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実さん

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厄介払い

13/02/19 コンテスト(テーマ):第二十五回 時空モノガタリ文学賞【 雛祭り 】 コメント:0件  閲覧数:2206

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 綺麗にしてあげるからと言われノコノコとついて行ったのが今になっては間違いなのだと思う。親にはよくよく知らない人について行ってはいけないと言われていたけど、どうしていけないかについて考えるだけの想像力も経験もあたしにはなかった。せいぜい考えられるとしたら誘拐するだとか、強盗目的だとか、中学生にもなってそれぐらいしか考えることができなかったあたしもどうかしてるけど、それぐらい世間に対して、あるいは人間の暗い部分について私は何も知らなかった。
 ちょうどひな祭りの数日前ぐらいだったと思う。雛人形を出す準備のことを話していたし、母と姉と話した言葉は今でも鮮明に残っている。その日はいつものように授業が終わって家に帰っている最中だった。住宅街を少し離れたところを歩いていると声をかけられた。
「ちょっとごめんね。僕、芸能事務所で働いているんだけど、ちょっと君のことが目についてさ」
何?芸能界?突然声をかけられて、あたしは少し気が動転しちゃっていた。返す言葉もないままにただ話を素直に聞いているばかりだった。そんな上手い話をすんなりとそれを聞き入ってしまったあたしもバカなのだ。ただ芸能人になれるかもと聞いて有頂天になっていた。誰にも知られずに芸能界に入ることができるし、テレビで見たことのある人と実際に会うことだってできる。頭の中は空想でいっぱいになって冷静に考えることをやめていた。事務所に行くからと乗り込んだ車のなかであたしはいい子にして黙っていた。
 1時間ほど走らせたあとに知らない郊外の街についていた。工業用地なのか辺りは閑散としていて二階建てのプレハブ小屋がぽつんと建っていたように思う。いったいここで何が行われるのかを想像しても、何も思い浮かびはしなかった。ここが芸能事務所?きっとそういうものなんだろうと思いつつも少しずつ恐怖がこみ上げてきた。
 声を上げてももう遅い。あたりに人通りはなく、この見知らぬ土地にはあたしと、そして声をかけてきた男しかいない。
「じゃあ、ここで撮影するから」と、さっきよりも無機質で冷たい声で男は言った。
 良心っていうのは慣れてしまえばすぐに覆すことのできるものなんだ。あるいは今まで天使のような笑顔でいた人間が、次の瞬間には心が入れ代わったように悪魔の表情に変えることもできてしまう。何をされたのかまったく覚えていないけどいつの間にか私は気を失っていて、目を覚ますと凍えるように寒かった。あたしは裸だった。
 結局は世間知らずのお嬢様だったってことだ。男にそんな常軌を逸した人間がいることだなんて知るはずもなかったし、知りたくもなかった。ビデオカメラのスイッチを押すと男はまるで当たり前のようにあたしの下肢を広げ、無理やりはじめた。痛さがこみ上げてきて悲鳴をあげたが状況は何も変わりはしなかった。カメラの赤い点滅がとても無機質に思えた。永遠のように長い10分が終わると男は何事もなかったように車に乗り込みあたしを乗せて自宅近くまで送り届けた。まるで塾の送り迎えをする父親のような身振りだった。
「今日はちょっと遅かったわね。友達と話してたの?」だなんてのん気に母は聞いて気にもとめる様子はないし、あたしだってそんなことは求めてなかった。あたしは不機嫌なふりをして自室に駆け込んだ。何もしないのに勝手に涙が流れてきた。その後何事もなかったように過ごそうと思ったけど、吐き気と動悸が頻繁に起こるし、しばらくは横にならないといけなかった。姉が帰ってくると約束していた雛人形の準備をはじめる。
 まるでもうすべてが無意味に思えるその作業の中で、あたしは丁寧に丁寧に人形たちを並べていった。何かを壊してしまったような奇妙な感情の中でずっと押し黙っていた。あたしは家の中に持ってきちゃいけないものを、消さなくちゃいけない匂いを持って来ている。お母さんやお姉ちゃんは別の綺麗な世界にいて、あたしはもう二度と帰っては来れない。まるで無機質な人形になったみたいに思えた。
「そういえばどうしてひな祭りってするの?」姉がおもむろに尋ねる。
「厄を祓ってくれるって聞いたことあるわね。身代わりになってくれるんだって」
「何それ、怖っ!」姉は笑いながら言った。あたしは黙って聞いていた。
 翌朝、お雛様の人形がなくなったと家の中は大騒ぎになった。30万もする立派な雛人形の、しかも一番の主役がなくなったんだから仕方がない。姉はあたしを追及したけど、ずっと白を切って通した。だって話す必要なんてなかったから。
 あたしはおかげで正常になったんだ。幸せの影には必ず犠牲がある。人は一人じゃ生きていけないから、誰かに不幸を擦り付けなくちゃいけないんだ。それが人間だと罪悪感があるから、だから無機質な人形に、あたしは厄を擦り付けた。


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