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高橋螢参郎さん

何でもいいから金と機会おくれ

性別 女性
将来の夢 二次元に入って箱崎星梨花ちゃんと結婚します
座右の銘 黙り虫、壁を破る

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バレンタインデーの終わりに

13/02/07 コンテスト(テーマ):第二十三回 時空モノガタリ文学賞【 バレンタインデー 】 コメント:0件 高橋螢参郎 閲覧数:1550

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 時は1936年。ミルウォーキー・アヴェニュー、85番地。掃き溜めのようなボウリング場の片隅に、その男はいた。
 他にもざっと20名は居ただろうか。ニューディール政策もどこ吹く風と、真昼間からなけなしの日銭を投げ打っては賭けボウリングに興じている労働者たちが、ピンの動静に一々雄叫びを上げている。男は参加する事もせず、ただレーンの端にあるベンチへ腰かけてはじっと客を待ち続けていた。最近は、麻薬を細々と売ってなんとか生計を立てている。
 シカゴでは珍しくもない、イタリア系の顔。30になってすぐだというのにくたびれた表情ばかりが目に付く。だが整った鼻筋のその奥では、眼光がぎらぎらと揺れている。
 ――ただ者ではない。そう直感的に察して、周りの人間も男へ迂闊に声をかけるような真似はしなかった。
「ジャック・マクガーンさんで間違いないですか」
 スーツを着た二人組が、男へとそう問いかける。今日は2月13日。一日早いじゃねぇか。ジャックは名前を答える代わりにそう笑ってみせた。
 話が違うなと、二人組の内、若い男が拍子抜けした声を上げる。
「随分と小柄じゃねぇか。マシンガンってタマかよ」
「止せ」
 軽口をもう一人の男に窘められるも、そのまま挑発気味に訊く。
「よう、色男。扱ってんのは本当にクスリだけかあ?」
「ポンチキでも売ってるように見えんのか馬鹿野郎!」
「ひっ!?」
 その一喝に、ボウリング場に居合わせた全ての人間がジャックへ注目した。ジャック“マシンガン”マクガーン。かのアル・カポネの懐刀とまで呼ばれた男の気概は、まだ消え失せてはいなかったのだ。
「ボウリングがご趣味とは聞いていませんでしたが」
 年長の男が紳士的に問う。ジャックは冷淡なその目に向けて視線を直に飛ばしたが、臆する様子はない。合格だと、機嫌を直した。
「ああ、ゴルフの方がずっといいな。ずっと見てたんだが、まるで好きになれそうにねぇ。タマはちまちま転がすもんじゃない。飛ばすもんだ」
「成程、私も同感だ。こんな辛気臭いところよりも、天井のないリゾート地で悠々と遊びたいものです。……さて、マクガーンさん。明日が何月何日か、ご存知ですか」
「チョコでもくれるのかよ」
「そう、バレンタイン・デー。7年前の2月14日、あなたはご自身が何をしたか覚えておいでですか?」
 ジャックは肩を竦め、おどけてみせた。
「さあ。あの頃は毎日、似たような事ばっかりだったからな」
「聖バレンタイン・デーの虐殺。新聞くらいは読んでおいた方がいい」
 当然、忘れる筈もなかった。直接参加しなかったとはいえ、元はと言えば自身が青写真を描いた計画だ。勿論、グーゼンバーグ兄弟にたらふく喰わせてもらった鉛玉の味もしっかり覚えている。
「一服いいかい?」
 男たちの返答も待たずに、ジャックは懐から煙草を取り出した。火を点けながらあの日の顔ぶれを回顧する。フレッド“キラー”バーク、ジョン・スカリーゼ、アルバート・アンセルミ、ジョゼフ・ロロルド。フランキー・イェールを殺った時もほぼ同じメンバーだ。どいつもこいつも底抜けのクソッタレだった。特にスカリーゼとアンセルミは妙な気さえ起こさなければ、もう少しは長生きできたものを。
 いや、それでどうなるものか。ジャックは煙をゆっくりと吐き出した。
「あんた、モランに雇われたのか」
「ご想像にお任せします」
「まあ、それはいい。誰に狙われても不思議はねぇ。俺だって親父の仇を討った」
 気圧されていた若い男が、ここぞとばかりに震え声を絞り出す。
「そうさ。俺たちは罰当たりなクソ野郎に天から遣わされた、死神ってわけだ」
「く、ふふ、ははははははは」
「何がおかしいってんだ。気でも違ったのかこいつ」
「どこが死神だ。俺にぁ、天使の迎えにしか見えねぇぜ」
 アル・カポネの収監以来五年足らず、ジャックはひどい焦燥感を覚えていた。政治力のある新顔が組織で幅を利かせ、俺はこのざまだ。後は落ちていくだけなのか。くだらなく、老いさらばえて余生を平和な片田舎で送るのか。
 ――そんなものは、まっぴらごめんだった。
 吹き溜まりに叩き落された自分がまたギャングとして、アル・カポネ一の子分として死んでいく。これ以上のチャンスはまたとないだろう。
 煙草を床で踏み消すと、銃を構えた二人にジャックは言った。
「ボスに伝えときな。俺もお前も、あの人の視界にはもう映ってねえよ。それとお前ら、残念だったな。リンゴの一番いいところは、俺たちがとうに食い荒らした後だ。楽しかったぜ。あとはカスみたいな残りをせいぜいしゃぶってな。……いいか、ベイビー。殺したいなら確実に眉間を狙え。もちろん銀の弾丸でだ。そうでなきゃすぐに甦って、お前らを殺すだろうからな……」
 鳴り響く銃声とともに、ひとつの時代が終わろうとしていた。


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