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バレンタインのペテン師たち

13/02/11 コンテスト(テーマ):第二十三回 時空モノガタリ文学賞【 バレンタインデー 】 コメント:0件 四島トイ 閲覧数:1521

時空モノガタリからの選評

最終選考

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「あの人どうですか」
「駄目だな」
「なら、看板見てる癖毛の人は」
「まったく駄目」
「……社長、ダメしか言わないなら自分で探してくださいよ」
 むくれながら振り返る。社長が、若い女性店員からカップを受け取っていた。
「いや、ここのコーヒーは格別ですよ」
「ふふ。可愛い彼女さんと御一緒だからじゃないですか」
「部下みたいなもんですよこいつは。お姉さんは新人さん?」
「ええ、入ったばかりで。ごゆっくりどうぞ」
 店員が去るのを待って、鼻の下の伸びた顔に「コーヒー飲んでる場合ですか」と小声で問い詰める。
「偽装だよ。カフェなんだから」
「じゃあ、私も」
「佐藤は仕事しろ。ほら、チョコを欲しがるような男を探せ」
 社長は悠々と香りを楽しみつつ、窓外に見える駅前ロータリーを指差した。
「ずるいですよ。言いだしっぺなのに」
「甘ったれるな新米が。世の中、甘くねえんだから」
「……そもそもバレンタイン詐欺なんて上手くいくんですか」
 周囲を気にして声を落とす。店内はかなり混雑している。密やかな詰問は、駅ビル二階のカフェの喧騒にすっと溶けていく。
 社長は自慢げ胸を反らせた。「当然だ。おそらく業界初になるぞ」
 バレンタイン詐欺は、社長が数日前に思いついた手口だ。曰く、チョコを渡す見返りに高額の金品を掠め取る。曰く、低予算かつ見返りを堂々と要求できる利点がある。
 社長はカップを置いた。
「イベントは人の警戒心を緩ませるからな」
「でも見ず知らずの相手からチョコ欲しがる男の人なんているんですかねえ」
 いる、と社長は断言する。
「佐藤は純朴系男子のロマンがわかってない」
「そりゃ私、女ですもん」
「いいかチョコは問題じゃない。大切なのは特別感だ。例えばこの商品券。俺がさっき福引で当てたんだが、これは券そのものよりも福引で当てたことに価値がある」
「いつの間に福引なんてやったんですか」
「これと同じだ。佐藤お前は詐欺師であることを除けば、単なる可愛らしい女子高生だ。チョコを渡して『ずっと気になってました』とか言や相手は落ちるぞ。強気でいけ。チョコで鯛を釣り上げろ」
「万年勝率0の社長に言われても……」
 昨春に父の跡を継いで詐欺師デビューした私と違って、社長はこの業界で五年目。その勝率は驚くほどの低空飛行である。
「この詐欺で勝率0ともおさらばだな」
 ヒヒヒと笑う社長の姿に私はため息をついた。
 その後もターゲット探しは続き、あの、と声をかけられたのは一時間ほど後のことだ。振り返ると、先ほどの女性店員が心なしか頬を染めて立っていた。
「どうしました」
 社長が営業スマイルで応じる。
「これ……っ受け取って下さい」
 彼女が差し出したのは、綺麗に包装されたチョコだった。社長も私も凍ったように動けなくなる。
「町で見かけたときから、ずっと、気になってましたっ」
 ぐっと差し出された眼前のチョコを、震える手で社長は受け取る。
「さっき買って。大した物じゃないけど、また会えるかわからないから……」
 失礼しました、と頭を下げ立ち去ろうとする。
 社長が反射のように「待って」と呼び止めるとポケットから商品券を取り出した。
「これ……つまらないものだけど」
「え、そんな」
「いいから。また会えたときにちゃんとお礼はするから」
 社長は半ば押し付けるようにして、必死に落ち着こうとコーヒーを口に含んだ。
「……ありがとうございます。嬉しいですっ」
 女性店員は微笑むと小走りで厨房へ姿を消した。

 その後の社長のニヤけっぷりは鬱陶しいほどで、何度も店員にチラチラと視線を送っていた。結局、社長が気に入るようなターゲットを見つけることもできず、店を出ることになった。体にたっぷり詰まった徒労感で足が重い。
 え、という社長の驚く声に顔を上げた。見れば会計レジで男性店員と何やら言い争っている。
「ですから、当店にそういった従業員はおりません」
「でも、さっきまでそこに」
 そう申されましても、と困り顔の店員に食い下がる社長を慌てて引っ張り出す。
「社長。騙されたんですよ」
「……は?」
「バレンタイン詐欺、ですよ」
 社長の頭上の疑問符が回転し、それが感嘆符になるのにしばらく時間を要した。
「詐欺、なのか」
「そう。チョコで商品券を釣ったんですよ。成りすまし店員だったんですね」
 ゆらりと社長の体が傾ぐ。相当ショックらしい。元気出してくださいよ、と鞄からチョコを出すと半分に割って差し出す。社長はぼんやりと銀紙を破いてもそもそ食べる。
「甘いですか」
「……甘いよ」
「世の中とは違いますねえ」
 社長が今度こそがっくりと肩を落した。


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