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高橋螢参郎さん

何でもいいから金と機会おくれ

性別 女性
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サーカスの日

13/03/25 コンテスト(テーマ):第二十六回 時空モノガタリ文学賞【 サーカス 】 コメント:0件 高橋螢参郎 閲覧数:1361

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 ――日本海上空。
 曇りなく広がる蒼穹の彼方を、戦闘機たちが雲の尾を引いて飛び交っていた。日の丸のマーキングを施されたF-35Aは空中で綺麗な弧を描き、敵機であるMiG-29の背後を取る。日本のアニメでは激しい空中格闘戦をサーカスと表現するが、成程、その軌道はまるで見えない糸に吊り下げられたブランコのようだった。
 万雷の拍手の代わりにGAU-22/A 25mm機関砲が激しく鳴り響き、また哀れな曲芸師がひとり、海面へと落ちていく。脱出はした、と無線で聞かされ、柿崎は同じ操縦士としてほっと胸を撫で下ろした。
 だが戦場で息吐く暇などある筈もなく、すぐさま機体を傾げF-35Aの鼻先を僚機の元へ向ける。幸いにも日本側に墜落機は出ていないという。流石に次期主力機選定で散々揉めたほど高価なだけあって、その性能は折り紙付きだ。
 柿崎にとって――この戦場に立ち会うほとんどの者にとって初の実戦だったが、半ばオートマティック化された戦闘にこんなものか、とさえ感じ始めてしまうのだ。視認距離外から撃ったミサイルが敵機を撃墜した際など、学生時代によく遊んでいたテレビ・ゲームとまるで変わらないではないか。
 無論あの頃は、まさか自分が本当に戦闘機に乗って戦うとは想像だにしていなかった。否、日々この時の為に訓練こそ続けていたものの、たった数日前まではそれで終わるものだと思っていたからだ。
 矢面に立っている自分ですらこうなのだから、と、柿崎は守るべき、見えない観客たちを慮った。沿岸部の避難は周辺基地の主導でとっくに始まっている筈だが、太平洋側の多くの国民はきっとこの現実離れした光景を、テレビかインターネットの中継を通して観ているに違いない。
 いつかまた戦争の日々が来るのではないか、という漫然とした不安は間違いなくあった。だがそれは同時に、平和を十分に謳歌してきた戦後において、どこかで期待へとすり代わってはいなかっただろうか?
 生まれ持った闘争への欲求。刺激の渇望。破壊の恍惚。もしくは、アポトーシス。それら一切を、人間は心の底から否定する事ができないのだ。
 流線形の戦闘機たちが亜音速で飛び、ミサイル避けのフレアが広がって大輪の花を咲かせる。以前、詩集で気になった一節を柿崎はこの場において改めて想起させられていた。
 ――サーカスの綱渡りを見る者は、心の底では曲芸師が目の前で落ちて死ぬ事を期待しているのだと。
 敵の撤退を受けて、帰投命令が全機に下る。この分ならば緒戦は大勝、と喧伝される事だろう。すぐさまお節介な米国人が何らかの制裁を我が物顔で下したがるに違いない。疲弊しきったかの国の国力では、これ以上何もできはしないだろう。

 そして我々は、どこか残念そうに拍手を送る。


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