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ポテトチップスさん

20代の頃、小説家を目指していました。 ですが実力がないと自覚し、小説家の夢を諦めました。ですが最近になって、やっぱり小説家の夢を追い求めたい自分がいることに気づきました。久方ぶりに、時空モノガタリ文学賞に参加させて頂きます。 ブログで小説を書いてます。http://www.potetoykk.com

性別 男性
将来の夢 太宰治賞もしくは北日本文学賞で最終選考に残ることです。
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精神を病んだ青年

13/03/16 コンテスト(テーマ):第二十七回 時空モノガタリ文学賞【 財布 】 コメント:2件 ポテトチップス 閲覧数:1704

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 やけに暖かい夜だった。気持ちが良い暖かさというよりは、昼間の太陽の熱がアスファルトにこもり、地面から立ち昇る嫌な暖かさだった。
 渡辺直樹は店で牛丼を食べ終え店から出た。
 深夜0時を過ぎた駅前商店街は、牛丼屋とレンタルビデオ店だけがまだ営業をしていた。
 渡辺は商店街を進みながら大きく欠伸をした。ここ数日、残業が続いていたせいで、寝不足気味だった。
 自宅アパートに着いたら、シャワーを浴びて寝酒を飲んで寝ようと思った。商店街を抜けると、辺りは暗闇が続き、等間隔に街灯の灯りが狭い道路を照らしていた。
 小さな公園の横を通り過ぎようとした時、後ろから肩を誰かに叩かれた。
 「お兄さん、お金貸してくれない」
 後ろを振り返ると、目を不気味に光らせる10代後半くらいの男が、街灯の光を顔に浴びて立っていた。
 何かがお腹に触れる感触を感じ、渡辺は顔を下に向けるとサバイバルナイフであった。
 「お兄さん、財布出して」と、サバイバルナイフを握っていない方の掌を、渡辺に向けた。
 「ナイフをおろせ!」
 「だから、財布をくれたらナイフはおろすってば」と男は言った。
 男の瞳の中には余裕が感じられた。きっと、何度もこのような悪行を繰り返しているのだろうと、渡辺は思った。
 「ナイフをおろせと言ってるんだ」
 「だから財布をくれればおろすって言ってるだろが!」
 「警察呼ぶぞ」
 「話の分かんねーお兄さんだな。マジで刺すぞコラ!」と、男は語尾に凄みをきかせて言った。
 次の瞬間、男は地面に仰向けに倒れた。渡辺の右フックをまともにくらったからだ。
 渡辺は荒くなった呼吸を整えるため、大きく夜気を胸に吸い込んだ。

 中学時代、渡辺直樹は街の小さなボクシングジムに通っていた。その実力はジムのトレーナーも認めるほどで、高校に進学すると真剣に将来はプロボクサーになることを夢見るようになった。
 しかし高校3年の夏、突如、虫のような物がいつも視界に見え始めるようになり、親に説得され眼科に行き検査を受けると、『飛蚊症』という悪性の病気だった。
 医師からは手術で症状は改善されるが、目に強い衝撃を与えると、病状を悪くしてしまう結果につながるので、ボクシングをすぐに辞めるようにと言われた。
 その日の夜、渡辺は部屋で泣き続けた。プロボクサーになるという夢が断ち切られたからであった。
 高校卒業後は大学に進学し、大学を卒業すると、いま勤務する食品製造会社に営業職として採用された。
 社会人になってもうすぐ4年が経とうとしていた。

 幾分、荒い呼吸も落ち着き、渡辺は男を殴った血のついた右の拳を見つめた後、仰向けに倒れる男に向かって
 「おい、起きろ!」と言った。
 しかし、男は起きる様子がなかった。
 渡辺は恐る恐る地面に膝をつき、倒れる男を揺すった。
 全身に鳥肌がたった。手足が震えだし、しだいに寒気が襲った。渡辺は、携帯電話をカバンから取り出し、119番に電話をした。
 電話を切り終え、再度倒れこむ男を揺すったが反応は無かった。
 救急車が早く来ることを願いながら、渡辺は実家に電話を掛けた。
 少し待って「はい、渡辺です」と、眠たそうな父の声が聞こえてきた。
 「父さん・・・」
 「直樹か? どうしたこんな夜遅くに?」
 「父さん・・・やっちゃった」
 「何がどうした?」
 「財布を奪おうと脅してきた奴を殴ったら、倒れたまま起きないんだ・・・」
 「オマエ・・・」

 あの事件から1年が過ぎた。
 裁判では渡辺直樹の正当防衛が認められ、罪を科せられることは無かったが、人を殺めてしまったという心までは消せなかった。
 あの後、会社を依願退職した渡辺は、東京を離れ実家に戻った。1年が過ぎた現在も、毎日に脱力感を感じ食も喉を通らない日が続いた。
 部屋のドアがノックされドアが開いた。
 「直樹、病院に行く時間だぞ」と、父が言った。
 父の運転する車の後部座席に乗って、大学病院の精神科に向かった。
 赤信号で車が止まり窓の外に顔を向けると、歩道を歩く人間がすべてあの時の男に見え、車内でかかっているラジオから「お兄さん、財布出して」という声が聞こえだし、渡辺は発狂して大声を上げて泣き出した。
 父はまたかというように、黙って前を向いて信号が青になるのを待っていた。


 終わり
 


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このストーリーに関するコメント

13/03/17 笹峰霧子

小説家になれるように頑張ってくださいね。
とても濃い内容の良い作品だと思いました。

13/03/17 ポテトチップス

笹峰霧子さまへ

作品に対する感想ありがとうございます。
お時間がありましたら、別の作品も読んで頂けたら幸いです。

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