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Золотая мышьさん

息抜きにショートショートを書くことありますが、普段はアマチュア短編、中編作家です。

性別 男性
将来の夢 畳の上で死ねること
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Firefighter

13/05/19 コンテスト(テーマ):第七回 【自由投稿スペース】 コメント:0件 Золотая мышь 閲覧数:1193

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 俺は、長谷川眞道はせがわ さねみち、東京は神田の生まれで、消防士だ。俺の父方のご先祖は、江戸の火消しだったという。よく、同僚たちからは、『鬼平犯科帳』で有名な実在もした、火付盗賊改方の長官、鬼の平蔵こと、長谷川平蔵の子孫では無いのかとよく聞かれるのだが、残念ながらそれは無いの父の弁があった。

 江戸時代の消防活動は、火に水をかけて消すよりも、大きな木槌で燃えている家屋も含めて周囲の家屋ごと叩き壊す方が多かったらしい。日本の家屋は木と紙で出来ているから、空気の乾燥した冬場などは一度火がつけば、江戸の町中に火の手が回ったそうだ。 だから、消すよりも火の粉が燃え移りそうな家屋を叩き壊して、火の広がりを抑えていたんだな。
 この時代、放火はボヤであっても重罪だった。実際にボヤで、死罪になった女性がいたらしい。それは張り付けや打ち首ではなく、火炙りだったというから相当に重い刑罰だったのだろう。火炙りは、生きたまま張り付けにされ、下から火を炊かれ罪人は火傷を負いながら徐々に衰弱し死んでいくのだ。火事で焼け死んだ人と同じ苦しみを味あわせるというのだろう。
 逆に現代は、人権だとか五月蝿くて、幾分刑が軽くなっているような気がしてならない。火は生き物だ。例えボヤであっても、一時も気がおけない悪魔の化身のようなものなのだ。
 英語で、消防士はFire Fighter、火と戦う者というらしいが、まさにその通りである。俺たち消防士は、荒れ狂う悪魔のような炎と戦う、言わば戦士なのだ。

 しかし、出動の無い時の俺たちは、日々、実践を踏まえた訓練で、体を痛めつけ、汗を流し、鍛錬する。それが終われば、待機だ。一日何事も無く終わる日もある。ここのところ五日は出動が無かった。今日もとても静かな夜だった。いつもはひっきりなしに行きかう救急車のサイレンの音もしていない。このまま夜勤に入っても何事も無ければいいのだが。
 しかし、世の中、そう、うまくはいくものではなかった。突然に、何かにむせて泣きわめく赤ん坊のように出動のサイレンがけたたましく鳴り出した。俺達は、戦闘服に着替えると、燃える炎のような赤い消防車に乗り込み、けたたましく鳴るサイレンの音を耳元で聞きながら現場へと急行するのだ。

 現場は、高級住宅地だった。既に、火の粉は上空に舞い上がり、その周辺で庭の広い、いかにもお屋敷のような二階建ての大きな日本家屋が真っ赤に焼けていた。
 そして、玄関付近にいた老婆が先方態の隊員の一人に救助されていた。老婆はひどく動揺し、何を話しているかさえわからないほどだった。
 「長谷川チーフ!」大きく響きのよい声の主は、隊員の村松だった。彼は、気づいた俺に軽く会釈すると、老婆を俺に引き合わせた。
 「お家うちには、他にどなたかいらしゃいますか?」
 俺は大きな声で、ゆっくりとした口調で老婆に語りかけた。俺の呼びかけに少々落ち着いたように見えたが、すぐさま顔をぐしゃぐしゃにして俺に泣き崩れて来た。
 「おねがいです。おねがいです。家の中に、家の中に」
 「家の中に、まだどなたかいらっしゃるのですか!」
 老婆の声は震えており、はっきりとは聞き取れなかったが、家の中に誰かがいることがわかった。俺は、前のめりに倒れそうになる老婆の両肩をしっかり抱き止めた。
 「子どもが、わたしの子どもが、逃げ遅れて、家の中に」
 「分かりました。お子さんが、まだ、家の中にいっらしゃるのですね。場所はどこですか?」
 時間は一刻を争うがこれほど大きな屋敷をやみくもに探すのは危険である。火の手は方々に上がっており、時間を間違えれば、建物は倒壊してしまう。そうなれば、生存者を助けにいくことはもはやできないのだ。老婆が平常心を保っているうちに、子どものいる場所を聞き出さねばならない。俺はやさしく老婆をなだめた。ここで感情を高ぶらせては元も子もない。

