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四島トイさん

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あるサーカス団員の死

13/03/03 コンテスト(テーマ):第二十六回 時空モノガタリ文学賞【 サーカス 】 コメント:2件 四島トイ 閲覧数:1660

時空モノガタリからの選評

最終選考

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「その推理は間違っている」
 私の声に部屋中が静止した。探偵役を買って出たラトが顔をしかめるが、構わず続ける。
「エレは、ピグを殺していない」
 ラトは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「レオ。君が同じサーカス団員を庇いたいのはわかる。だが死んだピグだって団員だろ」
「ああ」
「なら、事実を受け入れるべきだ。僕みたいなちっぽけな奴が言うことでも」
 そう吐き捨てるラトの顔には、自虐的な笑みが浮かんでいる。
「……君を見下しているわけじゃない。ただ、その考えに賛成できないんだ」
 しばらくの間があった。ラトは言い聞かせるように、いいかいと口を開いた。
「繰り返すが彼女は、つまりエレは、病気で臥せっていたピグの同室者だ。その部屋でピグが死んだんだぞ」
 彼は奥の部屋に目を向けた。団員達が悲しみを帯びたため息をつく。すすり泣く声が重なり、電球に照らされた小さな部屋が深く沈んでいくのを感じる。
「彼は殺されたんだ」
 ラトが断じた。
「確かにピグは病気だった。口も聞けないほど。サーカスの仕事もできないほどのだ。人気もあったのに。彼が倒れた日、運良く演目から外れていたのが唯一の救いだ」
 そうだな、と私は応じた。
「彼は『使われる曲芸師』に甘んじなかった。抗い、屈することのない誇りがあった」
 私の言葉に、ラトは神妙に頷いた。
「彼には休息と栄養が必要だった。だが彼は給仕係の持ってくる食事を口にしなかった。そうだね。ネイ」
 ええ、と団員のネイが応じる。特有の長い舌で口を湿らせ、記憶を探るように頭を上げた
「あたしの見た限り、給仕係が持って帰るお皿はいつも手つかずだったわ」
「部屋の中の出来事を知っているのは同室のエレだけ」
 ラトはそこで大きく息を吸った。
「でも昨夜。フラフラになりながら食事をしようとするピグの前から、エレが皿を取り上げるところを見た奴が何人もいるんだ」
 そうだろう、と問いかける声に、いくつかの声が躊躇いがちに同意した。
「彼女は動けないピグをからかってたんだろう」
 殺意はなかったのかもしれない、とラトは目を伏せた。
「ピグもエレもお互いの鼻を冗談交じりにからかい合う仲さ。でも、何がきっかけになるかなんてわからないものなんだ」
 再び静かになった部屋の中を私は見回した
「私は、そうは思わない」
 慎重に口を開く。
「……こうは思わないか。『ピグは食事を摂って病気になった』」
 部屋に動揺が広がる。
「ピグが倒れたとき、彼は演目から外されていた。これは偶然じゃない。ピグは初めから頭数になかったんだ。なぜか。その日の食事で死ぬはずだったからだ」
 ラトが目を見開いた。
「でもピグは死ななかった。それでも動けない中でそのことを察したはずだ。だから食事を摂らなかったんだ。摂れば、己で死を招くことになる。彼は理不尽な死に抗ったんだ」
 彼は運ばれてくる食事をどんな思いで見ていただろう。
「誰にも伝えられない。でも、同室の君は気づいていたはずだ」
 そうだろエレ、と問いかけたが返ってくるのはすすり泣く声だけだった。
「……そして昨夜、その時が来た。ピグはもう無意識だったろう。本能が食事を求めたんだ。誇りを支える柱が薄れて朦朧としながら、食事に向かった」
 堪えきれずに、私は顔を上げた。
「エレ。君は何も言わないでいいのかっ」
 奥の部屋に向かって吼える。
「君は……君はピグの誇りを守ったんだろっ」
 その時、部屋のドアが開いて男が二人が入ってきた。
「どうしたんだレオ。吼えたりして。ああ。鼠がいたせいか」
 若い男が首を傾げた。部屋の中ほどにいたラトが戸棚の向こうに消えたところだった。
 二人の男は奥の部屋に入っていった。若い男が「ピグッ」と叫ぶ声が聞こえた。
「毒、食わなかったみたいだな」
 別の男が言った。
「俺が最初に分量、間違えなければ。苦しませずに……」
「気にするな」
「……やっぱり納得いかないですよ」
「まだ言ってんのか」
「だって。客が来ないからって。サーカスを閉めるからって。こいつらを全員殺す必要があるんですか。エレもレオもネイも他の皆も。ずっと一緒にやってきた仲間じゃないですか」
 じゃあ、と太い声が遮る。
「お前が引き取るか。象もライオンも蛇も」
 それは、と若い男が口ごもる。
「無理な話だろう。皆、わかってるんだ」
「でもこうやって、死ぬのを見ると……どうしても」
「食肉にもしないで、きっちり塵に戻してやるんだ」
 これ以上できることなんてないんだよ、と男が呟いた。眼前に横たわる目方の減った豚の桃色の腹を優しく撫でた。
 痩せたなあピグ、と労わるような声が、小さく落ちた。


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このストーリーに関するコメント

13/03/18 光石七

拝見しました。
なぜか動物たちの会話だと途中で察しがついてしまったのですが…
でも、妙に切ないです。

13/03/19 四島トイ

>光石七様
 御感想いただけて嬉しいです。力が足らず、展開にいまいち迫力を持たせることができません。常々の課題です。ですが、光石七様でしたら展開を予想されるのも無理はないかと、作品を拝読して感じました。
 今回はお読みいただいてありがとうございました。

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