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yoshikiさん

面白い作品を知り、自分でも書いて見たくなって何年も経ちました。よろしくお願いします。 2010年 小説現代S&Sコーナーに初めて送った作品が掲載されました。作品名『幽霊の見える眼鏡』 とにかく面白いものが書いていけるといいなと思っています。 イラストはエアブラシと面相筆で昔描いたものです。

性別 男性
将来の夢 楽隠居
座右の銘 不可思議はつねに美しい、どのような不可思議も美しい、それどころか不可思議のほかに美しいものはない。アンドレブルトン

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ある日のバレンタイン

13/02/05 コンテスト(テーマ):第二十三回 時空モノガタリ文学賞【 バレンタインデー 】 コメント:4件 yoshiki 閲覧数:1493

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 あの日わたしは、灰色の空をただぼんやりと眺めていた。場所は遊園地のベンチで、心に冷たい風が吹いていた。それというのもその時のわたしはえらく沈みこんでいた。三年つきあった彼にどういう訳か別れ話を切り出され、泣きたい気持ちを抑え、バレンタインの手作りチョコレートも渡せぬまま、彼といたレストランからふらりと飛び出してしまった。そして近くの遊園地をさまよった末、疲れてベンチに座ったのです。
 なぜ?という問いが、自問自答が心の中をぐるぐる回っていた。自分を責める刃と彼を憎む刃が心の底で交差していた。悲しいと言うのは当たらない。それを通り越していた。

 目の前にお揃いのセーターを着たカップルが通り過ぎて行った。わたしは何とか仏頂面になるまいと思いつつ冬色の空を見上げていた。まだ帰る気にもなれないまま。

 と、わたしは不意に視線を感じた。無意識に視線を追うと中年の紳士がじっとわたしを見つめている。仕立てのよさそうな紺のスーツ姿であった。男はベンチの真向いの観覧車のチケット販売所の壁に背を凭れ、立ったまま涼しそうな眼差しをわたしに向けている。快、不快を言うなら明らかにわたしは不快を感じた。その時のわたしは誰にも見つめられたりしたくなかった。
 男はそんなわたしの思いを無視するかのように、こっちに歩み寄り遠慮もなくわたしの横に腰をおろした。わたしが立とうとすると、男はなんとも柔和な笑みを浮かべ、口を開いた。
「もしかしたら失恋……  ですか」
 その言い方がわたしには腹が立った。撫し付けにも程があると思った。見ず知らずの男がいったい何を言い出すのかと思った。しかし男は別段悪びれる様子も見せず、たださすがにあきれ顔のわたしをしばらく見つめた末、すまなそうに少しだけ眉をよせた。わたしがもう一度立とうとすると男はこう言った。
「すみません。僕は人の心が少しだけ読めてしまうのです、本当にごめんなさい」
 わたしはその謝り方が唐突で、あまりに素直であった為か、その態度に警戒心を解かれた為か、傷ついた自尊心が急に癒えたような気がした。つい絆されてしまったのだろう。かといってわたしは口をきく気もせず、しばらく沈黙を守っていた。
「僕を変な人間だとお思いになるでしょうね。まったく変な人間だと……」
 わたしには言葉が見つからなかった。
「実は僕はいまから故郷に帰るのです。そして僕にとっての思い出の場所、この遊園地に来てみたのですが、偶然あなたの心に感応してしまった。ここは昔よく彼女とデートをした場所なのです。今はもうすっかり寂れてしまいましたがね。そういう訳でして。失礼をどうかお許しください」
 わたしはまったく返す言葉が探せず、じっとうつむいていることしか出来なかったが、やがて顔をあげてこう言った。
「へえ、そうなのですか。それであなたの故郷ってどこなのですか?」
 そのとき男はまた柔和な笑顔に戻ってい、冬空を指さしてこう言った。
「あの星です」
 わたしは少し笑ってしまったと思う。男の冗談だと思った。わたしのなかで男の印象が変な人から、面白い人に変わりつつあった。
「冗談だとお思いですね……」
「……」
「たしかにあなたにとったら信じられないお話ですよね。ですが本当です。僕は遠い星からやってきたのです。そしてもう帰らなければなりません」
 男の眼差しが真剣でわたしはもう途方に暮れてしまった。
「いつか僕はまたこの星に来ます。そうしたら、そうしたらもう一度僕と会っていただけませんか?」
「え? ええ」
 わたしは曖昧に答えるしかなかった。
「よかった。じゃいつかまたバレンタインデーにこの遊園地で逢いましょうね。きっと」
 男はもう少し素性を確かめたかったわたしの気持ちをよそに、そそくさと立ち上がりあの柔和な笑顔を湛えたまま、わたしの視界から消えてしまった。

   *   *

 あれからいったい何年が経ったのでしょう。わたしはすっかり老けてしまった。主人にも先立たれひとりぽっちのわたし。それなのにわたしはバレンタインになると、この遊園地のベンチに杖をついて座り、空をぼんやり眺めるのです。いったいあの時の彼は気違いだったのでしょうか、それともすべてが白日夢だったのでしょうか……。

 ――今でも、不意にあの時の彼が柔和な笑顔のままで、わたしの前に現れる気がしてならないのです。
                       

                        了


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このストーリーに関するコメント

13/02/06 泡沫恋歌

yoshiki 様。

拝読しました。

不思議な男ですね。
彼女はバレンタインにその男と再会できたのでしょうか?

切ない余韻が残る作品でした。

13/02/06 草愛やし美

yoshikiさん、拝読しました。

現れて欲しいですね、再び彼女の前に。私も一緒に願うことにします。

忘れられないバレンタインデー、今の彼女にとって唯一生きていく望みになっていることなのでしょうね。

13/02/08 yoshiki

泡沫恋歌さん。コメントありがとうございました。

切ない話を書きたかったので、嬉しいです(^v^)

13/02/08 yoshiki

草藍さん。コメントありがとうございます。

若いままの男だったらさぞ驚きでしょぷね(^_^;)

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