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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

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将来の夢 星座になること
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タブラージュ

13/02/05 コンテスト(テーマ):第二十三回 時空モノガタリ文学賞【 バレンタインデー 】 コメント:10件 そらの珊瑚 閲覧数:2942

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 今夜カイトは帰らない。勤めている病院の夜勤なのだ。ちょうどよいので、バレンタインに渡すチョコレートを手作りしてみようと思い立つ。
 
『手作りチョコレート』
 パソコンで検索すると、いくつかのレシピが現れた。
 そのなかに聞きなれない言葉があった。

『タブラージュ。温度調節のこと。なめらかな口当たりのチョコレートをつくるために欠かせない作業』
 ふむふむ。チョコレートは概ね二十八度を過ぎたあたりから溶け始めるのか。これはチョコに含まれるカカオバターの融点らしい。それじゃ、ヒトの体温で簡単に融けてしまうものなんだなあ。

 以前の私も、カイトの体温でいともたやすく融けてしまえたのに……。

『まず五十度くらいに温めて、チョコレートを溶かします。そして空気を含ませるようにかき混ぜながら二十八度くらいまで温度を下げていきます。そうすると艶やかな口当たりのよいチョコレートが出来上がります。』
 チョコレートの不安定な粒子が溶かされて、再び固まることで、均一の粒子になるためらしい。

 三年前、交通事故で怪我を負った私は、病院に約半年間入院した。そこで看護師をしているカイトに出会ったのだ。大腿骨と骨盤を骨折し、再び歩けるようになるまで、長い道のりだった。
 もしかしたらこのまま一生歩けないのではないか。思うように進まないリハビリに、つい悲観的になってしまうネガティブな私を、カイトは親身に励ましてくれた。そばにいて、よりそってくれた。頑張れないときは無理しないでいいよと慰めてくれた。一歩踏み出せた時に、とろけるような笑顔で喜んでくれた。カイトがいたから、頑張れた。
今思うと、あれは白衣の天使的な優しさだったんだよね。けれど私の中で恋心が芽生えるのに、そう時間はかからなかった。
 ──ずっとそばにいてほしい。
 
退院を目前にしてだめもとでカイトに告白した。
「つきあってください。患者と看護師としてじゃなく」
「うん、いいよ」
 ほとんど拍子抜けするぐらい、簡単にカイトの彼女になれた。
 心のなかで融けていく甘いチョコレート。

 けれどそれは私のことが特別好きだったわけではなく、カイトは根っからの白衣の天使であったからだった。女の子に頼られれば、放っておけない。好きだと言われれば抱きしめてあげる。そんなふうにしてつきあっている彼女は私以外にも、何人かいたようだ。誰にでも優しいことに対する罪悪感など、これぽちも感じていないようだった。
 いいではないか。カイトがそばにいてくれるだけで。無理やり、そう思うとした。
 心のなかで少しずつ冷えていくチョコレート。
  身体の中に埋め込まれている骨をつなぐボルトが、どうしようもなく冷えていく。

「ねえ、カイト、一緒に住まない?」
「うん、いいよ」
 一緒に住むことで、大勢のうちの一人ではないんだ、特別なのよ、そう思いたかったのかもしれない。
 去年のバレンタインにカイトは五つのチョコレートを悪びれもせず、持って帰ってきた。手作りあり、高そうなゴディバのチョコレートあり。どれも義理チョコでないのは一目瞭然だった。
 心のなかで固まっていくチョコレート。
 カイトとつきあっていくということは、こういうことを受け入れていくということ。
「愛してる?」
「愛してるよ」
 そんなとき、決して『私だけを』とは聞かない。カイトは嘘をつかないことを知っているから。
 心のなかのチョコレートを少し溶かしてみたい時のやり方。私はずるい女なのだ。だからカイトのことをずるい男だとは言いたくない。

 何回溶かしたら、愛は均一の粒子になるのだろう。
──タブラージュ。これからもカイトのそばで、私はそれを繰り返していくだろう。

 救急車のサイレンの音が近づいてくる。私に届いたと思ったら、音は奇妙に歪み、去っていった。こんな静かな夜にでも、助けを求めている人がいる。カイト、あなたはいつまで助け続けるの? 私を。

 そろそろ夜が明ける。カイトが帰ってくる時間だ。帰ってきたら駆け寄ってぎゅっと抱きしめよう。カイトの体温で、私のざらざらの粒子を溶かしてもらおう。そして好きという均一の素粒子の塊になろう。

 バレンタインデーにはまだ早いけれど。


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このストーリーに関するコメント

13/02/05 そらの珊瑚

画像はGATAG Free Photo フリー画像サイトからangelica.pacioccoさまの作品をお借りしています。

13/02/05 泡沫恋歌

珊瑚さん、拝読しました。

優し過ぎる男は誰にでも優しいから、とても罪な存在です。
ひとり占め出来ない男は心を蝕(むしば)むから。

そういう主人公の女の心が素直に共感できました。

ついでに手作りチョコの勉強にもなりました。
ありがとう!

13/02/05 草愛やし美

そらの珊瑚さん、拝読しました。

バレンタインのチョコレートをモチーフにして、男女の機微をうまく描いていますね。もてない男よりは、もてる男。冷たい男よりは、優しい男。そっちがよいに決まっているのですが、だけど現実問題、複雑ですよね。ものは思いようなんて言いますが、ことわが身になるとそうはいかないものですから。

2000文字読ませていただいて、かなりのチョコレート知識を知りました。(笑)

13/02/05 鮎風 遊

バレンタインデーにふさわしい甘い話しですね。
カイト、いいやつですね、だけどちょっと女性はつらいかな。
そんなことを考えさせられる物語でした。

それにチョコレート、一度作ってみたくなりました。

13/02/05 笹峰霧子

バレンタインのチョコにことよせて男女の心の機微をうまくとらえた作品だと思います。
チョコの溶けて固まる温度と心が溶け合って、冷えて固まる、まるで掛詞のような面白みがあります。お見事といえるテクニックでした。

13/02/08 そらの珊瑚

恋歌さん、ありがとうございます。

そうですね。人間愛にあふれた男なんでしょうけど、男女の愛におきかえたら、それは罪な愛でありますね。

13/02/08 そらの珊瑚

草藍さん、ありがとうございます。

そうですよね。もてなくて、冷たい男だったら、きっと好きになっていないだろうし。
調べたらチョコレートのお菓子作りって、温度が大事で、ちょっとした実験みたいでした。

13/02/08 そらの珊瑚

鮎風さんありがとうございます。

甘くて、ちょっと苦い恋愛かな。
私は娘の友チョコ作りを手伝ったりしますが、結構面白いですよ!

13/02/08 そらの珊瑚

霧子さん、ありがとうございます。

掛詞、そんな風に言っていただき嬉しかったです。
チョコは心と同じで、結構デリケートなものかもしれません。

13/03/05 ドーナツ

時空賞おめでとう。独特のふにきある作品だと思います。甘いだけのチョコじゃない作品というのかな。
このお話読んでる最中、なぜかわからないけど、オールディーズの懐かし曲が聞こえてくるような気がしました。

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