四島トイさん

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13/04/22 コンテスト(テーマ):第二十八回 時空モノガタリ文学賞【 浅草 】 コメント:5件 四島トイ 閲覧数:1506

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「この写真を所望とは、お目が高い」
 大福のように白くて丸い男が、口の端を吊り上げた。
「何せ一代前の雷門の大提灯が写ってるんだから。しかし御覧の通り写真は一枚。あんたらは二人。どちらかが譲るかね。いや、譲る気があるなら初めから棚を挟んで取り合わんか。失敬失敬」
 ほっほと笑うその顔に、こっそりと舌打ちする。性悪の男に頭を下げるほど嫌なこともあるまい。ついでに苛々しながら、横に立つ人物を横目で睨み付ける。背は低く、紺色のパーカー姿にフードを被り、顔にはサングラス。目を合わせようともしない。どこの誰ともわからないこいつがこの写真を欲しがらなければと歯噛みする。
「ではこうしよう。替わりの品を献じた者に写真を渡そう」
「替わりの品?」
「そう。浅草会の長たるわしを満足させる娯楽を持ってくれば、写真はくれてやる」
 男はそう言ってにんまりと笑った。

 銀座線の改札を抜け、浅草地下街をしばらく歩く。理髪店とマレーシア料理の店に挟まれた小さな間口。蒲鉾板よりやや大きい表札に浅草会と墨で書かれている。その場所こそが、日々失われる大衆娯楽の最後の砦。地下組織「浅草会」である。
 浅草といえば大衆娯楽の拠点だ、とは大学の先輩ありで、僕を浅草会に連れ込んだ菅谷さんの言葉だ。
「俺や野崎みたいな田舎者にとって、浅草は避けては通れない東京への道なんだよ」
「まあ、確かに中学の修学旅行で来ましたからね」
「修学旅行。俺は男子校だったけど懐かしいよ。まさか野崎お前、女子と東京見物なんぞしてないだろうな」
「……してませんよ」
 正確にはできなかった。当時気になっていた女子はいたのだ。小森さんという名前も、やや丸みがかった顔つきもまだ思い出せる。ただ、誘い出す度胸はなかった。むしろ班行動では周囲に囃されて、余計に声がかけられなくなってしまった。別の高校に進み、大学に入った今日に至るまで、風の便りすらないことは嘆いても仕方あるまい。
「浅草会にはな、浅草の大衆娯楽と名の付くものがどんどん集まってくるんだ」
 狭い通路を抜ける菅谷さんの声が僕の意識を引き戻す。通路の脇には堆く物が積まれていた。劇場看板に、おみくじの引き出しまでが埃を被っている。
「……これ売り物ですか?」
「ある者にとってはそうだし。ある者にとってはそうじゃないな」
 不意に奥から声がして顔を上げる。
「下手に触りなさんなよ。冴えないあんたに年代者のストリップ写真は勿体無い。隅田川花火大会の時の浴衣美人写真集なら安くしてやる」
 それが、件の性悪男こと浅草会の長とのファーストコンタクトであった。

