの箱がもつ魅力には遠くおよばなかった。
わたしが赤木の紙の家の前に立ったとき、すでに時刻は深夜になっていた。
「やっぱり来ましたね」
 ダンボールの闇のなかから、赤木の声が聞こえた。
「わかりましたか」
「わたしも前に、あなたとおなじ行動をとりました。もっともそのときは相手の住まいの窓を割って入り込んだのでしたが」
「やっぱり箱をもとめて?」
「彼女のことが忘れられなくてね」
「それでその箱の持主はあなたに、すんなり箱をゆずりましたか」
「いいえ」
「で、あなたは、どうしたのです?」
「あなたなら、どうしますか?」
「お金で譲ってもらいます」
「はっは。だれが金でこれを譲りますか。それにいまのあなたからいったい、どれだけの金が期待できるというのです」
 わたしはむっとなって言いかえした。
「力づくで奪うと言ったら、どうしますか?」
「もちろん抵抗します。命懸けで箱はまもります」
 相手の挑発するような調子に、わたしの気持はたちまち高ぶった。理性的に物事がはこんでいるときは順調でも、いったんそれが狂うともう、わたしは歯止めがきかなくなってしまう性分だったのだ。わたしは用意した登山ナイフを握りしめると、つまさきでダンボールをしたたか蹴っ飛ばした。
 とびだしてきた赤木の胸に、わたしのふりおろしたナイフが嘘のようにやすやすと突き刺さった。てっきり相手も凶器を手にしているものとばかり思い込んでいたわたしだったが、赤木は素手だった。
 赤木はしばらく地面に膝をついて、上体をふらふら揺らしながら、わたしにむかって口をひらいた。
「わたしもいまのあなたとおなじ手段で、箱を手にいれたのです。人ひとり殺したわたしの、これが運命でしょう。これからもあき子を見守ってやってください」
 その言葉をさいごに、赤木はばったりと地面に倒れた。しかしわたしはもう彼をかえりみることなく、例の箱を手にして一散にかけだしていた。殺人現場をだれかに目撃される不安より、いまつかまるようなことがあったら二度とふたたびあき子をみることができなくなってしまうことを、心から恐れながら。
 
 
 一年がたった。
 わたしはあちこちを転々としながらホームレス生活を続けていた。赤木殺害の犯人として指名手配されていることは知っていたが、この流浪の毎日が運よく私わたしを警察の手から逃れさせてくれていた。しかし、いまではそんなこともどうでもよくなっていた。わたしには箱のなかの留美子(それがわたしの名づけた新しい彼女の名前だった)さえいれば、ほかにはなんの望みもなかった。
 わたしは、箱のことはけっして、だれにも話さないことにきめていた。赤木とおなじ運命をたどることはまっぴらだった。赤木は弱い男だった。箱の持主を殺したことによる罪悪感に堪えきれなくなって、黙っていることができなくなり、その結果あのような最期を迎えなければならなくなったのだ。
 わたしは彼とはちがう。こうしてひとりで、箱のなかの彼女をながめられるよろこびがあるかぎり、どんなことにも堪えていけるだろう。
 ただ、最近のわたしは、留美子を直接この目でみたいという、おさえがたい衝動にたびたび襲われることがあった。ミニチュアということはいまではまったく意識しなくなっていた。箱の中には、あたかも自分と等身大の留美子がいるように思えてならなかった。
なまじこんなちっぽけな箱が、二人のあいだを遠ざけているのだと思うと、急に箱の存在が疎ましく感じられてきて私わたしは、ついかっとなって箱の上を、力まかせに引っ張った。
 たわいもなくそれは、パカッと音を立ててひらいた。
 留美子が、なにがおこったのかわからぬ態で、こちらを当惑の目でみあげたそのときわたしは、ふいにあたりが異常に明るくなったのに気づいて、とっさに頭上をみあげた。
 夜だったはずの空が、四角くぽっかりと開いてそこから、なにか得体の知れないものがこちらをのぞきこんでいるのがみえた。
 わたしはそのとき、いまの自分が留美子とおなじ表情を浮かべていることを、気持ちわるいぐらいはっきり意識した。
                                     



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