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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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あいあい傘

12/04/18 コンテスト(テーマ):第四回 時空モノガタリ文学賞【 傘 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:2437

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改札口を出て、しばらく歩いたところで、いきなりザアッときた。

駅にもどるには遅すぎた。とっさにサワ子はもよりの家の軒下に張りついた。

雨はいっそう激しくなった。子供のころなら、こうしていると、家の人が雨宿りに戸を開けてくれた。世知辛い現代、サワ子が背にした玄関はいつまでも固く閉ざされている。

傘をさした人々が、目の前を通りすぎてゆくのを、ひがみっぽい気持ちでサワ子が見送っているときふいに、

「よかったらこれ、使ってください」

サラリーマンふうの男が、照れたように、ひらいた傘をさしだした。
とまどいをみせるサワ子に、

「どうぞ、遠慮なく。ぼくの住まいはこのすぐ向こうなんです。はっは。なんの下心もありませんので」

と、はやくもかけだそうとする彼に、サワ子はあわてて、

「あの、お名前を―――」

しかしもうそのときには彼の姿は、ふりしきる雨の中に消えていた。

サワ子は頭の上に傘をさしあげた。一か所骨が折れている。捨てても惜しくないしろものではあった。そう思うと、サワ子もすこしは気が楽になって、雨の中を歩きだした。

なんの下心もないか。面白いことをいう男だ………

おもわず彼女の口もとがゆるんだ。


三日後の夕方サワ子は、あの雨の日にいた家の前に立っていた。
手には例の、男がくれた傘が握られている。その柄のところに『真下』の名前が刻まれていた。この近くに住まいがあるならきょうも彼が、きっとこの道を通るだろうと思って、十五分まえから待っていた。

電車がついたとみえ、駅のほうから大勢の人々がやってきた。
その一人、一人にサワ子は目を配った。
がやはり、人ごみにまぎれて何人かが彼女の目からこぼれたもようで、気がついたら見覚えのある彼の背中が、道の向こうを通り過ぎるところだった。

「真下さん」

小声で呼びかけながら、サワ子がかけだそうとしたとき、彼の真横をゆく一人の女性が目についた。

恋人―――とまではいかなくても、どこか親しげな雰囲気が二人を包み込んでいる。

サワ子が気にとめたのは、それだけではなかった。真下が手にさげている、あきらかに女物の傘。歩きながら彼がその傘を彼女に手渡すのをみたサワ子は、ある種の直観にうながされて、二人のあとを追いかけた。

二人は、広い通りに出てすぐの、わりと大きな喫茶店に入っていった。
後から入店したサワ子が、二人が着いたテーブルのすぐ後ろの席に座っても、こちらに背を向ける真下に気づかれた様子はなかった。

「あのときは傘をありがとう」

真下が女にまずそのことから切り出したのを聞いたサワ子は、ああ、やっぱりと、自分の直観が的中していたことを知った。

あの雨の日、私に傘を渡してから彼は、その後に彼女から、また傘を貸してもらったのにちがいない。

「住まいは遠いし、あの雨だし、ほんとに途方にくれていたのです」

住まいは近くじゃなかったの?
おもわずふりかえって口にしそうになったサワ子だった。

「たまたま2本もっていたので。わざわざ返さなくても、よかったのに」

「だけどやっぱり、お礼をいいたくて。電話番号をおしえてもらってよかったです」

「電話番号なんかいったら、なんだか、下心があると思われるんじゃないかと、迷ったんですけど………」

「おかけでこうして、再び会うことができた。あの雨の、いや、この傘のおかげだ」

彼と彼女が、傘がとりもつ縁を素直に喜んでいるのを知ったサワ子は、ちょうどウエイトレスが注文を聞きにきたにもかかわらず、黙って店から立ち去った。

歩くにつれてサワ子の気持ちは、だんだん暗く湿ってきた。喫茶店で彼と向かいあっていたのが、もしかしたら自分だったのでは思うとなおさら、気持ちは沈んだ。

やがてそのサワ子に、突然の冷たい雨が追い打ちをかけた。

降るなら勝手にふればいい。

なかば投げやりな気持ちで歩いているとき、

「これ、よかったら、どうぞ」

背後から近づいてきた若い男が、サワ子に傘をさしだした。そのどこかおずおずした態度が、サワ子の目にとても爽やかに映った。

「もうそれ、いらないから―――」

そのまま走りだそうとしかける彼の手首を、サワ子は夢中でつかんでいた。

「いっしょ傘に、はいりません? 下心があるなんて、だれも思わないから。それに………」

まただれかがあなたに、傘を貸すようなことがないために。

しかし彼女のそのつぶやきは、雨音にまぎれて、彼の耳にはとどかなかった。







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