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四島トイさん

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夢に見るしろくま

13/02/25 コンテスト(テーマ):第二十四回 時空モノガタリ文学賞【 受験 】 コメント:2件 四島トイ 閲覧数:1505

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 夢を見た。
 二本足で立つ白熊が、手を振っている夢。
 白熊は私の古い友人だ。きっと今、どこか遠くへ行っている。だから私には、その光景が別離の間際なのか、再会の瞬間なのか判然としない。ただそこは空気の綺麗な氷原で、白熊は少し離れた流氷の上に立っていた。
 その判然としない何かのために、私は泣いてしまう。
 目を覚ますと、目尻からスーッと静かに涙が伝う。
 月曜日の朝。いつもの夢。
 ベッドで上体を起こして、目尻を拭う。朝特有の空気が六畳間のそこかしこで、水面のようにたゆたう。時計の針は六時半を示していた。白熊の描かれたお気に入りの時計。まだ、音は鳴っていない。
「朝か……」
 壁のカレンダーに視線を移す。赤丸で囲まれた大学の受験日がまた一歩近づいた。でもそれだけ。夢は心のどこかにしゅるしゅると綺麗に片付けられていく。
 また、次の夜に広げられるように。
 高校は楽しい。本当にそう思う。もちろん、この三年間全てが満ち足りた日々だったなどと見栄は張るまい。
 そんな益体も無い感慨とともに、朝の通学路を鞄片手にゆっくり歩く。一月の風が、吹くそばから肌の温度を削っていく。首をすくめた。
「灯子。おはようさん」
 正門近くで声をかけられた。顔を上げると、明るい声が続く。
「いよいよさなあ。灯子は準備できてっか入試。俺は正直、自信ねえ。落ちるかもな」
 同じ将棋部員の倉内健吾が立っていた。背が高く、坊主頭の彼は確か、親戚のいる西の大学を目指していると聞いていた。
「健。不吉なこと言わないの。灯子が困るでしょ」
 横に駒野たえが立っていた。私と同じ学級の一番の友達だ。
 たえと、倉内健吾は恋仲だった。
「灯子。毎日こんなこと訊かれてるんだったら、殴っていいからね」
 たえが握り拳をつくる。
「んなことしてねえよ。灯子と話すのだって一週間ぶりくらいだよな」
 倉内健吾は小首を傾げる。
「うん……」
 私が頷くと、たえは意外そうな顔をしたが何も言わなかった。
 たえは時折、私達がもっと親しい仲だという前提で話すことがある。彼と私が幼馴染だからか、同じ部活だからか。その心情を探ることを私は控えた。
「合格したら、たえともお別れだなあ。悲しいなあ」
「全然そう聞えないのが、健の悪いところね」
 たえが呆れたように言う。彼女は隣県の私立大学を受ける予定だ。
 二人は離れ離れになる。地元の公立大学を目指す私もまたそうだ。前を行く二人を見ながらそう思った。笑い合い、小突きあいながらも通学路を行く二人の光景が、来年の今頃はない。それは悲しいことなのだと思う。別れの日、たえは泣くのだろうか。白熊に手を振る私のように。黒髪ので、目鼻立ちの整った彼女が、真正面を見据えて涙をこぼす姿はきっと、あの氷原の空気のように綺麗なのだとろうと。そう考えてから、ほうっと吐き出す息は白く霞んだ。
 夢を見た。
 白熊と将棋を指す夢。
 大きな流氷に、暖かなカーペットを敷いて、炬燵を置いて、向かい合って将棋を指す。時々、蜜柑を剥いて口に運ぶ。頭上に広がるオーロラを眺める。ゆっくりと、一手一手を大切に指す。
 白熊は笑っている。声を上げずに。
 私は泣いている。声を上げて。
 一手一手を指す。盤上に涙がぽたぽたと跡を残す。
 そうか。やっぱり、あの夢は、別れの夢なのだ。だって夢なのにこれほどまでに胸が苦しい。
 終業式が終わり、受験が一息をついた頃。倉内健吾は第二志望ながらも大学進学を決めた。やはり西の大学だった。彼は引っ越すことになった。
「灯子も見送り来てくれてありがとな」
 倉内健吾はかっかと笑う。私の家のはす向かいで。その様子にたえが呆れたようにため息をつく。そんな彼女に、彼は真剣な目を向ける。
「たえ。俺よりいい男がいたとしても錯覚だからな。あと、泣きたくなったら俺を呼べよ。他の奴じゃダメだかんな」
「はいはい。わかってますよ」
 二人が笑い合う。涙の匂いも、しない。私はそれを見ている。
「そうだ。灯子に、これ」
 そう言って彼が差し出したのは白い熊のぬいぐるみだった。「片付けてて見つけたんだ。悪い。ずっと取り上げちまってたみたいで」と彼が言うのを聞きながら私は、手の中の小さなぬいぐるみを見つめた。
「じゃあ行く。また今度な」
 両親に呼ばれて、彼は駆け出していった。車のドアが閉まって、走り出す。角を曲がって姿を消すと、かすかに涙の匂いが漂った。たえが泣いているのだとわかった。私は白熊から顔を上げなかった。
 涙は出なかった。夢の中で流しきってしまった。
 以来、あの夢を見ない。
 あの夢が別れの夢なのか、再会の夢なのか、今でも、わからない。


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このストーリーに関するコメント

13/03/01 クナリ

今までの四島さんの作品の中で、一番好きかも知れません。
この字数の中に、いったいいくつの要素を詰め込めば気がすむのだろうと思います。
それも、ごく無理なく構成した上で。
そして、さりげないのに印象的なラストシーン。
ここに記述されたよりもはるかに膨大な、登場人物たちの過ごす今までとこれからの人生を、あれこれ想像してしまいます。
ちょっと大げさに感想を書いているように見えるかもしれませんが、個人的には本当に大好きな作品です。

13/03/02 四島トイ

>クナリ様

コメントありがとうございます。いつも私にはもったいないほどの感想をいただいてしまい、恐縮しきりです。本作はずいぶん前に書きました。今回、加筆・訂正したのですが、好んで読んでいただける作品としてお見せできたことにホッとしています。
読んでくださって本当にありがとうございました。

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