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四島トイさん

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後姿が掻き口説く

13/05/19 コンテスト(テーマ):第三十回 時空モノガタリ文学賞【新人】 コメント:0件 四島トイ 閲覧数:1394

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 新入生の村井由香がいじめられているらしい、と感じたのは五月に入ってからだった。同じクラスの派手目な女子達が中心になって巧妙に「浮かせて」いるようだった。入学早々、ご苦労なことだ。女子の結束は恐ろしい。目の前の出来事にそう感想付けて、俺は己が男であることに少し安堵した。
 だからこそ、ある日の放課後、鍵のかかった技術情報室の前にぽつん、と立つ後姿に動揺した。
「何やってんだ」
 声をかけると、彼女はのんびりと振り返った。高校一年生とは思えない緩慢な動きだ。真新しい制服はもちろんのこと、スカートすら微動だにしない。
「……まあ、ちょっと」
「まだ帰ってなかったんだな」
「……まあ、ちょっと」
 ちょっと何だ、と追求したくなるのをぐっとこらえる。
「……情報室に何か用なのか」
「まあ、ちょっと」
「へえ。忘れもんか何かか」
「まあ、ちょっと」
 ため息をついて、職員室から借りてきた鍵束をポケットから取り出す。ズラリと束ねられた鍵達がじゃらりと重い音をたてる。
「……あ、鍵」
「そうだよ。鍵だよ。タイミングがよかったな」
 使い込まれた飴色の鍵穴に鍵を一本一本当てていく。慣れない角度で首を曲げて、シャツの襟首がざらざらと触れる。なかなか目当ての鍵に行き当たらない。新学期からこれの繰り返しだ。最近では鍵の嘲笑が聞こえてくるような気さえする。
「っと。おい村井。開いたぞ」
 振り向いて声をかける。彼女は、ぼうっと窓の外を眺めていた。校舎三階の窓の向こうには、夕焼けに染まる運動場を横切っていく女子ソフトボール部員達の姿が見えた。彼女の視線が一体、何を追っているのかはよくわからなかった。
 村井由香は総じてよくわからない女子だった。女子にしては高い身長や、どんな時でも落ち着いた瞳、寡黙な様は大人びて見えたが、やや遅すぎる動作や口調は大人を通り過ぎて年寄りじみていた。村井さんて何かノリ違うんだよねあたしらとは、とクラスの女子が言っていたのを思い出す。
 技術情報室の中は授業で使った機器が小さな唸りを響かせていた。一つ一つの電源を落しながら、村井の姿を目の端で追うと、ゴミ箱の中からテキストとペンケースを取り出しているところだった。
「……」
 声をかけようとして堪えた。見ないフリを貫こう。考えるべきことは他にある。来月の中間考査や、部活の試合。机の上に山盛りの課題が思い出されてげんなりすれば、胸も痛まない。
 説明書を片手に一通り機器の後処理を終えると、なぜか留まっていた村井を連れ立って教室を出た。夕日はぐっと下がり、遥か向こうに見える建設中のマンションを要塞のように縁取っていた。そんな光景をちらりと見て、再び鍵束と格闘する。
「……その鍵束」
 ん、と振り返ると村井の静かな瞳が俺を見つめていた。
「教室毎にタグが付いた鍵も、マスターキーもあるのに、わざわざ鍵束渡されたんですね。前任の先生いるのに、技術情報室の操作盤の使い方も教えてもらってないんですね。新人っていつまでネクタイとシャツなんでしょうね。ジャージとかポロシャツじゃなくて」
 淡々とした口調で言い終えると、村井由香の口角がわずかに緩む。
「お互い、大変ですね。先生」
 踵を返し去っていく女子学生の後姿を、ただただ呆然と見送った。
 窓の向こうは陽が落ちて、窓ガラスは夜を背景に廊下を映している。
 しかしながら、彼女が見ていたであろう俺の後姿が、どう映っているのか俺は見ることができなかった。


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