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四島トイさん

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船出の汽笛

13/02/02 コンテスト(テーマ):【 船 】 コメント:6件 四島トイ 閲覧数:1689

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 二列向こうの右斜め前に初島咲の落ち着きのない背中が見える。
 昨日まではこの背中を遮るように、八丈がいた。野球部のセンターで、背が高く、声が太く、頭は悪いが気のいい、幼馴染の八丈豊。全校生徒七十人のこの離島の高校で、最も気の合う親友。
 島を出ると言った奴の席が今はひっそりと空白を抱えている。
「ほんじゃあ、終礼やるぞお。明日から春休みで、お前達もいよいよ三年なわけだが」
 担任の間延びした声のなか、咲の視線がきょろきょろと移り変わる。壁掛け時計がカチリと音を立てれば、時計を見る。繰り返される島内放送を追って、窓の外を眺める。行き場を失って、手元に視線を落とす。時計。外。手元。ぐるぐるぐるぐる。
 くそっ、と小さく零して、耐え切れずに立ち上がった。ガタリと大きな音がして、教室中の注意が自分に向いたのがわかった。それを無視して、歩を進める。
「行くぞ」
 咲に声をかける。高校二年生で、吹奏楽部で、冬服姿の幼馴染が、ハッとしたように顔を上げた。肩にかかる長さの黒髪が揺れる。
「……行くって、どこに」
「港に決まってる」
「なんで」
「幼馴染がぐじぐじ悩むの見たくないんだよ」
 手を引いて立ち上がらせる。クラスメイトがざわめき、口笛と囃す声が混ざる。咲が口を開きかけたとき、おいおいーと担任の呼び声が割り込んだ。
「高津よお。終礼中だ」
 すみません、ときっちり直角に体を折って頭を下げる。でも、と続ける。
「親友の一大事なんです」
「何だそりゃ。青春ドラマか」
 はい、と勢いよく応じると、担任は虚を突かれたようにキョトンとした後、眩しそうに目を細めて、からからと笑った。
「じゃあ仕方ないかア。行って来い」
 ありがとうございます、と言って廊下に出る。手首を掴むようにしてずんずん歩く。
「ちょちょっと待って。俊」
「待たねえ。島内放送で船の遅れないって言ってた。あと二十分もしたら出航する」
「行ってどうするのっ」
「見送るに決まってんだろ」
 踵のつぶれた靴に履き替えて昇降口を抜けて、自転車置き場に向かう。
「終業式だから来なくていいって、豊が言って」
「んなもん。知るか」
 自転車を引き出して、行くだろ、と問いかけると、咲が戸惑ったように視線を逸らした。
「……俊は、知ってたの?」
「見りゃわかる」
「でも、私はよくわかんないんだよ」
「それを確かめろよ。あいつが行く前に」
 しばしの沈黙の後、わかった、と頬を高潮させながらも咲が真っ直ぐに顔を上げた。

 高校が高台にあるせいで、正門を抜けると自転車は坂道でぐんぐん速度を増す。前を行く咲の自転車を追って、その道を下る。我ながらお節介だとは思って苦笑する。高校入学の頃から見上げている、坂の途中の桜の木を通り過ぎた。
 小さな島だから、中学を出れば島外へ行く奴もいる。だから俺はどこか安堵していた。豊や咲は島を出ないし、変わらないと。でも違った。きっと色々な事は必然的に変わるのだ。現に豊は島外の高校へこの春、編入する。
 港には送迎の民宿の車や、見送りの島民がちらほらと集まっていた。その向こうに、白く塗装された船が堤防に身を寄せている。時折、ゆるやかに波がうねると、船と堤防の間でクッション役のゴムタイヤがきゅうきゅうと鳴いた。
「八丈豊っ。ゆーたーかあっ」
 咲が声援でも送るように叫ぶ。乗船口で搭乗者確認をしていた警察官が訝しげな視線を向けてきたが、構わず俺も叫んだ。
 出航を知らせる汽笛が鳴る。甲板に長身の男が出てきたのはその時だった。伸びをしながらも、俺達を見つけるとパッと笑顔になる。
「何だ。来てくれたのか」
 学校どうしたあ、と八丈豊は甲板の鉄柵から身を乗り出す。
「でもお前らが来てくれりゃまんぞ」
「豊。あのねっ」
 咲の緊張した声が奴の言葉を遮った。タラップが外される。エンジン音が大きくなっていく。視線を通わせる二人の横顔に、懐かしい光景が幾つも浮かぶ。
 山に登って、豊が蛇に噛まれたこと。雑誌の付録をなくして泣く咲のために一晩中探し回ったこと。小学校の運動会で豊と張り合って、徒競走で転んだ俺が捻挫したこと。中学に入って三人とも初めて制服を着たこと。その時の咲のはにかんだ笑み。文化祭でステージ演奏後の泣き顔。受験勉強をしない豊への呆れ顔と滲む優しげな眼差し。そして、この数日のため息。
 次々と浮かんでは消える記憶の中で、咲は笑い、泣き、怒り、悩んでいた。豊の背中で見えなかった彼女の表情を驚くほど鮮明に思い出せる。
 そうか、と気づいた。
 そして咲の緊張した横顔を見る。私ね、と口が動く。
 待ってくれ、と無意識に手を伸びていた。

 汽笛が、鳴った。


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このストーリーに関するコメント

13/02/03 草愛やし美

四島トイさん、拝読しました。

青春ドラマそのものですね、先生がからからと笑って許してくれ、走る二人、わくわくしながら読み進みました。昔読んでもう脳裏の奥に残っていないような甘酸っぱさが、蘇ってきました。

素敵なモノガタリの続きは……楽しく想像することにしますね。

13/02/04 四島トイ

>草藍様

いつもコメントありがとうございます。
ありがたいです。
見ていただけて本当に嬉しいです。

13/02/07 クナリ

毎回思うんですけど、シーンの切り取り方というか、「どこからどこまでを描写して、その範囲内で登場人物がこういう行動をする」という要素の入れ込み方がとてもうまいと思います。
このわずかな字数で、端役まで含めた登場人物たちのリアルな息遣いを感じられるような気になります。

13/02/08 四島トイ

>クナリ様

前回、前々回に引き続き、いつも読んでくださってありがとうございます。
私にはもったいないお言葉ばかりで恐縮です。

13/09/22 猫兵器

外伝である「スタートラインに立ちたくて」を拝読してから、本編であるこちらを読ませて頂きました。
他の方もおっしゃっていますが、本当にドラマみたいですね。甘酸っぱい勢いが、心地よいです。
序盤の、咲があちこち視線を飛ばすシーンや、出航直前の船に呼びかけてからの一連の流れなどは描写が鋭く、明確な映像として頭に浮かびます。
とても良かったです。ありがとうございました。

13/09/29 四島トイ

>猫兵器様
 よもやまさか遡っていただきありがとうございます。感謝のいたりです。読み直してみると、やはり己の未熟さをひしひしと感じます。自分の頭の中では作られている光景が文章化しきれていないもどかしさに、のた打ち回る思いです。それでも過分のお言葉本当にありがとうございました。

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