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アラサー主婦の書きたい放題

13/05/11 コンテスト(テーマ):第三十一回 時空モノガタリ文学賞【 名古屋 】 コメント:0件 おでん 閲覧数:1255

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 のぞみ227号(N700系)。グリーン車両。窓側。
 今、名古屋を目指しています。
 その道中にこのブログを書いています。
 しばらくお付き合い願います。

 私は普段、ハウスクリーニングの仕事をしています。
 今日も一件、仕事をこなしてきたところです。派遣先は足立区のとあるマンションで、入居前の空き室清掃を行わせて頂きました。五階建で部屋数も多く、またオプションとして、全部屋に備え付けてあるエアコンの内部洗浄も申し込まれてあったので、効率よく作業を進めなければ勤務時間内に仕上げるのは困難でした。
 でも、パートナーが宗像さんだったので、思っていたよりも早く作業を終えられました。彼女は、ハウスクリーニングの仕事をはじめてもうすぐ十年になる大ベテランです。まだ一年目の私は、毎日のように多くのことを学ばせていただいております。

 名古屋駅に到着しました。桜通口という玄関口から出てすぐ、路上でダンスを披露している若者の姿がありました。学校の先生みたいな顔をした青年でしたが、そのギャップがいいなと思いました。そしてその青年を、両の手を組み祈るようにして見守る女性を発見したとき、おかしな話、ここ名古屋がすぐ好きになりました。
 あら。もうこんな時間です。東京に帰れなくなってしまうといけないので、まず目的を果たしてしまいましょう。

 歩きながらですが、ここでちょっとお恥ずかしい話。
 大学を卒業してすぐに結婚した私は、社会に出て働くという経験がありませんでした。父の経営する会社に勤める夫の給料だけでやりくりは容易でしたし、私の母も働いたことのない人間でしたので、主婦とはそういうものだと、勝手に思いこんでおりました。
 ところが二人の会社がM&Aとやらにあい(はじめ、お菓子の企業にでもなったのかと勘違いしました;;恥)、生活に以前ほどの豊かさがなくなると、私の中で何かしなくてはという使命感がふつふつと沸いてきて、ひょんなことから、このハウスクリーニング業界で働くことになりました。
 
 そこで出会ったのが宗像さんでした。
 仕事場での宗像さんは口が悪いです。ボケだの馬鹿だのは当たり前。私などはよく、何もしらない役立たず! と罵られています。
 彼女がこわくて、人はどんどん辞めていきます。私は以前、次の働き口があるのだけれど一緒に来ないかとある人から誘われました。でもお断りしました。仕事が辛いものだということは父から聞かされておりますし、周りの反対を押し切ってまでこうして働かせてもらっているのですから、途中で逃げ出すような真似はしたくなかったのです。

 ところが、そんな宗像さんが一日だけ、私に対して優しくなったときがありました。面倒な水回りの掃除を引き受けてくれただけでなく、仕事が終ったら飲みに行こうと誘ってくれたのです。
 連れてこられたのは電車が通る度に揺れるような場末の居酒屋でした。
 ほどなく宗像さんは、軒先からおちる雨だれのように、ぽつりぽつりと身の上を話はじめました。二度の離婚。子どもの非行。だまされて背負った借金。彼女が歩んできた人生は壮絶で、私は涙を流さずにはいられませんでした。
 そしてそろそろ帰るというときになって、宗像さんはおもむろに私の両手を握ると、何も言わずに十万円貸してくれと言いました。
 まろやかな深みを含む、薄手の上着が恋しい夜でした。

 白川公園の少し先、名古屋高速を右手に見ながら進んだところにある「きつね屋本舗」は、祖父の代からお世話になっているういろう屋で、私も幼い頃からここのういろうを美味しくいただいております。いつもはインターネットで取り寄せているので、こうしてお店に直接足を運んだのは今日が初めてです。
 素性を明かすと、裏からご主人がわざわざ顔を出してくれました。先代の頃からおせわになっております。いえいえこちらこそ、今後ともよろしくお願致します。こうした、つむじ同士のやり取りは、母が得意とするものでした。
 抹茶、小倉、こしあん、よもぎ……。
 支払いを済ませ、これからまた東京に帰るのだと言うと、ご主人はネットでご注文いただければ、すぐにお届けいたしますからと、優しく微笑みました。
 でも、人へのプレゼントは、こうして足を使って選びたかったのです。勤続十年になるあの人へ。父の教えから、彼女が本当に望んでいるものは与えられませんので、今の私にできる精一杯のことをしたかったのです。

 
 駅に戻ると、あのダンスをしていた青年はいませんでした。
 彼を祈るようにして見守っていた女性の姿も、どこにもありません。

 いけません。
 寂しさはお土産としては不適切です。
 ここ名古屋に、ちゃんと置いていきましょう。
 
 さあ、明日も仕事です。
 また、たくさん怒られてきますね(笑)。


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