1. トップページ
  2. タンポポ

ジェニーさん

最近情緒不安定ぶりに拍車がかかっている精神的ひきこもりDEATHorz

性別 男性
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

1

タンポポ

13/04/29 コンテスト(テーマ):第七回 【自由投稿スペース】 コメント:0件 ジェニー 閲覧数:1154

この作品を評価する

 ここ数日、晴れた青空を見る事は無かったのに、今日になって雲ひとつ無い晴天を拝めるなんて、皮肉なものだと思う。苦心の末に何とか書き上げた手紙を封筒の中に入れ、一息つくとテーブルの上に置き、ベランダに出る。
 太陽は、雲ひとつ無い青空の上で燦々と輝いていて、春らしい暖かくて優しい空気が、ベランダの周りに満ちていた。大きく息を吸い込んでみる。淀んだ体内の空気が、僅かだけど軽くなった気がした。ベランダの柵に寄りかかり、五階建アパートの四階という中途半端な位置にある我が家から、眼下に広がる疎らに車がとまっている駐車場を見やる。

 ――子供の頃、下に駐車している車が駐車場一杯になっている様を見た時は、子供心ながらに不思議とわくわくした事を思い出す。それが高じて車に興味を持つようになり、大学を卒業後、車の整備工場に就職した。最初は辛い事の連続で、心が折れそうになった日を数え上げればキリが無い。けれど、大学の頃から付き合い、就職と同時に結婚した妻の事を思い、それでも自分なりに頑張って勤め上げてきた。その甲斐あってか入社して三年後、偶然にも私の誕生日と同じ日に子供が生まれた時は、妻や私は勿論、母も我が事のように喜んでくれた。皆笑顔で、この「幸せ」がずっと続く。そう思っていた。

 四年前の今日、リストラに遭うまでは。

 それからは今までの日々から一転し、坂道を転げ落ちるかのように悪化の一途を辿った。
本当に、あっと言う間だった。最初の内は、「職を失ったが、まぁ何とかなるだろう」なんて楽観的に考えていた。それがいけなかったのだろうか。なかなか再就職はならず、徐々に家計は苦しくなっていった。
 バイトを始めるものの、妻と子供を養うには到底額が足りなかった。バイトを掛け持ちするが、その頃には私も三十代になって、バイトの合間に面接をするも、難色を示されるだけで再就職は遠のくばかりだった。しかし、妻に余計な心配を掛けさせたくはない。
 その一心で借金までしてしまい、気が付いた時には取り返しの付かない額まで膨れ上がっていた――。

「……さて、と」
 私はロープの片方をベランダの柵に結ぶと、もう片方に輪を作り、それを首に掛ける。
椅子に上り、柵の上に立つと、目を瞑り大きく深呼吸をする。「万一のときの為に」と払い続けていた保険が、まさか今になって役立つとは。
 それにしても、こんなモノしか妻と子供に遺してやる事が出来ない私を、妻は責めるだろうか? 悲しんでくれるだろうか? それとも……?
 いや、考えるのはよそう。もう、終わった事だ。私は静かに目を開き、最期の一歩を踏み出した。重力に従って体が落ちて、ロープが一瞬にして張り詰める。それにつられて首に掛かったロープが私の息の根を瞬時に奪う。

 ――はずだった。

「なっ」
 首に掛けるときに余裕を持たせたのが不味かったのか、あろう事かロープがすっぽ抜けた。と、気付いた時にはもう私の体は頭を下にして、二階の辺りにまで落ちている。地面までは、後残り少ない。
 あー、もし車の上に落ちたら弁償代掛かるなぁ。などと、随分間の抜けた事を考えながら、最後に、我が侭な願いを一つだけ想った。「どうか、せめて楽に死なせて欲しい」、と。
 そして、私の体は無残に地面に叩きつけられた。ぐべちゃっ! という、腐った果物が潰れたような音と共に。

「――え?」
 目を開くと、私は仰向けに寝ていた。偶然にも、駐車場とアパートの間にある未舗装の地面に落ちたみたいだ。数日前まで降り続いていた雨の影響か、地面はぬかるんでいて、幸いにも九死に一生を得たみたいだ。
 とは言え、体はとてつもなく痛かったが。何とか起き上がろうと右手に力を込めると、何か変な感触を覚えて右を見やる。そこには、
「……あ」
私の手によって潰されてしまったであろう、蕾のままのタンポポがそこにあった。大き目のタンポポに寄り添う様に、小さなタンポポが泥まみれになって倒れていた。
 強張った手を上げてみるが、タンポポは起き上がる事無く、地面にへばり付いたままだった。乳白色の液体が滲み出ている折れた茎に、潰された蕾は泥と混ざって酷い有様で、その姿は私が本来迎えるはずだった最期を、まざまざと見せ付けられているようだった。
潰れたタンポポを掬ってみる。掌に、冷たさが空しく広がっていく。
「――ごめんな」
自然に、涙と共に言葉が零れ落ちた。
痛む体を動かして、両手でタンポポを包み、蹲るみたいに体を丸める。
「ごめんなぁ」
何時しか私は、声を上げて泣いていた。
三十二年前の今日、生まれた時の様に。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン