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葬式

13/04/23 コンテスト(テーマ):第三十回 時空モノガタリ文学賞【新人】 コメント:2件  閲覧数:1471

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 あの日以来違う人間になっているのだと思った。以前の”ボク”という過去の人間であったなら、わざと悲しい表情をしないといけないと思っていたし、もし涙が込み上げて来ないなら懸命に渋面を作って「お気の毒に」と言っていたことだろう。しかし今は笑っている。いかにも幸せそうに生きていることに感謝しているみたいに。
 まるで何事もなく過ぎ去る昼や夜や一週間が当たり前のように過ぎ去っていくみたいに自然にその他人の死という出来事が心の中に入ってくる。
「お気の毒に」とは言わないで「びっくりしました」とまるで小学生のような気遣いのない率直さでボクは遺族の悲しみっていうものに答えている。
 弔問客でごった返す礼拝堂の前には喪服を着た見たこともない”彼”の関係者が次々と集るが、挨拶をする暇もなくその群れから外れてしまう。
 まるで部外者のようにここにいるボクだけが異国の住民みたいにぽっかりとその空間だけ浮いていて、あとはいつもの日本標準時間での2013年5月20日なのだ。
「お集まり頂いて感謝しています。故人も皆様との別れを偲んでいることと思います」
だなんて、今まで死んだあとのことなんか、魂や霊のことなんか考えたって意味がない、時間の無駄だと語っていた室井の息子でも父親の死に際してはその考えを脇に置いておいて、死後の世界をやんわりと肯定する。僧侶がレガシーに乗ってやって来ると厳かな雰囲気はよりいっそう高まっていよいよ葬儀がはじまる手はずが整う。
 読経がはじまり菩薩というワードが聞こえてきてもそれが室井に結びつくことはなんてなかった。はじめから、生まれた時からあいつはそんな人間じゃないんだ。人は生まれた時からいい奴も悪い奴も決まっていてそれを変えることなんてできない。神や仏にでさえだ。ボクはボクで室井は室井。この後に及んでも緊張は沸き起こらず、哀しみもわかず、ただ何の感慨もないままノブトは上司の死に接している。
「人はいつか突然に死んでしまうものよ。死にそうになった人はまるで思い出したみたいに急に天国に昇ろうとするの。早く地獄のような人生におさらばしたいのよ」
読経の合間、そう言っていた祖母の言葉が急に脳裏に思い浮かぶ。最後は癌になり苦しんで死んだ祖母はきっと最後の最後でやっと死を思い出したんだろう。ベッドのかたわらで彼女の最後の汗をぬぐった事を思い出す。ツーッという心電図の音とともに彼女の内に眠っていた壮大な記憶は蘇えり彼女は死んだ。私は誰であるか、どこから来てどこに向かうのか。
 もしそうなら室井もきっと思い出したに違いない。あの事故の瞬間、空に溶けるようにはずむ身体を横たえながら、きっとすべてを理解したんだ。死に際に、あの高慢な野心家でさえ、心に潜む繊細さが事故のショックで蘇り、まるで人格が入れ代わるみたいに、神がかりの力が働いて、きっと室井は死ぬことを選んだんだ。生きるよりも死んだ方がマシ。結局は死人はそれを選ぶんだ。
 
 葬儀が終わると室井の身体は火に焼かれるために出棺された。読経の最中から涙が止まらなくなった夫人は親族に腕を抱えられながら会場をあとにする。
「あなたの心の中にずっとご主人は生きていますよ」
葬儀に勤める老婆が声をかけたが、彼女は言葉なく何度も頭だけで頷いただけだった。もうどこにもいなくなった室井の亡骸を乗せた霊柩車を見送る最中、ボクはふとこのまま逃げたくなった。仕事を逃げ出すみたいに。意味のない記憶が次々と頭の中に過ぎり、昨日ぼぉっと見たテレビの映像がパズルみたいに現れては消えていく。
 結局火葬場では何もすることはない。スイッチが押されあとは灰になったかつての室井が出てくるのを、寿司を食べ談笑しながら待つだけだった。ノブトが何もしなくても自動的に室井は煙となって天に昇っていく。まるで不純物をろ過するみたいに、放っておけば作業は勝手に進んでいく。
 2時間焼くと火葬が終わったと告げられた。今となっては何の期待感もない。炉前のホールに向かう。カートに押されながら現れた室井はやはりただの灰だった。
「これ喉仏です。本当に仏様になったように座禅を組んでいるように見えますね。はっきりと形が残っています。これは室井様が生前ご健康であられた証拠です」
骨の部位を説明していく職員の話を聞きながら頭の中では別のことを考えている。
「その骨があの室井?」
心のなかで再び黒い笑いが起こる。はじめから、ここに来たときにはもう室井はいなかっただろう。だからこうして葬式をしたあと火葬場に来て骨を焼いたんだし、室井夫人は読経中に涙を流したんじゃなかったか?それとも、夫人はこの本当は喉仏でもない骨を室井だと思って生涯大事にして暮らすとでもいうのだろうか。室井が仏になった証しとしての第二頚椎を抱きながら。


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このストーリーに関するコメント

13/04/28 光石七

拝読しました。
室井が仏として新人、と解釈していいのでしょうか?
「何のための墓参りなの?」と懐疑的だった昔を思い出しました(苦笑)

13/05/07 

>光石七さん
ジャン・リュック・ナンシーっていう哲学者の考えを自分なりに消化するために書いてた作品でした。
評価されると思ってなかったので安心しました。
いや、お題に合わせるために主人公が会社の新人っていう設定にしたんですけど、無理ありましたね。すみません。

墓参りの意味も考えると難しくなりますよね。
個人的には意識っていう次元では、死んでいようが生きていようがみんな繋がってる気がしますね。
だから心霊スポットで悪寒も感じるし、残留思念もあれば遠隔ヒーリングって不思議な仕事も存在してると思います。

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