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名無さん

名無 ななと申します。よろしくお願いします。 スマホからの投稿なので、読みにくかったら申し訳ないです。

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背を押すもの

13/03/06 コンテスト(テーマ):第三回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 名無 閲覧数:1502

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握り締めた手の中の指輪が微かな音をたてた。
美保の目の前には簡素な台にのせられた遺体。恋人の俊哉の遺体だ。狭い霊安室で、白く薄い布団の上から覆い被さるようにして、美保は咽び泣いている。何度も俊哉の名を呼ぶ。何度も撫で付ける顔は包帯で厳重に覆われていて、見ることが出来ない。遺体の損傷が激しいのだ。彼は美保の目の前で、ビルの屋上から落ちて死んだ。
今日は美保の誕生日だった。日付が変わる瞬間を、二人の勤める会社の屋上ですごした。今の時期に丁度起こる流星群が見れる穴場として、警備員と仲の良い俊哉がこっそり鍵を借りたのだ。普段は鍵をかけられた屋上なので、フェンスなどもなく。丁度腰掛けるのに良い高さの囲いで四方が縁取られているだけだった。その囲いに並んで座り、二人は星を眺めた。風が強い。俊哉は美保の肩を抱き寄せ、美保は頭をもたせかけた。雲は少なく、月は細い。次々と落ちる流れ星に、もう願い事も品切れとなったころ。ーーこれは流れ星じゃなく、君への願い事なんだけど、と。そう前置きして、俊哉は美保にプロポーズをした。こんなに幸せな瞬間が、この後の人生であるだろうか。美保の目には歓喜の涙が溢れ、彼女は俊哉の首筋に抱きついた。

ーーこの時美保の脳裡に過っていたもの。人気のない物陰でキスをする俊哉と同僚の女。俊哉が囁く愛の言葉。女の勝ち誇った視線。嘲るような笑み。二人で見た結婚式場ーー
次の瞬間のことを、見た者は誰もいない。首筋に抱きついた腕を、美保はそのまま横へと倒し。スローモーションのように落ちてゆく俊哉は、驚愕の表情を浮かべていた。美保の口許に浮かぶ笑みを見た者がいたならば。それを狂気とよんだだろうか。美保の中の愛は、捩れ、蟠り、変質していた。それは美保自身も気付いていないことだったのだが。その変質したモノが、美保の背を押し、美保は俊哉を押した。
ーーこれで永遠に私だけの俊哉。二人だけの陰気な室内にクツクツと笑い声が響く。 美保は涙に濡れた唇を吊り上げ、そっと、もらったばかりの婚約指輪を俊哉と自分の左手に嵌めた。


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