「なるほどなるほど」
 会長は手にした品を見比べる。演劇劇場の記念テレカと花やしきのゾロ目入場券。一週間かけて僕と、もう一人が手に入れてきた「替わりの品」だった。
「なかなか面白いもんが出てきたねえ」
「……じゃあどっちと交換してくれるんです?」
 身を乗り出す僕を焦らすように会長は、そうさなあ、と顎を撫でた。
「両方合せてなら、交換してもいいな。まあ、後はあんたらで決めてくれ」
 しれっとテレカと入場券を懐に仕舞うその手を、ぐい、と掴む。
「何だそれっ。馬鹿にしてるのかっ」
「おいおい写真一枚でそんなに怒るんじゃないよ」
 にやけ顔と相まって頭にくる。
「あのなあ、あんたが言ったんだ。自分と誰かじゃ価値が違うんだって」
「女子中学生の写真欲しがる奴が鼻息荒くするんじゃないよ」
「女子中学生じゃないっ。小森さんだっ」
 え、と横の人物が声を上げる。
 ああそうだ悪いかと、僕が勢いよく振り向いたのと、その人物がサングラスを外して「野崎君?」と口を開いたのは同時だった。
「わ、私、小森です。中学のとき一緒だった……」
 息をするのも忘れ頭の中が真っ白になる。
 目の前に立つ小柄な女性と、記憶の中の小森さんがくるくる回る。。
「な、何で。え、えと」
「え、あのね。え、と……私、大学こっちで。たまたま写真、見つけて。懐かしいな、て」
 大人になった小森さんは言葉を切ると、僕をまじまじと見つめた。わあ野崎君だ、という、どこか呆けた声を漏らす。それは正に僕の感想でもあった。ああ小森さんだ、と。
 しどろもどろになる僕らをハテナ顔で見ていた会長が、状況を察して不機嫌そうに、ふん、と鼻を鳴らした。
「……こんな子どもっぽい写真はウチにはいらん。くれてやる。ええい、出てけ出てけ。お熱いのはごめんだよっ」
 忌々しそうに投げて寄こした一枚のポラロイド写真。
 雷門の前に立つ中学生男女。互いに同じ班の連中に肩を押されながら、無理矢理、センターに立たされる僕と小森さんが、今と同じくらい恥ずかしそうに頬を染めていた。


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このストーリーに関するコメント

13/04/22 青海野 灰

浅草らしい黄ばんだ下町情緒からの、まさかの爽やかラブストーリーに心が華やいで微笑ましく感じました。
二人にはぜひ幸せになってもらいたいですね。
ところで小森さんはなぜこんな怪しい格好をしていたのでしょうか?極度の恥ずかしがり?

13/04/23 草愛やし美

四島トイさん、拝読しました。
浅草のひなびたよさに、爽やかな青春ドラマが似合ってます。その写真、二人にとって忘れられないものだったことでしょう。初恋はレモンの味、そういう作品ですね。浅草のイメージにぴったり合った素敵な作品だと思いました。文章、構成、語彙の選び方などなど、四島さんは、本当にうまいですね。

13/04/23 クナリ

自分も、四島さんの言葉選びは好きです。
コメディタッチで終わるラスト付近のおかげで、読後感も良い
良作でした。

13/04/24 四島トイ

>青海野 灰様
 読んでくださってありがとうございます。詰め込みすぎたと反省しきりではありますが、微笑ましいと言っていただけてありがたい限りです。小森女史の服装は、あまり女性の出入りしそうにない場所だからこその変装、を意図してのものでした。必要な説明がうまく話しに練りこめるよう今後も精進していきたいと思います。コメント本当にありがとうございました。

>はぐれ狼様
 前回に引き続き、読んでくださってありがとうございます。以前、同じような地域題材で京都がテーマのときに諦めてしまったので今度こそは意気込みながらも、あまりうまく書けませんでした。秀作はあまりに勿体無いお言葉で恥ずかしい限りです。表現の幅も狭いので、これから広げられるよう日々注意したいと思います。コメントありがとうございました。

>草藍様
 以前から読んでいただき本当に感謝です。本作も過去作と同様、読み手様の想像力におんぶにだっこです。作品としては伝える力の弱いものになってしまい悩ましい限りで、素敵な作品とのお言葉にはただただ恥じ入るばかりです。それでも、うまいと評していただけたことにとても力づけられます。今回はコメントありがとうございました。

>クナリ様
 読んでくださってありがとうございます。毎回ありがたい限りです。わたしの貧弱な文章力は出目の決まったサイコロ状態で、ほとんどバリエーションがありません。なかなか増やせないのが頭の痛いところなのですが、こればかりは地道に蓄積するより他ないという思いです。良作とは勿体無いお言葉です。ありがとうございました。

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