 すると、老婆は絞り出すような嗚咽混じりの声で、「二階です」と答えた。俺は松村に老婆の保護を頼むと、玄関口まで進んだ。松村は自分も行くと言い出したが、大人が二人もいくと、重みで焼けて強度の弱まった家屋が倒壊しかねない。もし、階段が壊れでもしたら、容易に帰るのは困難となってしまう。
 俺ははやる松村を留めおき、フォローを頼んだ。すると、松村は予備の防護服を放り投げた。これで火から生存者を守れというのだろう。「ありがとう、松村」
 俺は、行ってくるぞ、と心配そうな顔つきで見つめる松村を見やり、まずはドアの横に体を置いて、玄関のドアを開けた。まだ、家の中はそれほど高温には至ってないだろうが、油断は禁物だ。炎が飛び出してこないことを確認すると、俺は家の中へ突入した。

 中は嵐のように渦巻く炎と煙と熱気に包まれていた。壁も天井も紅蓮の炎が、まるで生き物のように這っている。
 高級木材をふんだん使っていたことが仇となり、火の手は予想以上に家中に回っている。もう、一刻の猶予もない。
 「ぼうや、ぼうやー、いたら返事をしてくれー」
 いつ倒壊してもおかしくない家の階段だが、俺は急がず慌てず冷静に一段、一段、足を運び二階へ上がった。

 すると、二階へ上ったすぐ目の前に初老の男性がうずくまっていた。あのお婆さん、いくら気が動転しているからといって、旦那さんを置き去りにしたことも忘れるなんて。
 男性は呼吸が大きく乱れていたので、ボンベの酸素をゆっくり吸わせ、呼吸を整えさせることにした。しかし、足腰も丈夫でない男性一人を自力で玄関まで行かせることは不可能だ。子供も心配だが、この男性も救わねばならない。
 俺は、男性に防護服をかぶせ肩を貸し、ゆっくりと立たせた。

 「ぼうや、待ってろ。おじさんは、かならず戻ってくるからなー」
 そう叫ぶと、俺は男性を支えながら大急ぎで玄関を出た。だが、その直後、俺の背後で何かが崩れ落ちる音がした。そう、家屋が一気に倒壊したのだ。振り返ると礫の山と化した元家屋は紅蓮の炎につつまれていた。そして、その炎はを天をも焦がさんばかりに、まるで昇り竜のごとく立ち昇っていた。

 その炎を見るや否や、俺の足が瓦礫の中に突進しようと早足になっていた。崩れたとはいっても、よく見れば、崩れ落ちたのは瓦や壁の板や漆喰だ。頑丈な柱はまだしっかりとしている。まだ、助けられる。坊やを俺は助けられる。
 しかし、体は、意思とは真逆の方向へ移動しているのがわかった。俺は隊員たちに両脇を固められ、遥か後方へ引きづられていたのだった。
 「おまえら、何をしている。俺を早く、現場へ戻せ。現場へ戻さないか」
 「ガス管破裂の危険があります。ここはもうこらえてください」
 「隊長は十分に人命救助をされました」
 「馬鹿、家の中にまだいるんだぞ」
 本当に隊員とのやりとりはわずかな時間だったが、目の中に巨大な火柱があがり、周辺の家屋がその爆発でふっとんだ。そして、原型をまだ保っていた家屋は一気に崩れ落ちた。 その瞬間、無意識に大声が出ていた。自分でも何を叫んでいるかわからなかった。ただ、心の中では、「ぼうや、すまない」を何度も繰り返していた。

 俺は、両膝を地面に付け、両手を地面に落とし、声にならない声で、胃や腸をねじり絞られるかのように慟哭した。そして、両の目からはとめどもなく怒濤のように涙が流れ落ち、目の前の光景は形が原型をなさないまでに歪んでいた。

 涙を滝のように流しながら、両膝も肩も落とした俺の傍らで、あの老婆の声がかすかに聞こえた。「ぼうや」と。
 すみません、お婆さん。俺は、俺は、あなたの大事なお孫さんを助けられませんでした。
 「ママ!」
 俺の背後で震える声の主が、今にも枯れそうで、弱々しいかすかな声で、そう叫んでいた。それは、子どもっぽいが、どこか大人のような声でもあった。
 俺は頭を上げ、零れ落ちる大粒の涙をぬぐった。目の前には、老婆と抱き合うあの初老の男性の姿があった。


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