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13/04/13 コンテスト(テーマ):第二十九回 時空モノガタリ文学賞【 手紙 】 コメント:6件 alone 閲覧数:1650

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 ――この手紙を読んでいる頃には、もう私はこの世にはいないでしょう。
 これは、家出少年の書置きに綴られた「捜さないでください」と同じくらい、お約束の言葉だろう。テレビや映画では穴が開くほどに使い回されてはいるが、今でも涙を誘う効力は衰えていない。
 しかし、それは実際に死んでしまった場合である。書いた本人が目の前で病気と無縁な元気な姿でいると、滑稽であることこの上ない。
 俺は手にした遺書もどきを、彼女の前にチラつかせた。
「この手紙、一体どういうことだよ?」
 彼女は俺の持つ手紙を見つめたが、思い当たる節がないのか、小首を傾げている。見かねて俺は手紙の冒頭を読み上げた。
「この手紙を読んでいる頃には、もう私はこの世に――」
 そこまで聞くと記憶が強制的に呼び起こされたらしく、彼女は「うあああっ」と焦りと恥ずかしさに満ちた声を上げ、俺の手から手紙を奪いとろうとした。だが、それを俺は避け、離れてから訊ねる。
「それで、どういうことなの? この手紙は」
「べ、別にいいじゃん。なんでも!」と言って彼女は赤ら顔で迫ってきたが、俺は軽々と避けてやる。「もぉー! 返してよっ!」
 恥ずかしさからなのか、彼女は上擦ったような声を上げている。顔の赤さも増しており、今では耳までが赤く染まっていた。
 ひょいひょいと避ける俺に、彼女も降参したのか、遂には無駄な抵抗をやめた。
「話す気になったか?」俺はニヤニヤと笑いながら訊ねた。
「話したら返してくれるんでしょうね……」恨み言を言うように彼女は呻いた。
「話してくれたら、考えてやるよ」
「そんなのズルい!」
「なら良いんだよ? 俺は返さないだけだから」
 彼女は口を真一文字に結び、眉根を寄せた。「分かった……。でも、話したら返してよね。絶対よ!」
 そう言うと、ぎこちない口振りながら彼女は話し始めた。話してながらも彼女の瞳は右へいったり左へいったりと随分と忙しい。その様はまるで、嘘がばれた子供が母親に本当のことを話しているかのようだった。
 彼女の話をまとめると、こうなる。
 少し前に彼女は風邪をひいた。咳やくしゃみ、鼻水に常に悩まされ、喉は針で刺されているかのように痛み、高熱にうなされ、体温は四十度に近かったそうだ。しかし、所詮はただの風邪であり、命に関わるようなものでは決してなかった。だが、高熱で浮ついた彼女にとっては、死を覚悟するほどのものだったらしい。
 彼女は汗でべたつく身体に鞭を打ち、力の入りづらい手でペンを持つと、便箋に辞世の言葉を綴った。書き上げたものは封筒に入れ、死後に見つけてもらえるように棚の中に隠した。
 そして、当の本人が忘れた頃に、その手紙を俺が見つけたというわけだ。
「話したんだから、ほらっ、返して!」彼女はトマトさながらに顔を赤くしながら言ってきた。
 しかし、俺には返す気などさらさらなかった。それは別に、彼女の弱みを握りたいというわけでもなく、いつまでも彼女を小馬鹿にしたいというわけでもない。単純に、手紙の続きに書かれている言葉をずっと手元に置いていたかったのだ。
「返してよー!」
 彼女が金切り声をあげて襲いかかってきた。あまりの必死さに俺は噴き出してしまい、彼女も俺につられてか、恥ずかしさで赤面していた顔に笑みを浮かべた。
 彼女の笑顔を見つめ、俺は手紙の言葉を思い出す。
 ――私はあなたを心の底から愛しています。その気持ちはこれからも、変わることはありません。
 幸せな時間。こんな時間が永遠に続けばいいと思えた。

