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NOGAMIさん

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あの夜

13/05/11 コンテスト(テーマ):第三十一回 時空モノガタリ文学賞【 名古屋 】 コメント:0件 NOGAMI 閲覧数:1396

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 祭りの行列は矢場町駅へ向かっている。名古屋まつり最大の見物、信長・秀吉・家康の“三英傑”のパレードはいよいよ大詰めを迎えようとしていた。時折、沿道の観客から大歓声が上がる。

 京都の大学に通う大島一幸は、奴(やっこ)の装束を着て、郷土英傑行列の中にいた。手には長い槍を持っている。先頭は既に最終地点に到着しているようだが、関係者、観客、通行人が矢場町駅前に密集し、行列はなかなか進まない。一幸もさっきから足止めを食っていた。
 「ふぅ・・・」
 一幸は緩んでいた草鞋の紐を結び直すため、槍を他の奴(やっこ)に預け、大通りの真ん中にしゃがみ込んだ。汗を掻いた頭に秋風が通り抜ける。ふと、沿道の観客に視線を向けた。

 「あっ」

 あの老婆が立っていた。あの腰の曲がった老婆が。あまりの唐突さ。体が震えた。


 一幸は大学で史跡同好会に所属している。昨年、同好会の会長山下の誘いで、京都の時代祭に参加した。奴(やっこ)の装束を着て、重い祭具を持ちながら京都御所から平安神宮までの道のりを数時間かけて歩く。重労働だが数万円の日当がもらえる。時給八百円のファーストフード店でアルバイトをしている一幸にとっては効率よく大金を稼げるおいしい仕事だった。
 今回、山下から「名古屋祭り、行く気ある?」とまた声がかかった。名古屋祭りの日程は二日間。授業のない土日。日当を二日分貰える。断る理由がない。

 一日目。好天に恵まれ、客足が多く賑わっていた。一幸は一日かけて市街地を練り歩いた。久しぶりに草鞋をはいたせいでくるぶしのあたりが痛い。移動距離は短いが待ち時間が長く、上昇した気温に体力を吸い取られ、ひどく疲れた。明日の集合時間は早朝六時だ。ホテルに着いたらまずひと眠りしよう。
 一幸は、山下と手羽先屋で夕食をとると、宿泊先のホテルへ直行した。チェックインを済ませ、すぐにシャワーを浴びた。たまに早く寝ることはあるが、だいたい深夜に目覚める。朝まで眠り続けることは滅多になかった。疲れているとはいえ、途中で目覚めるだろう。そう思って目覚まし時計をセットすることなく眠りについた。
 深夜、尿意を感じふっと目覚めた。午前二時だ。一幸の読みどおりの時間だった。もうひと眠りしようと思ったが、狭いビジネスホテルの部屋。空気が籠っている。外の空気を吸いたくなった。小窓から二十四時間営業の大型スーパーが見えた。軽装のまま部屋を出た。
 この全国チェーンの大型スーパー、名古屋随一の繁華街に位置しているが、時間のせいもあり、客はほとんどいない。店内に入り、まず案内板で食料品のフロアを確認する。地下一階のようだ。階段で地下に向かう。
 階段の中腹まで降りた時、空気の色が変わった。一幸の立っている位置からは、地下一階のフロア全体が一望できる。段ボールに入れられたまま並べられた常温のジュース。「限界価格!」と書かれた張り紙。商品がほとんど残っていない冷蔵ショーケース。ファミリーパックのお菓子の山。店員は冷凍食品のコーナーで平型のショーケースの中を覗き込んでいる。息の詰まるような地下空間。静止画のようだった。一幸は階段を降りようとしたが妙なことに足が動かない。金縛りにあったような感覚。どうなってるんだ一体?
 一幸は店内を見渡した。店内にぽつぽつと客はいるが、皆一人で、黙々と買い物をしている。よく見ると全員老人でみすぼらしい格好をしていた。まるでこの時代の人間ではないような。こんな時間に老人が買い物に来てるなんてちょっと怖いな、と思った。家族はいないのだろうか?年をとるといくら早起きになるとはいえ、午前2時は早すぎる。

 「よいしょ、よいしょ」

 後方から細い声がした。一幸が顔だけ振り向くと、腰の曲がった老婆が階段をおりて来た。店内の客と同様、粗末な着物を着ていた。老婆は一幸を追い抜かし、階段を下りきったところで、立ちどまった。老婆は少ししてまた歩き出し、惣菜のコーナーへ向かった。一幸は一歩も前進できなかった。

 「ホテルへ戻ろう」

 誰に言うわけでもなく、ぼそっとつぶやいてから、後ずさりした。足が動いたことに少し安心した。ビジネスホテルのロビーの自動販売機でジュースを買い、部屋に戻った。このジュース、さっきの店なら半額で買えるなあ。そのようなことを考えていた。

 一幸は、草鞋の紐をきつめに結び直した。槍を受け取り、定位置に戻る。
 名古屋祭りは終わりを迎えようとしている。
 老婆は懐かしそうな表情で微笑んでいるように見えた。織田信長隊、豊臣秀吉隊、徳川家康隊、馬上で華やかな衣装を身にまとった武将。対照的な老婆の服装。きっとあの老婆は戦国の英雄達と同時代に生きていたんだろう。一幸はそう思った。


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