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ポテトチップスさん

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着付け司

13/02/16 コンテスト(テーマ):第二十五回 時空モノガタリ文学賞【 雛祭り 】 コメント:0件 ポテトチップス 閲覧数:1447

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愛車のスバル・レガシィのハンドルを握り、辺見拓は東京JCTから東名高速道路にのった。
照りつける太陽が眩しく、ハンドルを握りながらもう片方の手で黒いサングラスをかけた。
お盆の時期は10日前に過ぎていたが、会社の都合で今日から1週間のお盆休みをもらった。
スピードメーターの針が110キロを示す。
辺見拓は車内の冷房を切り、運転席側の窓と助手席側の窓を開けた。
吹き込んでくる風が気持ちよかった。
運転席側のサイドミラーにチラッと目を向けると、後方から一台の大型トラックが猛スピードで迫って来ていた。
辺見はウインカーを出し、第2車線に移った。
大型トラックは、130キロ以上出ていそうなスピードで追い越して行った。
順調に走っていたスバル・レガシィだったが、海老名サービスエリアを過ぎた辺りで、前方の車がハザードランプを点滅させていた。
どうやら渋滞にはまったらしく、辺見は小さく舌打ちをした。
結局、渋滞から抜け出せるのに2時間近くかかった。
静岡県の清水JCTで一般道に合流する頃には、日が西の空に沈みかけていた。
慣れ親しんだ街が懐かしくて、運転しながらよそ見をした。
1年前となんら変わった様子のない街。

実家に着くと、車のエンジン音に気づいた辺見晶子が家の窓を開けて
「拓、お帰り」
「ただいま、母さん」
「遅かったね。今朝の電話では夕方頃には着くって言ってたのに」
「高速道路で渋滞にはまったんだよ」
「そう。疲れたでしょ。早く家に上がりなさい」
「うん。父さんは?」
「作業場よ」そう言って、家の隣に建つ作業場を指差した。
「ちょっと、挨拶してくるよ」
開け放たれている作業場の入り口から中に入ると、数十体の藁人形の胴体に囲まれた辺見庄治が、真剣な面持ちで雛人形を制作していた。
「ただいま、父さん」
作業する手を止めた庄治が顔を上げ
「おう、拓か。おかえり」
「父さん、仕事忙しい?」
「うん。12月中に全て完成しないといけないから、忙しいな」
「もうすぐ、晩御飯の時間だろ。きりのよいところであがりなよ。父さんにいろいろ話たいことあるし」
「うん。先に居間に行ってなさい。これだけ完成させるから」そう言って、藁の胴体を造る作業の続きを始めた。

辺見人形制作所は、拓の亡くなった爺ちゃんが始めた家業だった。
拓の父である庄治は、中学卒業と同時に爺ちゃんに弟子入りした。
雛人形は、他の人形制作所の職人と分業して雛人形を完成させることが昔は主流だった。
一体の雛人形を完成させるのに、人形の頭を制作する頭師・頭の髪を結う髪付師・手足を制作する手足師・雛人形が持つ小道具を制作する小道具師、そして拓の父である庄治が担当するのは、雛人形制作の花形である着付け司である。
着付け司は司という字の如く、言わば雛人形制作の責任者的な立場だ。
庄治は、着付け司である自分を誇りに思って生きてきた。
その確かな腕前から、県から表彰を受けたこともあった。
そんなすごい父を見て育ち、拓は自分も父に弟子入りしようと夢見た時期もあった。
しかし、雛人形は父である庄治が爺ちゃんに弟子入りした時代とは大きく変わっていた。
雛人形を飾らない家も増えてきたのと、大きな雛人形制作の工房が全工程を制作する時代に変わっていたからだ。
今年の3月の初旬、晶子から電話が掛かってきた。
「拓、元気にしてる?」
「なに、母さん。何か用?」
「用って言うほど用はないわ。ただ、拓、風邪ひいてないかなって心配でね」
「大丈夫、健康だよ。母さんは?」
「母さんも健康だわ」
「父さんは?」
「父さんも元気だわ」
「父さん、今の時期は雛人形造りが暇な時期に入ったんじゃない」
「そうね。でも作業場で何かしら作業してるみたい」
「ふ〜ん」
「父さんね、来年の雛祭り用の雛人形が完成したら、50年間もやってきた着付け司を引退するのよ」
「えっ!なんで?」
「髪付師の酒井さんと手足師の木谷さんが、老齢を理由に引退するの。だから、父さん1人で全ての工程を担当するのは時間と費用的に難しいっていう理由で、父さんも引退することに決めたのよ」
「じゃあ父さん、着付け司を辞めて何するの?」
「お爺ちゃんが残してくれた田んぼと畑で、農業やるらしいわ」

テーブルに並ぶ料理を前に、拓と晶子は作業場で雛人形制作をしている庄治が、居間にやって来るのを待った。
しかし10分待っても、庄治はまだ居間にやって来ない。
晶子が「もう先に食べましょう」と言った。
「そうだね。腹減ってるし」
拓のコップにビールを注ぎながら、晶子が言った。
「父さん最近、やけに夜遅くまで作業場で雛人形を造ってるの。今まで、こんなことなかったのに」
拓は思った。きっと父さんは寂しいのだろうなと。着付け司を引退することに…
もう、雛人形を造らないことに…

終わり


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