   *

 定期的に響く電子音に導かれ、私は目を覚ました。
 周囲を見渡すと、見慣れた病室が視界に入る。そこには夢でみた部屋の断片も何も感じられなかった。
 私は不意にベッドから起き上がり、引き出しから便箋を一枚取り出す。骨と皮だけになった手でペンをなんとか握ると、震えるペン先を便箋に向けた。
 手紙の冒頭も内容も、すでにすべて決めていた。あの時とは立場が逆になってしまってはいるが、君に伝えたい想いは、あの時の君とまったく同じだ。私は君を愛している。その気持ちはこれからも決して変わらない。
 頬が温まるのを感じた。
 あの時の君の気持ちが、今なら分かるよ。改めて言葉にすると、こんなにも恥ずかしいものなのだな。
 目頭が熱くなり、頬を涙が伝っていくのを感じた。
 君と別れたくないな。ずっと一緒に居たいよ。
 私は手紙をゆっくりと書き始める。
 この言葉を、また君と笑い飛ばしたいものだ。元気なくせに何を馬鹿なことを言っているんだ、と笑いあいたいものだな。
 私は冒頭を綴った。
『この手紙を読んでいる頃には、もう私はこの世にはいないでしょう』


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このストーリーに関するコメント

13/04/13 光石七

拝読しました。
予想を裏切り話が二転三転、最後に心に残ったのは切なさ、甘酸っぱさでした。
私も風邪で死を覚悟した経験があるので(苦笑)、彼女のことは笑えません。
でも、本当にいい恋人たちですね(最後の時点では夫婦かな?)。
素敵なお話でした。

13/04/13 クナリ

ああ、微笑ましいいい話だな、と思っていたら心温まる展開があり、さらにラストシーンでは完全にやられました。
読み手として完全に作品に翻弄され、素晴らしい構成だと思いました。

13/04/13 alone

>光石七さんへ
予想を裏切ることが出来てよかったです。少々詰め込み過ぎた気もしますが(苦笑)
けれど、読み終えて切ない気持ちにさせられたのは嬉しい限りですよ。
自分も風邪ではありませんが似たような経験があります(笑)
過ぎてみれば、なんであんなことを思っていたのかと笑いたくなってしまいます。
コメントありがとうございました。

>クナリさんへ
クナリさんを翻弄させることができて良かったです(良かったと言って良いものかはアレですけど^^;
いざ書いてみたら2000字をオーバーしてしまい、どうやって字数内に収めるか苦労したので、構成を素晴らしいと言っていただき嬉しい限りです。
コメントありがとうございました。

13/04/15 鹿児川 晴太朗

拝読いたしました。
登場人物が生き生きとしており、文章表現は軽やかで読み易く、次へ次へと読み進ませる構成力の高さもあり、掌編とは思えないほど完成度の高い作品だと思いました。
前半では恋人関係、後半では熟年の夫婦といったところでしょうか。
死が目前に差し掛かるほど老いが熟した時期にあって、恐らく何十年も前の出来事であろうやり取りをはっきりと思い出せるところに深い愛を感じました。読み違えていたらすいません。笑

13/04/15 草愛やし美

aloneさん、拝読しました。

なるほど、オチの部分を読んで納得できました。よく引き合いに出される慣例のようなお別れの手紙文をうまく作品にされていて感心しました。大方の予想を裏切る結末が生きています。

13/04/15 alone

>鹿児川 晴太朗さんへ
身に余るお言葉の数々、ありがとうございます。
個人的にはまだまだ未熟だと思える点もありますが、今の自分の持てる限りを詰めこんだつもりなので、お褒めいただき嬉しい限りです。
「何十年も昔のことを思い出せることに深い愛を感じる」と仰るのを聞いて、ふと『きみに読む物語』を思い出しました。
歳をとり、深まる続ける愛って良いですね。
コメントありがとうございました。

>草藍さんへ
もともとは、悲しい印象のある遺書をどうにか楽しげなものにでも仕立てたいな、ということで今作を書こうと思い立ちました。
ラストの部分は書きながら思いついたものだったので、吉と出るか凶と出るかの賭けだったのですが、予想を裏切るものとなって良かったです。
コメントありがとうございました。

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